せんだって、仕事の打ち合わせで赤羽まで行ってきました。
以前勤めていた会社があったところですが、
駅の構内、周辺がすっかり変っていて驚きました。
よく見ると、
会社を起こすきっかけの場所となった店はのこっており、
とてもなつかしく。
さて、
著者の方のご自宅にうかがった折、
ジェイン・オースティンさんの『マンスフィールド・パーク』
が書棚にあるのを目にしました。
わたしも有っているのにまだ読んでいなかった
ことを思い出し、
これもなにかのご縁かな、
という気がして読んでみました。
『自負と偏見』『エマ』のときも感じましたが、
時のうつろいのなかで、
人も人のこころも、
また登場人物それぞれの物の見方、人の見方が微妙に変っていく
そのあり様がていねいに描かれており、
しみじみとおもしろかった。
時の流れと云うものは、
人間が計画したことと最終的な結果とのあいだに決って
このような対照をもたらしては、
当事者を教育し、
まわりの者達を面白がらせるのである。
(ジェイン・オースティン[著]大島一彦[訳]『マンスフィールド・パーク』
中公文庫、2005年、p.686)
そうかもしれないなぁ。悲劇、また喜劇。
・冬のタクシー佳き音楽佳き会話 野衾
仕事帰り、重い靴を履いて、七十数段ある階段を上りきると息があがる。
しばらく休み、見慣れた景色に目をやる。
一日一日と日が短くなり、六時前だというのに、
すっかり暗くなっている。
人通りはない。
煉瓦の上の藪が張りだし、正面の崖が大きくかぶさってくるようだ。
東の空に月が煌々と照っている。
月の方角へ道はゆっくり上りに向かう。
一歩、また一歩。
俳句が浮かびそうになり、歩を止めてみた。
冬の月、冬の月、冬の月、
唱えてみたが、中七、下五はいっこうに浮かんできそうにない。
正面の月を左手にやりながら歩を進めたとき、
右手の崖から何やらもの凄い勢いで駆け下りてくる。
瞬時に目の前の道を斜めに横切り、
東側のガードレールの下に潜り込むとき、一瞬立ち止まってこちらを見た
気がした。目の光に射竦められる。
すぐに体勢をもどし、月光を背に、崖を下りていく。
縞のある太い大きな尻尾が残像となって目に焼きつく。
野生が崖を下り何もいわずに去っていった。
わたしは無言のまま歩く。
靴が重い。
ゴミネットを過ぎれば道は鋭角に曲がる。
月はさらに上空へと。
冬の月、冬の月。
中七、下五は浮かばない。
・コーヒーを淹れてビル・エバンスと冬 野衾
ガースーといえば、まえの総理大臣菅義偉さんのいわば愛称で、
ご自身「ガースーです」なんて、
おっしゃっていたけれど、
意味はちがいますが、
このごろわたしのひとりごと、つぶやきのようなじゅもんが「がーすー」。
がーすー、がーすー。
ひらがなです。
がーすーの「が」は、がんばらない。
がーすーの「す」は、すぐにをしない。
どちらも、
いまのじぶんの年齢を考えてのことでありまして。
東京大学総長をされた矢内原忠雄さんは、
がんばるは、
もともと我を張るの意味であるから「がんばってください」と言われるのは、
うれしくないと書いていましたが、
わたしの場合、
そういうことでは必ずしもなく、
単に力まない、というほどの意味でありまして。
この夏、酷暑猛暑の日がつづき、鼻血まで出る始末でしたが、
ふりかえれば、ちょうどそのころ、
少々便秘気味で、
トイレで力み過ぎたのがよくなかった!
と、
あとになって分かりました。
鼻穴の内壁にはキーゼルバッハ部位というのがあり、
血管が集中しており、そこにどうやら圧がかかり過ぎたみたい。
なので、
がーすー、がーすー。
もう一つのほうの「すー」ですが、
これは「すぐにをしない」の「すー」でありまして、
わたしは、
子どものときから、割にパッとうごくほうでした。
たとえば朝、目が覚めると、瞬時に床を離れる癖があります。
あるとき、パッと起き上がったらクラッときた。
ヤバい!
