子どものころ、父に連れられ『ガメラ対ギャオス』の特撮映画を観に行ったことが
あります。
あのときは、弟はいっしょじゃなかったように記憶していますが、
そこのところ、はっきりおぼえていません。
こんど会ったらきいてみよう。
とまれ、秋田市にある映画館で観たのですが、大入り満員で、
座っては見られず。館のうしろで立ち見。
背の低いわたしはなかなか見ることができず、父がしばらくわたしを持ち上げて
くれました。ひょっとしてあのとき父は、弟を肩車してたのかな。
見たいもの見られた父の肩車 (谷藤ひさし)
パレードが通る。子供は父の肩車でそれを見る。雲の峰、ビルの窓。山波。
父の肩車からは何でもよくみえる。
遠くまで見わたすことができる。
祭の神輿《みこし》がゆく。夜店がみえる。動物園の象がみえる。
父の肩は重戦車のようにたのもしいのである。
その肩車でみた世界はみな珍らしく楽しかった。
――いまもパレードのある日や遊園地などで父の肩車で、
子が得意そうに高々と背をもたげ、
父の太い首筋にしっかり小さい手をまわしている姿などは、
なつかしくも心あたたまる眺め。
(田辺聖子『川柳でんでん太鼓』講談社、1985年、pp.174-175)
・夏シヤツは赤と青との二着あり 野衾







