思いちがい

 

三か月、いや
四か月ぐらいになりますかね、
上の階からキーコキーコという音が聞こえてきます。
バイオリンを習いたてなのでしょう。
義理の姪っ子がバイオリンをやっており、
横浜に遊びに来たとき弾いてくれたことがありますが、
すでに立派に弾くことができていた
ことを懐かしく思い出したりしました。
上の階の子もキーコキーコの過程を経てだんだん上手くなるのでしょう。
さて、
おとといの土曜日は鎌倉での句会の日で、
家を出たのが12時50分。
ドアを閉めカギをかけて外へ出ようとしたとき、
よく見知った上の階の男性がちょうど外から帰ってきたところでした。
「こんにちは」
「あ、どうも、こんにちは」
見れば、
肩に明らかにバイオリンのケース。
あ!
声が漏れそうなところをグッと我慢。
そうか。
そうだったのか。
てっきり子どもとばかり思っていたけれど…。
そういえば、
朝起きてツボ踏みの運動をしているとき、
数か月前から、
土曜日であるにもかかわらず、
バイオリンのケースを肩にかけ
坂道を下りていくあの男性の後ろ姿が窓から見えていました。
バイオリンのキーコキーコ=習い始め=子ども
という固定観念に縛られていましたが、
習い始めのキーコキーコに、
子どももおとなもありません。
大きな思いちがいでありました。

 

・稲妻や閨も恋路も隠れなし  野衾

 

この世のヒミツ

 

こんげつ七日に、
イラストレーターの和田誠さんがお亡くなりになりました。
和田さんがイラストを担当した本で、
いまもたまにとりだして楽しむものに
『Portrait in Jazz ポートレイト・イン・ジャズ』
があります。
ジャズの本は硬軟とりまぜあまたあれど、
ジャズが好きなひとにとり、
またこれからジャズを聴こうかと考えているひとにとっても、
この本ほど、
ジャズの魅力をじょうずに伝えてくれるものを
わたしは知りません。
たとえば、
Billie Holiday ビリー・ホリデイ。
こちらを向いてスッと立ち、
左肩をちょっと上げ、
白い歯を見せて歌うビリー・ホリデイの姿を和田さんが描いています。
髪飾りはクチナシの花。
全体のトーンは臙脂色で。
このイラストを見てからというもの、
おおげさでなく、
このイラスト以外のビリー・ホリデイを思い浮かべることはできなくなりました。
核心をついているのでしょう。
核心をついていながらそれなのに温かい。
ここが和田誠の和田誠たるゆえんであろうと思います。
文章担当は村上春樹。

 

……彼女は歌う、
「あなたが微笑めば、世界そのものが微笑む」
When you are smiling,the whole world smiles with you.
そして世界は微笑む。
信じてもらえないかもしれないけれど、ほんとうににっこりと微笑むのだ。

 

四苦八苦ということばもあるくらい、
生きていると、
つらいこと、くるしいこと、かなしいことが多くあり、
悲観的になってしまうことが少なくありません。
でも、
和田さんのイラストを見ていると、
わるいことばかりじゃないよ、
ほら、
みじかにこんな楽しいこと、
嬉しいことがあるよ、
そう語りかけられている気がしてきます。
ご冥福をお祈りいたします。

 

・朝寒や烏コートを纏ひけり  野衾

 

季節の記憶

 

きのう叔母と電話で話していたら、
おととい十五日に金婚式をむかえたとのこと。
結婚五十年を祝ってパチンコに行ったらめでたく勝ったのだそう。
それはめでたい
ということで笑い合ったが、
それよりも、
五十年前の叔母の結婚式が十月十五日だったことに
ちょっと驚いた。
わたしは小学六年生。
担任の先生にわけを話し、
早引けして家に向かったことを覚えている。
そのころは家で結婚式を挙げていた。
寺沢にある営林署の官舎のあたりで坂を下りてくる自動車が見えた。
先頭の自動車が停まった。
見ると、
後部座席に真っ白い顔の叔母が乗っていた。
目のところが少し赤くなっていた。
この場面の記憶はハッキリしている。
が、
わたしはこのときひとりと思っていたのに、
じっさいは、
三つ下の弟も学校を早退しいっしょに歩いていたらしい。
弟はそのことをハッキリ記憶していた。
それともう一つ。
わたしはそれがなんとなく、
春の出来事だとばかり思っていた。
五月、
あるいは梅雨入り前の六月、
ところが事実は十月十五日であったということになる。
水の中に斜めに棒を入れると曲がって見える。
かならずそう見える。
曲がっているとしか思えない。
ところが水から出すとまっすぐだ。
たとえばそんな感じ。
あれが十月の出来事だったとは。

