昌益の心意気

 

三月に予定している対談の予習にと、
『稿本 自然真営道』(平凡社)『統道真伝』(上・下 岩波文庫)
を読むにつけ、
狩野亨吉が昌益の原稿を発見した際、
この人は狂人ではないかと怪しんだというエピソードを思い出した。
儒教であれ道教であれ仏教であれ、
耕さざる者食うべからず
織らざる者食うべからずの精神で、
あらゆる学問をバッサバッサとなぎ倒す。
孔子であれ釈迦であれ、
昌益の刃にあてられてこなごなに飛び散る。
それが徹底している。
読みはじめて間もなくの頃は
小気味いいぐらいに感じたものの、
読み進むうちに、
このひと本当に頭がどうかしているんじゃないか
と思いたくもなってくる。
昌益の主著を読み終えたので、
若尾政希著『安藤昌益からみえる日本近世』(東京大学出版会)
をひらいてみた。
まだ半分ほどだが、
昌益が生まれ育った時代の秋田の政治状況、
農村の疲弊した姿が浮かび上がってきた。
徳川吉宗の時代、
享保の改革が深くかかわっていることも教えられた。
昌益は現在の秋田県大館市の生まれ。
昌益にかぎらず、
ユニークな思想家の思想というのは、
それだけ見ていたのでは分からないものかもしれない。
後世のひとから見ればユニークと思えても、
なぜそういうユニークな考えを持たざるを得なかったか
の視点が欠かせないようだ。

 

・大寒の烏の影の蔽ひけり  野衾

 

なんとなく

 

ノドが痛いわけでなく、
熱があるわけでなく、
とくに頭痛があるわけでもなく。
ただ、
なんとなくおなかがむかむかし
気持ちの悪い日がつづいていましたが、
これひょっとして風邪か?
と考え、
葛根湯を服み
人生舐めずに、
声楽科をでているKさんがくれたプロポリスの飴を舐めたせいか、
けさはなんとなく
体が軽い気がします。
やはり風邪だったかもしれません。
社内でもマスクを着けているひとがちらほら。

 

・短日や倉庫の屋根の猫の影  野衾

 

身の程

 

月曜日のきのう、
再校ゲラの赤の直しが
在宅でお願いしているYさんから届いたので、
さっそく、
きちんと直されているかどうかの
チェック作業を開始。
ひとのやることは
どなたに限らず間違いはあります。
ですから
確認作業は欠かせません。
なるべく早めに三校を用意して著者に送りたい気持ちが勝ち、
BGMのCDを掛けることすら忘れて、
ひたすら作業に没頭。
直し漏れがあれば、
わたしがインデザイン上で直します。
と、
夕方五時を過ぎた頃でしょうか、
なんとなく
体調がおかしくなってきた。
あたまがフリーズし、
気持ち悪くなってきた。
身の程を知るべきであった。
齢六十を過ぎての引き合わせ作業はつらい。
帰宅途中、
行きつけの鮨店でお鮨をつまみながら、
つい
「仕事をし過ぎた…」

つぶやいてしまった。
まわりにいた客が大笑いし
ハッとしたが遅かった。

 

・中心を定めて落つる氷柱かな  野衾

 

ルターの本気

 

宗教改革の立役者マルティン・ルターの著作のなかから
「95か条の提題」「キリスト者の自由」など、
主な作品をえらびまとめたものが
『ルター著作選集』として教文館からでている。
そのなかに、
「ヴィッテンベルク版「ドイツ語著作全集」第一巻序文 1539年」
が入っており、
その冒頭に置かれている文言に刮目した。
いわく、
「私の切にねがっていることは、私の書物がことごとく捨てられて、
消滅してしまうことである。」
なぜなら、
ひとびとが聖書のほかに多くの書物を無差別にかき集め、
大きな書庫に入れ、
肝心かなめの聖書は腰掛けの下に
ほこりにまみれ忘れられるにいたったからであると。
パウロの精神をまっすぐ受けつぎ
腐敗したキリスト教界に旋風を巻き起こしたルターの
本気がうかがわれる
切っ先鋭い内容の文章に触れることができた。

