さまざまのこと 37

 

いよいよ中学生。自転車に乗り、学生服を着用するようになって、
なにが変ったかといえば、
小学時代とは異なり、ようやくみずから勉強しはじめました。
とうじ、わたしがかよった中学では、
「課題学習」なるものを積極的にとり入れており、
生徒が自発的にしらべることにより、
与えられた問題のこたえを見いだすというよりもむしろ、
ひとつの課題からさらなる課題を見つけ、
それをほり下げる、
そういうようなことをスローガンにして学校全体がとりくんでいました。
たとえば。
ある授業のなかでさらなる課題が見つかる。
生徒はそれをノートに記し、家に帰ってから、辞典や事典でしらべ、
関連のある項目の説明をノートに書き写す。
ノートのつかい方まで決まっていて、授業で1ページ、課題学習で1ページ。
1ページで収まらないときは、
ルーズリーフの紙をノリで貼るしかありません。
そのように指導されました。
ある日、
机間巡回にきた先生に、わたしは誇らしい気持ちでノートを示した。
課題学習が1ページで収まらず、さらに紙1枚をノリ付けしていたから。ふふ。
すると、
となりの席の女子Mさんが紙1枚をノリ付けしても足らずに、
ノリ付けしたその紙にさらに2枚目をノリ付けしていた。
あれ!!
国語か社会じゃなかったかと思います。とにかく。
つぎの授業のとき、わたしはノートのページにさらに3枚ペタペタと紙を貼った。
ふふ。どうだ!
そうしたら、Mさん、つぎの授業のとき4枚貼り。
というようなことで、キリがない。
課題学習なるものがなんだか紙貼り競争みたいな様相を呈してきた。
けっきょく、わたしの紙貼りは16枚がさいこう記録。
ノートがチャンバラトリオのハリセンみたいになったのでした。

 

・炎天下彼方よりもうもうとバス来  野衾

 

さまざまのこと 36

 

中学生になるにあたって、自転車を買ってもらいました。
天神というところに自転車屋があって、井川東小学校に通っていた子どもたちの多くは、
だいたいそこで自転車を求めたはずです。
そのころは、
井川東小学校と井川西小学校があって、
中学には、二つの小学校から生徒たちがあつまってきました。
事前に天神の自転車屋がカタログをもって、各家を訪問していました。
それまでは、
ベージュのフレームの子ども用自転車でしたから、
自転車屋のおじさんが示したカタログをひらくと、どの自転車をみても、
文字どおりキラキラかがやいて見えたものです。
フレームの色は青系と赤系が多かったかな。
青系が男子向け、赤系が女子向けということだったのかもしれません。
そのなかに、黒いフレームで、
しかもピカピカしていない、
写真で見ても、特殊なつや消しがほどこされているようであり、
少年のわたしにシブイ!と感じさせるにじゅうぶん。
さっそくそれを注文。
実物がとどくまでの時間のなんとながかったことか。
ついにあの自転車がじぶんのものに。
五段切り替えの変速ギア。
じぶんのものなのに、じぶんのものでないみたい。
メルセデスベンツよりもポルシェよりもランボルギーニよりもかっこよかったさ。
はじめて乗ったとき、
だれかに見られるのではないかと気になった。
なんだか恥ずかしいような。
顔が赤くなっていたかもしれません。

 

・稜線を宙になぞるや夏の山  野衾

 

リリーさんとエミ子さん

 

きのうにつづいて「エミ子さん」にかんする文章ですが、読んでいて、途中から、
あれ、これひょっとしたら、というある想像がはたらいてドキドキ、
なので、むしろ、ゆっくりゆっくり読むことになりました。

 

「今日、母さんに逢って来た」
と、ある日彼女に告げられてびっくりしたことがあった。
手づるがあって母という人が新宿のバーで雇われマダムをしていることを知り、
逢いに行ったのだそうである。
何の追憶もない母親の前に立って、
この人が私を生んだ女かと思っても奇妙に感動が湧かないものだ、
というようなことをエミ子さんは語った。
「仕方ないから、あんた本当に私のお母さん? と聞いて見たの」
と冗談のように云う彼女の顔を見ながら、
私たち夫婦は涙をおさえるのに苦労したものである。
寒くなると南の、
たとえば四国や九州の温泉場のバーで働き、暑くなってくるとだんだん北へ移動する。
汽車賃なんかなくたって一向平気、通りすがりの車が拾ってくれる、
というエミ子さんの青春時代のフーテン暮しは、
寅さん像にはっきりと投影されているし、
『男はつらいよ・寅次郎忘れな草』の中で浅丘ルリ子さんが演じた放浪の歌姫、
リリー像はこの人がモデルなのである。
(山田洋次『映画館《こや》がはねて』講談社、1984年、pp.43-44)

 

そうでしたか。なるほどねぇ。それにしてもリリーさんにモデルがいたなんて、
思ってもみませんでした。
マドンナ役として浅丘さんは四回『男はつらいよ』に出ていますが、
映画のなかでも、
リリーさんが母親に逢いに行くシーンがたしかありました。
エミ子さんがモデルだったんですねぇ。

 

・炎天にけふの務めの二つ三つ  野衾

 

エミ子さん

 

