抑止力

 

家人の姪がカナダに留学する前に食事会をしよう
ということになり、
義母が場所をセットしてくれました。
愛知県蒲郡市にある三谷温泉松風園(みやおんせんしょうふうえん)
三河湾の絶景がすばらしい
ステキな宿でした。
家人は前もって実家に帰り、
義母といっしょに模造紙に激励の言葉を書いたり、
姪が生まれたときから子ども時代の写真をアルバムにし、
宿での夕食の後、
サプライズの時間が設けられました。
姪は、
部屋の壁に貼られたきらきら光る模造紙を見、
写真のアルバムを手にして、
涙を抑えられずに顔を紅潮させていました。
こちらも思わずもらい泣き。
さびしいとき、
また、
なにかあったときの抑止力になれば
との義母の深い思いに感動。

 

・秋の香を見つけてうれし三河湾  野衾

 

戦国布武

 

テレビのコマーシャルでいまいちばん好きなのがこれ。
なんかい見てもおもしろい!
「天下統一せんごくふじゃ」
ゲームソフトの名まえらしいのですが、
そっちのほうはとんとうとく分かりません。
が、
「せんごくふじゃ」
お姫様が、
ヴの発音にこだわって
下唇を噛み白い歯を見せこれ以上ないくらい大きく目を見開いてっ
「せんごくふじゃ」
破壊力ばつぐん!
家来たちが
「せんごくふぶでは?」
と問いただしても、
姫は
「無礼者! せんごくふじゃ」
あはははは…
家人は不思議な顔をして、
なんでそんなに好きなの?
と。
なんでって訊かれても
好きなものは好きとしか答えられず…
荒唐無稽というか小っちゃい子がウンコが好きなのと同じというか、
とにもかくにも。
「せんごくふじゃ」

 

・夏草を終日(ひもすがら)刈るをのこかな  野衾

 

象潟の句

 

八月十九日のこのブログに書いたことの追記になります。
疑問に思ったことにかかわる箇所を繰り返しますと、

 

松尾芭蕉がこの地を訪れ、
かの有名な、

象潟や雨に西施がねぶの花

をものしたことはつとに知られていますが、
石碑には、

象潟の雨や西施がねむの花

となっています。
まだ調べがついていませんが、
石碑にはっきりそう書いているということは、
はじめにつくったのは、
「象潟の雨や~」だったのでしょう。

 

以上でありますが、
記憶にもとづいて
「象潟の雨や西施がねむの花」
を記すとき、
写真を撮ってきたわけではありませんでしたから、
確認の意味で、
岩波文庫に入っている中村俊定校注『芭蕉俳句集』(1970)を開けてみました。
その182ページに、
『おくのほそ道』にある「象潟や~」の句のあとに、
同行した弟子の河合曾良の曾良書留にある文言が掲載されており、
それは、
「象泻(潟)の雨や西施がねむの花」
となっています。
それを裏付けとしてブログの文章を書いたわけですが、
二日遅れでわたしの手元に届く八月十八日付『秋田魁新報』に、
にかほ市教育委員会教育次長の齋藤一樹さんが、
「象潟を詠む 16」として
「悲運の美女西施 雨煙る景色に重なる」というタイトルの文章を書いています。
それによれば、
「象潟や~」の句の初案は、
象潟の雨や西施がねぶの花」で、
句碑にはそれが刻まれている云々。
ここでふつふつと疑問が湧きいでてきました。
①わたしが見た句碑の文言は正確にはどうだったのか?
②句碑に刻まれた文言は文言として、そもそも芭蕉の初案はどうだったのか?

 

①の疑問を解決するため、
にかほ市役所象潟庁舎観光課に電話で問い合わせたところ、
折り返し、
象潟郷土資料館の方から電話があり、
句碑の文言は、
「象潟の雨や西施がねふの花」であることが判明。
「ふ」はかつて濁点表記をしませんから、
「象潟の雨や西施がねぶの花」
が正しく、
わたしのブログの記述は誤りということになります。
お詫びして訂正いたします。

 

さて②は。
中村俊定校注の『芭蕉俳句集』では幾度見返しても
象泻(潟)の雨や西施がねむの花
となっています。
校注本の性格からして、
曾良書留の文言はきっとこうなのでしょう。
ところが、
魁の齋藤さんの記述によれば、
蚶満寺収蔵の芭蕉自筆とされる「象潟自詠懐紙」には、
「象潟の雨や西施がねぶの花」
と書かれているという。
ふむ?
曾良が書き損じたか?
でも、それもなんだか考えにくい。
ほんとうのところ、芭蕉先生初案の句はどうだったのだろう。
?????
疑問はさらに深まり、
もうすこし調べてみたくなりました。

 

・手をかざし眉間に皺の炎暑かな  野衾

 

ミメーシス

 

講談社学術文庫からでている岩崎勉訳『形而上学』
を入手したとき、
こちらもおもしろそうだな
と思って買ったのが
今道友信著『アリストテレス』
わたしが知らないだけで、
世界的に著名な学者であった(今道氏は2012年、89歳で亡くなっています)
ようで、
吉川幸次郎を読むときと共通の
迫力を感じながら、
最後までおもしろく読むことができました。
いくつか目をみはる箇所があったなかのひとつが以下の文。