 

・長き尾を針金のごと冬の猫  野衾

 

不舎昼夜

 

ある日の喫茶店。
チャイをたのみ読みかけの文庫本をひらいていましたら、
すぐ隣の席に
スーツ姿の男女が来ました。
「どうぞそちらへ」
中年の男性が、
黒髪の若い女性に窓側の席を勧めました。
ことばづきから会社の上司と部下ではなさそうです。
女性の飲み物を訊き、
じぶんのものとふたつトレーにのせて持ってきました。
男性がたのんだ
カップ満杯のカプチーノには
かわいいハートマークの
ホイップクリームが浮いています。
男性は、
やおらノートパソコンを取り出し、
「それでは面接をはじめます」
ああそういうことだったのね。
耳を澄ませていたわけではありませんが、
手を伸ばせばとどく距離ですから、
細かい話はわからなくても、
おおかたのことは了解できます。
男性が質問し女性が答える。
文庫本に集中しようとするのですが、
申し訳ないと思いながら、
どうも気になる…。
女性が発した「ダブルワーク」なる単語が耳に留まりました。
はっきりと
今の勤めにプラスして
もうひとつ別のところで働きたい旨を告げました。
男性はそのことを受けて条件を示しています。
そのやりとりが
とても印象にのこりました。
受けるほうも雇うほうも、
ひとところで
という前提はもはや無くなっているのかもしれません。
まさに不舎昼夜、
時代は移り変わります。

 

・冬の朝はずむ厨の音をきく  野衾

 

有朋自遠方來

 

例年この時期になると、
高校以来の友人が勤め先のカレンダーを持って訪ねて来てくれます。
高校一年生のときから、
陸上競技部でもいっしょでしたし、
学部は違いますが
大学もいっしょ。
桜木町駅で待ち合わせをし、
野毛の福家さんへ。
かれと話そうとすると、
つい、
秋田なまりがでてしまいます。
かれの顔を前にして
ヒョウジュンゴで話すのは、
なんとなく他人行儀な感じがし
なによりもじぶんがたのしくありません。
わたしは文系、かれは理系ですが、
そんなことはつゆ関係なく、
会えばすぐに意気投合、
苗字でなく名前で呼び合っているうちに
いつしか、
年をかさねた少年がふたり笑いあっています。

 

・嘘のなき世は来らずや初日の出  野衾

 

バーゲンセール

 

最初にお断りしておきますが、
夢のはなしです。
初夢ではありません。
すでに変なのから愉快なものまで
いろいろと見てますので。
しにせの古書店が開催するバーゲンセールの夢でした。
おおきな古書店で、
フロアが三階まであり、
どの階も本の数に匹敵するぐらいの人の数。
立錐の余地もないぐらい。
気に入った本をすでに何冊も抱えているひとがあり、
すれちがうこともままならず。
わたしも
欲しい本を数冊見つけ持ち歩いていたのですが、
値札を見ていなかったことに気づき、
ひょいと見た。
一冊が七万円、もう一冊が八万円、
さらに上下巻で持っていた二冊は合わせて十一万円、
ギョギョギョとなって、
あわてて返却
しようとしたら、
店の人に理由を訊かれたりしてどぎまぎ。
しどろもどろになりながらも
なんとか返すことができ、
買わずに済みました。
さて二階も見てみようかな
と階段にさしかかったときのこと、
上から連なって下りてくるひとのなかに
見覚えのあるひとがいて、
よく見たら
業界紙のAさんで、
「あれ、Aさんじゃないですか」
「あ。みうらさん」
「もうお帰りですか? ずいぶん買い込みましたね」
「あ、はい。もうすぐ銀行が閉まってしまうもので…」
「そうですか」
Aさんは下から上ってくるひとにぶつからないように、
買った本を大事そうに抱えながら
ゆっくり階段を下りてゆきました。
Aさんと別れたあと、
わたしは二階に上っていったはずですが、
それからのことはどうにも思い出せません。

 

・初春や祖母も来てをり竈神  野衾