映画監督山田洋次さんのエッセイ集を読みました。『映画館がはねて』。
映画界では映画館のことを「こや」、開館を「うちこみ」、閉館を「はねる」
というそうで、
書名の「映画館」には「こや」とルビが振られています。
肩の凝らない短めのエッセイをあつめたなかに、「エミ子さん」という文章がありました。

 

「テレビのメソメソしたメロドラマなんか大嫌い。寅さんはいいな、
だって私もあんな風に馬鹿で損ばかりして生きてきたんだもの」
本当に寅さんのように向う見ずで、一本気で、正義感が強くて嘘がつけない性格ゆえに、
彼女はさまざまな衝突をくり返して生きてきた。
何度も警察沙汰をおこして少年院送りとなったこともあったが、盗みとか売春とか
いった類の犯罪は決して犯したことはなかった。
ただ不当な仕打、理由のない差別に徹底的に反抗したのであって、
他人に云えないような恥ずかしいこと一度だってしてないんだ、
というエミ子さんの云い分を、私は心から信じている。
思えば世の中には華やかに着飾り美しい微笑をうかべながら中味の汚れた淑女や紳士
がどんなに大勢いるだろうか、
と私はエミ子さんの話を聞きながらいつも思っていた。
(山田洋次『映画館《こや》がはねて』講談社、1984年、pp.42-43)

 

ほんとうに。文章を読めばエミ子さんが実在の人物であることは分かるのですが、
この気っ風のよさ、どこかで見たことがあるような、
知っている人であるような気がしてきます。

 

・日盛を黙し斜めに歩くかな  野衾

 

鳴かぬなら

 

先週土曜日、歯医者が済んでつぎに予定している床屋までは一時間ほどあったので、
いったん山をのぼり自宅に帰ることに。
午後四時を過ぎているのに、うだるような暑さはかわらない。
西日にまっすぐ向かう道のこととて片蔭は見つからず。
保土ヶ谷橋から戸塚方面へ向かう国道一号にかかる信号はけっこう待ち時間がながく、
暑さがこたえます。やっと青に変り横断歩道をわたる。
左に曲がり、スーパーマーケットを横目に見ながら歩いていると、
白いTシャツを着た髪のながい女性が歩いてきました。
シャツに大きめの文字でなにやら書かれています。
凝視しなくても、パッと見てわかるほどの。

 

鳴かぬなら そういう種類の ホトトギス

 

文字の左下には、スズメみたいなホトトギスみたいな小鳥が描かれていて。
信長、秀吉、家康をふまえて、ということかもしれませんが、
なかなか秀逸。
「カ~ラ~ス~なぜ鳴くの~カラスの勝手でしょ」
を連想したり。
行きつけの床屋までは家から歩いて五分ほどですから、
家に着いてさっそくパソコンを立ち上げました。
と、
「鳴かぬならの」の句は、数年前からすでに話題になっていました。
わたしが知らなかっただけ。

 

・夕焼にいつか訪ねし原野かな  野衾

 

みがき残し率

 

先週土曜日は、歯医者と床屋の日。
うだるような暑さのなか、片蔭に寄りながらまずは歯医者。
ほんとうなら歯みがきを励行し、
みがき残しを20%に抑えられればいいのですが、
しょうじきなところ、歯ブラシと歯間ブラシでふつうに歯みがきをして、
みがき残し20%以内というのは、
あり得ないんじゃないだろうかと内心思っています。
ところで世にワンタフトブラシなるものがあり、
先が筆のようにすぼまっています。
これで歯と歯のあいだをこすると、格段にみがき残しは少なくなる。
なので歯医者の日はそれをつかうことでみがき残しを少なくしているのですが、
考えてみれば、まいにちやらなければ意味はない。
それはそうなのですが、
ワンタフトブラシをふだんづかいする人はどれぐらいいるのだろう。
わたしがそれをつかうのは、
つかわなければ、
歯科衛生士の歯みがき指導の時間がとられるのは明らかなので、
それを避けるためだけに、定期検診の日だけつかう。
案の定、よくみがけています、と歯科衛生士の女性にほめられた。
ほめられれば悪い気はしません。

 

・自転車を漕げどとどかぬ雲の峰  野衾

 

ノコクワくん

 

ゴミ出しの日の早朝、玄関ドアを開けると、ノコギリクワガタがいました。
夏になると、エントランスにいろいろな虫がやってきますが、
三十年住んでいて、ノコギリクワガタが、
それもバッファローの角のような立派なノコギリをつけた大型のクワガタが来たのは
初めて。
ちょっと感動しましたね。
子どものころ、夏休みによく手にしたのはミヤマクワガタで、
それはそれでうれしかったけど、
ノコギリクワガタを目にしたり、
ましてじぶんのものにするのは少なかった気がします。
さて玄関ドアのところで見つけたノコクワくん、挟まれないように注意しながら
手にとってみると、
ノコギリに蜘蛛の糸と思われる白いものが付着していました。
どこぞの蜘蛛の巣にからまれ、
そこから逃れるために苦闘したのかもしれません。
それで疲れてしまったのか、少々元気がなさそうです。
立派なノコクワくんとはいえ、飼うことはままなりませんから、
つまんで道の反対側にある藪の枝に放ちました。

 

・七月の古里愛でて詠ふかな  野衾