刈田

 

稲刈りの終ったあとの田んぼは
子どもたちにとって最高の遊び場でした。
弟といつも遊んだ。
軟式テニスのボールと太い棒があれば、
ふたりでも野球ができた。
三人以上なら言うことなし。
子どもは
じぶんたちに合ったルールをその場でつくる。
ぽーんと
ホームラン級の球を打って
田んぼのグラウンドを走るとき、
ひろびろとした空と秋の山々が目に飛び込んできた。
日の暮れるのも忘れて夢中になった。

 

・勝つに勝ち方負けに負け方鰯雲  野衾

 

頭に風

 

保土ヶ谷橋の交差点にJUNという床屋がありまして、
二週に一遍はそこで頭を刈ってもらいます。
二週に一遍は多すぎる
気がしないでもないですが、
1ミリの電動バリカンでウィーンと刈るだけ、
ひげは剃りませんから、
客が空いている時間だと10分で完了。
料金1200円。
刈ったあと外へ出ると、
頭皮に風を感じます。
それがなんとも心地よく
このごろ病みつきになっている。
そんな具合です。

 

・交差点渡りて秋の床屋かな  野衾

 

あいさつ

 

*俳句は、即興、挨拶、存問、消息のうただといわれます。
「お暑うございます」「お寒うございます」
という、
いわば季節季節の挨拶、それが俳句の根本義だ、
ということになります。
そこからすっと
秘密の風が吹いて来るような、
なにか
そんな実感をおぼえます。*
上の文章も、
『NHK俳句入門 飯田龍太 俳句の楽しみ』(日本放送出版協会)
からのことば。
秘密の風。
あいさつは、ひとにするだけでないと。
そうか。

 

・のそり来て秋を横切る野良の猫  野衾

 

三尺の童

 

*二、三年前、新聞のコラムにこんな記事が出ていました。
ある小学校で先生が、
「氷が解けると、なんになりますか」
と質問したところ、
おおかたの生徒は「ハイ、水になります」
と答えたという。
ところがそのなかでひとりだけ
「春になります」と返事したというのです。
氷が解ければ水になる、という答えもまさに正解、
その通りにちがいありませんが、
「春になります」という答えのなかには、
大人には思いつかないような無垢な童心が宿って、ほのぼのとした詩情さえ感じられます。
しかもこの言葉のなかには、
寒気きびしい地方の風土感さえ含まれている
ように思われるのです。
芭蕉のいう「三尺の童にさせよ」という言葉の真意も、
このようなところにあったのではないでしょうか。*
上の文章は、
『NHK俳句入門 飯田龍太 俳句の楽しみ』(日本放送出版協会)
からのことば。
肝に銘じておきたいと思います。

 

・くびれ持ち僧が旅する瓢(ひさご)かな  野衾

 

金足農業・渡辺校長

 

ヤフーニュースに出ていた日刊スポーツの記事に
泣かされました。
高校卒業後プロ入り志望を明らかにした吉田輝星が
親をふくめ将来について話し合った折のこと。
*立ち会った渡辺勉校長(55)によると、
吉田は控えめに「プロで力を試したい」と切り出した。
対して父正樹さん(43)からは引退後を考え、進学を勧めるような話もあったという。
渡辺校長は「吉田が申し訳なさそうにしていたのが気になった」
と言い、
「気持ちが固まっているなら、自分が大学側に謝ってお願いするから」
と背中を押したという。*
上の文の5行目*から11行目*まで、
記事そのままです。
「申し訳なさそうにしていた」吉田の気持ちが想像できます。
また渡辺校長の発言から
教育者の自負と責任を感じました。
なにも大げさなことでなく、
ひとの話を聞くときも
自分の土俵でなく
相手の話に没入して耳を傾けることは
簡単なようで簡単でない。
いまさらですが、
深い愛情がなければできないと思うからです。
そういう教育者が秋田にいる
ことを誇らしく思います。

 

・英連邦墓地の裏手の穴まどひ  野衾

 

病院遠足

 

午前と午後でちがう科の診察があり、
7時40分に家を出た。
病院までは徒歩で20分ほど。
血液検査はまだ始まっておらず、
整理番号は7。
お。
ラッキーセブンてか…。
いやいや、
こういう縁起をかつぐこころが弱さの現れ。
担当医師の診察を終え、
看護師との面談を終えたのが10時半。
会計を済ませ家まで歩く。
昼食を済ませ
また病院へ。
正面玄関を入った横のスペースでは
おむすびを食べたり、
弁当を広げたりする人の姿が。
なるほど。
昼食持参で来るわけか。
みんな徒歩で往復できるわけではないからな。
すべて終了したのが3時過ぎ。
ふ~。

 

・秋蝶や夕刻さらに深まりぬ  野衾

 

つぎの対談

 

野の学びを標榜する弊社として、
このごろは
それを事あるごとに意識していますが、
つぎの対談のお相手を、
石渡博明さんにお願いすることになりました。
テキストは石渡さんの
『安藤昌益の世界』(草思社)
石渡さんは、
「安藤昌益の会」事務局長として
会報『直耕』、『安藤昌益切り抜き帳』
を不定期で発行しておられます。
教育哲学者の故・林竹二の
『若く美しくなったソクラテス』
のなかに、
「もの識りであるということと賢いということ――ソクラテスについて」
という授業記録が収録されていますが、
そのことを念頭に置きつつ、
「学ぶ――なにを学ぶのか?」
をテーマに
お話を伺いたいと考えています。
来年三月ごろ
になるかと思いますが、
近くなりましたら、
またご案内申し上げます。
ご興味のある方はどうぞお運びください。

 

・秋蝶に逃げられてゐる初老かな  野衾