 

芸術がミメーシスであるという考えは、プラトンにもあって、
アリストテレスはそれを継承したものである。
そして、
芸術模倣説は長く西洋を支配する。
従って、
これに対する芸術表現説は、私が初めて示したように、
古代から近代に至るまでexpressionは農業用語で、
意味は果汁をしぼり出すことであり、Ausdruckという語も
ゲーテの時代にはまだない程であったから、
十九世紀の末まで西欧の美学の正統の中では生まれて来なかった。
(今道友信『アリストテレス』p.476、講談社学術文庫、2004)

 

かたほうで、
アウエルバッハの
『ミメーシス ヨーロッパ文学における現実描写』
を興味ぶかく読みすすめていた時期なので、
よけいに目が留まったのかもしれないけれど、
プラトン、アリストテレスに発するミメーシス=芸術模倣説
の発想が
十九世紀の末まで連綿とつづいていた、
というのは
なんとも衝撃的なはなしでした。

 

・電車降りみな顔歪む炎暑かな  野衾

 

アリストテレス

 

プラトンは分かりやすく
はないけれど、
ゆっくり読めばそこそこ分かります。
ところがアリストテレス、
とくに
『形而上学』となるとそうは問屋が卸さない。
2013年から刊行されている岩波書店の
『新版アリストテレス全集』
ですが、
『形而上学』はいまのところ蜜柑、
もとい、未完。
なので、
帰省のための新幹線車中にて
講談社学術文庫からでている岩崎勉訳のものをガシガシ読みはじめ、
読了まであと少し。
ふと考えた。
ヘーゲルの『精神現象学』をふくめ、
なんでいまそっち方面へ気持ちが向いちゃっているのか。
そして、
じぶんのことながら、
なるほどそうか
と思い当たる節がありました。
来月ついたちの日曜日
に予定されている対談のテキストに取り上げた
代田文誌の『沢田流聞書 鍼灸眞髄』のなかに幾度かでてくる、
「東洋では心臓と腎臓をあわせて精神とよぶ」
のことばが妙に引っかかり、
ならばヨーロッパではどうなのだ、
という興味関心が鬱勃として起こったことがそもそもの発端。
とは言い条、
東洋ならば一行で済む話が
西洋になると
どんだけー!
の本が積み重ねられなければならないかと
あらためて驚嘆した次第です。

 

・天蓋や無限にふるる蟬の声  野衾

 

象潟

 

このごろは帰省するたび、
ありがたいことに弟がクルマを出してくれ、
両親ともども
近場の観光地を巡るのがならい。
こんかいは象潟方面。
小学校の遠足がはじめてでしたから、
それから数えるとほぼ半世紀になります。
松尾芭蕉がこの地を訪れ、
かの有名な、

象潟や雨に西施がねぶの花

をものしたことはつとに知られていますが、
石碑には、

象潟の雨や西施がねむの花

となっています。
まだ調べがついていませんが、
石碑にはっきりそう書いているということは、
はじめにつくったのは、
「象潟の雨や~」だったのでしょう。
芭蕉先生のことですから、
推敲をかさね、
いま人口に膾炙する「象潟や~」に落ち着いたものと考えられます。

 

・車窓打つ東海道を夕立かな  野衾

 

大失態

 

それは、起こるべくして起きたことであった。
秋田からの帰り、
東京で用事のある家人と別れ
ひとり保土ヶ谷へ。
駅でしばらくタクシーを待つも
いっこうに来る様子がなく、
ガラガラとキャリーバッグをひいて歩き始めた。
階段ではからだを斜めにして持ち上げ、
汗だくだく。
やっと家の前にたどり着き
ショルダーバッグのポケットに手を入れ、
転瞬青ざめた。
無い!
無い!
カギが無い!
いくら探してもカギが無い!
そうか。
家人がカギをかけ、
わたしは家を出るときすでにじぶんのカギを忘れて出ていたのか…。
どうする、どうする。
トイレには行きたいし、
あたまはパニックになるし、
まずは公園までキャリーバッグをガラガラを引いて歩いて、
何十年ぶりかで暗闇で用を足そう
と思ったら、
角のSさんが旦那さんとふたり犬を連れて散歩していて、
おっとっと。
マンションの管理会社に電話するも、
合鍵は持っていないと言われ、
ならばと、
マンションの割と馴染みのKさんに頼みこんでしばらく居させてもらおうか、
それともあかねさんに電話しようか
あれこれとあたまはめぐり…。
ダメもとで、
ひょっとしたらとりなちゃんに電話。
つながった!
事情を話すと、
「子どもみたいみうらちゃん」
天使の声に思えた。
横浜で勉強して保土ヶ谷へ帰る途中とのこと。
コンビニまで我慢してそこで用を足し、
それからりなちゃんのマンションへ。
パピコをもらって食べたりしているうちに家人からようやく電話。
ほとほと疲れぐったりしつつ帰宅とあいなりました。

弊社は本日より営業再開。
よろしくお願いいたします。

 

・夕立ににはとり右往左往かな  野衾