年齢を考え、おもむろに行動したほうがどうもよさそう。
すぐに起き上がることをしない。
さらに。
小さい会社ながら、会社は会社なので、いろいろ考えることがあります。
性格的には、いくつかの観点を意識し、まとめ、
パッと結論を出したくなるのですが、
ひと呼吸まって、
なるべくすぐに結論を出すのを遅くする。
闇を照らす探照灯のごとく、繰り返しじぶんの考えを凝視する。
がーすー、がーすー。
自戒のじゅもん。
・凩や母を迎へに祖母を連れ 野衾
がっこうでならう知識なら、けっこういまもおぼえています。
たとえば九九。
にさんが六、しろく二十四、しちしち四十九、くは七十二。
ね。
ひとよひとよにひとみごろ、
とか。
すいへーりーべーぼくのふね、
とか。
女医(joy)が来てくれた「喜び」とか。
A whale is no more a fish than a horse is.だって。
これ、
「クジラが魚でないのは馬が魚でないのと同じ」
と訳すんでした。
おぼえたとき、なんか変なの、って思った。
クジラが魚でない、のは、馬が魚でない、のと同じ、って、
そんなの、あたりまえじゃん。
けど、それは、
すでにわたしが、クジラのことをある程度知っていたからで、
クジラが海にいる生き物であることを考えれば、
「クジラが魚でない」
ことの意外性がこの例文のキモであると知り、
そんなこともあってか、
いまだにおぼえています。
こういうだれでもに共通する知識なら、がっこうで教えられるし、
おぼえられるけど、がっこう時代をふくめ、
じぶんの人生でつかんだ「これ」
の微妙さ超微妙というのは、
なかなかひとには伝えられません。
石は物いわぬ教師である。石は見る者を黙らせる。石から学ぶ最善のものは、
他に伝えることができない。
私がほんとうに知っていることは、私自身だけで知っているのである。
それを口に出したところで、
めったにうまくいったためしがない。
たいていは反対や躊躇や黙殺をひき起こすだけである。
(ゲーテ[作]関泰佑[訳]
『ウィルヘルム・マイステルの遍歴時代(下)』
岩波文庫、1965年、pp.287-288)
さすがゲーテさん、いいこと言うなぁ。ほんとーだ。
ふと思いついて、たいした発見ではないけれど、
でもこのこと、だいじかもしれないなぁ、
と感じられ、
だれかに分かってもらいたいと思っても、
じょうずに話す自信がなくて、分かってもらえないのだったら、
話さないにこしたことはない、
じぶんの胸にしまっておこう…。
そう思うことが、これまでたびたびあった気がします。
こどく、は、そこにもあります。
・ふくろふや字を知るまへの帳面に 野衾
月に二度『秋田魁新報』「内館牧子の明日も花まるっ! 」に、
内館さんのエッセーが掲載されます。
内館節さくれつの観あり、いつもたのしく読んでいます。
いま、手元にありませず、
おぼつかない記憶にたより書くしかなく、
正確ではありませんけど、
せんだって、
たしかこんなことが書かれていて、興味ぶかく読みました。
内館さんが病院の待合室で待っていた
ときのこと、
中年女性ふたりの会話が聞こえてきた。
どうやら、
そのうちの一人が職場でひどいいじめに遭っているらしい。
耳を傾けていたもう一人が
「そんなところ、とっとと辞めればいいじゃないの」
みたいなことを言った。
愚痴っていた女性は、
「そうはいってもねぇ。おカネのこともあるし。
この歳になると、そうそう雇ってもらえるところも無いし…」
そんな会話が聞こえてき、
内館さん、
ご自身が会社勤めをしていたときの、
同様の理不尽ないじめに遭っていたエピソードを開陳されていました。
気分次第な無視といじめに遭い、
ほとほと困ったらしい。
が、あるとき、
ふと
「待てよ、このひとと一生付き合っていくわけではない」
そうか。そうだ。
そう思えばいいのか。
と、内館さん、閃いたのだとか。
ずっと付き合っていくわけではない、いずれ、この人とは別れる。
そう思ったら、
気が楽になり、流せるようになった。
数年して、
その人は会社を辞めていった。
内館さん、
病院の待合室で愚痴っていた人に、
そっと告げたかった。
「あなたをいじめているその人と、一生付き合っていくわけじゃないのよ。
いずれ別れるんだから。どうってことない」
と。
うろおぼえで恐縮ですが、
おおよそ、
以上のような内容だったと記憶しています。
事程左様に、
いじめも何も、この世のことは一過性。
すべては過ぎ去る。
喜びも悲しみも幾歳月、
であります。
やがて過ぎ去らなくなる時がくる。
それは「わたし」が死ぬとき。
不舎昼夜。
昼夜を舎かず(ちゅうやをおかず)昼も夜もとどまることがない。
『論語』にあることば。
吉川幸次郎さんは昼夜を舎てず(ちゅうやをすてず)
と読んでいます。
・冬に入る一歩一歩の重さかな 野衾
どのジャンルかにかかわらず、欧米の本を読むときに、
いつも念頭におくのは、
その本の著者なり作者なりが、『聖書』をどのように読み、
どんなふうに感じ、どう思い、どうみているか
ということです。
こんかい、
『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』
『ウィルヘルム・マイステルの遍歴時代』
を読み、
ビルショフスキさんが書いた浩瀚なゲーテ伝と合わせることで、
ゲーテさんの聖書観が見えてきた気がします。
聖書は、それを理解すればするほどいよいよ美しくなる、
と私は確信している。
つまり、
われわれが一般的に解し、
特殊な場合にわれわれに当てはめる一語一語が、
ある状況にしたがい、
時と所の関係に応じて、一つの独自な、特殊な、
直接に個性的なつながりをもつに至ることを、洞察し直観すればするほど。
(ゲーテ[作]関泰佑[訳]
『ウィルヘルム・マイステルの遍歴時代(下)』
岩波文庫、1965年、p.275)
ここに記されていることは、ドイツのヘルンフート兄弟団が発行する
『DIE LOSUNGEN』の精神そのものであると思います。
『ヴィルヘルム・マイスター』には、
ヘルンフートも、
その設立者ツィンツェンドルフ伯の名も登場します。
『DIE LOSUNGEN』は1731年より
冊子のかたちで発行されていますから、
ゲーテさんが生まれる前。
ゲーテさん『DIE LOSUNGEN』を読んでいたかな?
そんなことを想像しながら、
けさも読みました。
日本語版は『日々の聖句』として1957年から出版されされています。
・ひと仕事終えて鍋焼きうどんかな 野衾