 

・秋の日の潮騒の音の旅寝かな  野衾

 

分岐点

 

というのは、私は身体以外の物体からは切り離されることができるが、
それと同じように身体から切り離されることはできはしなかったからである、
欲望と感情とのすべてを身体において、
かつ身体のために私は感覚していたからである、
そして最後に、
苦痛と快楽の擽りとに私は、身体の部分において気づいていた、
が[しかし]、
身体の外に存する他の物体においては気づくことがなかった、からである。
なぜ[実は]しかし、そうした何か知らぬが
苦痛の感覚からは心の或る悲しみが、
そして擽りの感覚からは或る喜びが、相伴われてくるのか、
またなぜ、
飢えと私の呼んでいるところのあの何か知らぬが
胃のいらだちは、食物をとることについて私に告げ知らせるのか、
咽喉の乾きは[実は]しかし、飲料をとることについて告げ知らせるのか、
その他のものについても事情がそのようになっているのはなぜであるか、
については、
私が自然によってそういうふうに教えられているから、
という以外には、
他の理由を私は別段もっていたわけではないのである。
というのは、
そうしたいらだちと食物をとろうとする意志との間には、
ないしは苦痛をもたらす事物(もの)の感覚と
そうした感覚から起成した悲しみの思惟との間には、
全く何らの類縁性も(少なくとも私の知解しうるところでは)ないからである。
(デカルト/所雄章・宮内久光・福居純・廣田昌義・増永洋三・河西章[共訳]
『デカルト著作集 第2巻 省察および反論と答弁』白水社、1973年、pp.97-98)

 

ここに身体の不可思議にかんするデカルトの表現が見られます。
思考と思索の経緯を伴いつつの。
二十代のころ、
『知覚の現象学』をはじめ、
メルロ・ポンティの主な著作を
翻訳を通じてですが、
精力的に読んだ時期がありました。
ものごころついてからずっと付き合ってきたじぶんの身体
の不思議に驚き、
おもしろく読んだのですが、
そのことによって身体の不思議が解消されることはありませんでした。
今回、
デカルトの『省察』をすこしずつ読み進めながら、
メルロ・ポンティもふくめ、
その後の哲学者たちがなぜデカルトを問題にするのか、
その一端が垣間見られた気がします。

 

・沈没しあとは野となれ夢の秋  野衾

 

ピリオドとコンマ

 

ほんのわずかなことの積み重ねが、年月を経るうちに思いがけない結果をもたらすことがある。
ピリオドやコンマという書記法の考案が黙読の普及につながり、
それはやがて読者の意識に変化をもたらし、
時代の変革にまでつながったというのも、そうした事例のひとつといえるだろう。
前述のように、
古代のラテン語は句読点も単語間の切れ目もなしにびっしりと記されていて、
一字ずつ指先でたどるように分節しながら発音することで、
かろうじて読み進めるほかはなかった。
こうした苦労は句読点の考案によって軽減されたが、
何よりも画期的だったのは、単語間にスペースを置く分かち書きの採用であった。
分かち書きは七世紀にアイルランドで考案された。……
(鶴ヶ谷真一『記憶の箱舟 または読書の変容』白水社、2019年、p.126)

 

ピリオドもコンマもなくアルファベットがだらだら続いていたと思うと、
想像するだけでなんだかめまいがしてくるようです。
しかしそんな時代がそうとう長くあったなんて。
知らなかった。
それが事実なら、
鶴ヶ谷さんが書いているように、
読書は黙読には適さない。
適さないというよりおそらく無理なのでは。
意味がまったくあたまに入ってこないでしょうから。
ひつぜん文字を指でなぞり、
単語をひとつひとつ区切りながら音読するしかありません。
とうぜん孤独な黙読とはちがった様相を帯びます。
また単語と単語のあいだにスペースを置くなんて、
ごく当たり前のようだけど、
考えてみればそれは大きな発明で、
ひとり読書だけでなく
当時の社会や文化に多大な影響を与えていったというのも宜なるかな。
「沈黙に守られたひとりだけの世界がひらかれたいま、
内なる光がやがて訪れるルネサンスと宗教改革をもたらすことになる」(同、p.128)

