プルタルコスさんの『英雄伝』を読んでいて感動するのは、たとえば家族の情愛、友情、
そういったものでありまして、
それは、洋の東西を問わず、時代を問わないものだなと
改めて感じさせられます。
とくに以下に引用する箇所などは、
すぐれた人格のなせる業で、
ほんとうだろうかと、ちょっと疑いたくなる。
ブルトゥスの親しい友人の中に、ルキリウスという肝の太い男がいた。
この男は追撃してくる夷狄の騎兵数名が、他の者には目もくれず、
ブルトゥスをめがけて勢いよく駆けてくるのに気づき、
命を投げうってでもこの騎兵たちを止めねばならないと意を決した。
そこでわざと味方から少し後れて、
このおれがブルトゥスだと名乗り、
おれをアントニウスのところに連れて行け、
カエサルには信を置けないがアントニウスなら安心だから、
と申し出た。
これを真に受けた騎兵たちは、
思いがけない拾い物に小躍りし、何か不思議な幸運にめぐり会ったつもりで、
すでに夕闇の広がるなか、
この男を連れてアントニウスのもとに向かった。
先に遣わされた者たちから報告を受け、
アントニウスは嬉々として一行を迎えに出た。
ほかにもブルトゥスが生きて連行されてくると聞き付けた者たちが駆け集まってきて、
運に見放された哀れな男とか、
命惜しさに夷狄の獲物になって名を汚した男とか言い合った。
近づいて来る一行を見て、
アントニウスは立ち止まり、
ブルトゥスをどのように迎えたものかと思案していたが、
ルキリウスは
その前に引き出されるや、傲然と言い放った
「アントニウス、マルクス・ブルトゥスは敵の手に落ちていないし、落ちるはずもない。
どうか運が徳にそれほどに大きな勝ちを収めませんように。
あの方がおまえの前に現われるときは、
生きているにせよ屍となって倒れているにせよ、
みずからにふさわしい姿で現われるであろう。
おれ自身については、
おまえの兵士を欺いてここに来た以上、どんな目に遭わされようと、
覚悟はできている」。
(プルタルコス[著]城江良和[訳]『英雄伝 6』京都大学学術出版会、2021年、
pp.374-375)
く~。あっぱれ!ルキリウスさん!
ほんとかね。
ほんとうだとしたら、えらいもんだ。真似できない。
またさらに感動的なのは、このときのアントニウスさんの対応であり、
これまた好きにならずにいられない。
ルキリウスがこう言って、誰もが呆気にとられるなか、
アントニウスはルキリウスを連れて来た兵士たちの方を向いて語りかけた
「たぶんおまえたちは虚仮にされたと思って、
この失敗に口惜しくてたまらないだろう。
だが、
実のところ、おまえたちは探し求めていたのよりもりっぱな獲物を捕まえたのだ。
敵を探し求めて、友を連れて来たのだから。
おれはもしブルトゥスを生きたまま連れて来られたら、
神に誓って言おう、
どのように扱えばよいか分からないが、
こういう男なら敵よりもむしろ友として迎えたいと思う」。
そう言うとアントニウスはルキリウスを抱きしめ、
とりあえず友人のひとりに身柄を預けておき、
その後は常に忠実で信頼に足る仲間として最後までそばに置いた。
(プルタルコス[著]城江良和[訳]『英雄伝 6』京都大学学術出版会、2021年、
pp.375-376)
・父と母おとうとも居る三ケ日 野衾