 

・半島のひかりとろりや九月尽  野衾

 

宗教について

 

世界を観察する際に、固有の奇跡を見ない者、
またその魂が世界の美しいものを吸収し、
また世界の精神によって貫徹されたいと願っているのに、
その人の内部に固有の啓示が表れ出ない者、
また神的精神に駆り立てられ、聖なる霊感によって語り、
また行動していると確信をもって感じることができない者、
少なくとも
(それはこれが最低限度だからそういうのですが)
自らの感情を、
宇宙の直接的な影響として意識せず、
また自らの感情の中には
自分自身のものだと認識できない何か別なものがあるばかりではなく、
その純粋な起源は自らのもっとも深い内面にあることを保証しているものがある
ことを認識しない者は、
宗教を持つことができない人です。
(フリードリヒ・シュライアマハー/深井智朗[訳]
『宗教について 宗教を侮蔑する教養人のための講話』春秋社、2013年、pp.119-120)

 

宗教の根本は直感と感情にあると喝破するシュライアマハーの考えが
ここにはっきりと現れています。
この本全体を通して、
新井奥邃と共通した感触がありました。
とくに本のサブタイトルにそのことがでている気がします。
訳者は、
ことし研究上の不正行為が発覚したひとですが、
この本にかぎって言えば、
ドイツ語でなく翻訳書とはいえ、
一冊の日本語の本として
宗教に関するすぐれたものであると思います。

 

・こちらよと道を示してすすきかな  野衾

 

雑誌の読み方

 

どのジャンルにかかわらず、
いわゆる雑誌というものをわたしはあまり買いません。
定期で購読しているものもありません。
が、
たまには買いません。
(失礼! せん、せん、て書いてたら、つい手がすべってしまいました)
いや、
たまには買います。
敬愛する佐々木幹郎さんが特集されているというので、
あまり買ったことのない『現代詩手帖』
の10月号を買いました。
たまに買う雑誌はわたしにとりまして
ひじょうに貴重なもので、
なんども
というのでなく、
なんじゅうどもパラパラ開いて読むことになります。
これがとっても楽しい。
かつてオーディオの雑誌をめくっていたとき、
靴の雑誌をめくっていたとき、
ロック、ジャズの雑誌をめくっていたとき、
あれは至福の時間でした。
そういう雑誌にめぐりあうのはうれしいことです。
さて『現代詩手帖』
もうなんども開きました。
幹郎さんのことを、
幹郎さんの詩をいろんなひとがいろいろに論じています。
ああそういうところあるかもね、
え、そうなの!
そうかな?
なんだか愉しくなってきます。
さて。
詩人の三角みづ紀さんの「山小屋の娘から、山小屋の父への手紙」
ページをひらいて、
ひらがなと漢字のバランスも良く、
改行も適度で、
すっとさそわれるまま読んでいきます。
ふんふん、なるほど、そうか、
なるほど、
そうだろうなぁ、
ふんふん、
ん!
ん!?
思わず、あはははは…

 

焚き火を見つめながら「わたしは幹郎さんみたいなお父さんが欲しかったです」
と言ったら、
幹郎さんは煙草を吸いながら笑っていた。
それから、どこか遠くを見ていた。
詩人は遠くを見るものだということも、山小屋で学んだ。
小詩人のわたしが佐々木幹郎という詩人に追いつけるまでどのくらいかかるのだろう。
(p.73、改行はわたしが勝手にしたもので、元はふつうにつづく文章です)
このあとの六行がまたしみじみとした、いい文章です。

 

おふたりのそのときの空気感までつたわってくるようで、
なんともたのしく、
だからよけいに愉快な気分にひたった。
照れ屋の幹郎さん、
煙草を吸った郎なぁ、
笑うしかなかった郎なぁ、
だまって、遠くを見るしかなかった郎なぁ…。
ということで、
このあとなんどとなく、
なんじゅうどでも開いてみることになりそうです。

 

・秋うらら烏電線揺らしをり  野衾

 

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