生きるためのセカイカン

 

子どものころ本を読まなかったニンゲンが、
あるとき本の魅力に取りつかれ、
仲間と出版社を起こし、
いまは、生業として学術書をつくっている。
前にいた出版社での時間と合わせ、
学術書を三十年間つくり続けたことを通して、
学術書の魅力がこのごろ少しわかってきた気がします。
そう思っていた矢先、
親しくしている
京都大学学術出版会の専務理事で編集長の鈴木哲也さんが、
『学術書を読む』という、
弊社にとっても、わたし個人にとっても指針となる
きわめて刺激的な本を出版されました。
その書評を、
図書新聞に書きましたので、
ご覧いただければ幸い。
コチラです。
本文にも書きましたが、
一冊、また一冊の学術書を読む、作るということは、
わたしにとりまして、
1個1個石を拾い集め、
果てしない「理想宮」を築いたフランスの郵便配達人
フェルディナン・シュヴァルの営みに近いかもしれません。
きょうも、担当する本をつくり続けます。

 

・歌聴けば悲しさ恋し灯の恋し  野衾

 

耳が遠くなると

 

89歳の父と85歳の母との会話をちかくで聴いていると、
まるで喧嘩しているように思えます。
互いに大声で話し、
好きなテレビの音も大音量。
先週、
ふるさとの学校で講演した際、
町の人びとも聴きに来てくれまして、
父と母がそこに居ました。
せっかく来ている父と母にも聴いてもらいたくて、
マスクはしながらではありましたが、
マイクをつかって、
できるだけ滑舌よく、
大きな声で、
ゆっくり話しました。
家に帰ってからそのことを父に尋ねると、
たしかに声はよく聴こえていた。
しかし、
話の中身までは聴き取れなかった。
そう言われましたので、
要点をかいつまんで耳のそばで伝えました。
耳が遠くなるということは、
耳だけのことではなく、
コミュニケーション全般にかかわることであることを、
こんかい目の当たりにした次第。
父がこのごろ電話を欲しがる意味も分かった。
電話だと、
ふつうに話して、
ことばの意味がよく相手に伝わる。
ことばがふつうに行き交う。
音でなく、
ことばの意味が理解できるということが、
一日の暮らしの上でいかに大事か。
いまは、いい補聴器があるのかもしれませんが、
補聴器と電話では、
直のコミュニケーションにおいて、
どうやら微妙に意味が違っているようです。

 

・儀式めく卓に六つや寒卵  野衾

 

ふるさとと私

 

先週二十日の金曜日、
故郷秋田での講演会に臨み、無事終了しました。
講演会の前に、
詩集『鰰 hadahada』中の「安心の川」をつかった授業
を参観させてもらいました。
女の子が立って発言したとき、
わたしを案内していた校長先生が、
彼女が伊藤陽子先生のお孫さんであることを、そっと教えてくれました。
伊藤先生は、
わたしが小学一年生の時の担任で、
『鰰 hadahada』の巻末に
「陽子先生 あとがきに代えて」にも書いています。
そのことが引き金になったのかどうか。
授業を見ているうちに、
だんだんと、
なぜわたしは子どもたちの後ろで見ているのか、
わたしも小さな子ども用の椅子に座って、
先生の話に集中し、
なにか思うところがあったら、
恥ずかしがらずに、
手を挙げて、
発言しているはずでは、
ないのか、
か、
そんな感情がふつふつと湧いてきました。
ふるさと、古里の「古」は、
白川静さんに言わせれば、
「さい」(「口」の字の上の二つの角がすこし上部に出ている)に盾。
いのりの言葉を入れる容器「さい」に入っている祝詞の霊力
が持続するように、
外からの攻撃を防ぐ、ことが本来の意味。
意味からすれば、
過去の事象に用いられるだけの文字ではなく、
未来永劫にわたる。
すると、
ふるさととは、
そこに生まれ暮らした人の生活から醸し出される祈りが
過去から未来にわたって永遠につづく場所、
ということになりはしないか。
インフラの整備、オール電化とは違う発想が、
文字の成り立ちから見えてくる気がし…。
授業参観で感じた揺らぎそのままに、
午後の講演の際、
生徒からの質問にこたえる形で、
そんなことにも触れました。
いい時間、いいきっかけを与えていただきました。

 

・ふるさとの講演の日の息白し  野衾

 

ピンクのスキップ

 

わたしの家は丘の上にありまして、
東側の窓から、
下の広いバス通りに向かうS字の道が見えます。
朝、
ツボ踏みの板に乗っていると、
いろいろなひとがいて、
目を楽しませてくれます。
手すりにつかまりながら階段を下りてきてゴミの袋を出す女性、
大股で仕事へ向かうサラリーマン、
坂の下からけっこうな勢いで上へ向かい走る老人、
と、
いろいろいるなかに、
いつも一人で坂を下りていくランドセルを背負った女の子がいます。
小学校の二年生か三年生でしょうか。
だいたい歩いて下りていきますが、
たまに走ることも。
一度だけ、
かなりの距離をスキップしていたことがありました。
じょうずなスキップです。
家を出る前に、
なにか嬉しいことがあったのでしょうか。
とくべつ何があったわけでもなく、
なんとなくスキップ、
かもしれません。
ランドセルの色は、うすいピンク。

 

・ふるさとや耳尖りたる冬の朝  野衾

 

本が取り結ぶ縁

 

以前勤めていた出版社でいっしょだったAさんから
メールがありました。
めずらしいと思って読みましたら、
『ブラジル雑学事典』の在庫があるか
との問合せ。
Aさんサンバ活動をしていて、
日本における三羽の、
いや、
サンバのネットワークというものがあるらしく、
そのうちのある方が
弊社が発行した『ブラジル雑学事典』
を紹介していて、
じぶんも欲しくなったと。
春風社にも一度来てくれたことがありますが、
メールの文面を読みすぐに、
Aさんが三羽を、
いや、サンバを激しく踊っている姿
が目に浮かびました。
あ。
いま思い出した!
わたしの記憶違いでなければ、
たしかAさん、
出版社で働いていたころ、
すこし長めの休みを取りブラジルを旅したことがあったはず。
そうか。
あのころからブラジルが好きだったのか。

昨年から頼まれていた講演会と武塙三山副読本の打ち合わせのため、
これから秋田に行ってきます。
世の状況が状況で、
向こうの担当者ともよく相談しましたが、
けっきょくリモートでなく、
からだを運ぶことになりました。
ということで、
あすのブログは休みになります。
会社は通常どおりの営業。
よろしくお願いします。

 

・凩や老女老後を哭く日かな  野衾

 

止而說

 

止まりて說ぶといふは、
じつとして止まるべき所に止まつて悅んで居るのである。
悅ぶけれども有頂天にならないのである。
有頂天になつて動きまはらず、正しい道に止まつて悅んで居るのである。
悅の爲めに中正の道を失はないのである。
これは重要なる見方であつて、
後の六爻の言葉にも、動くことを善しとして居らず、
止まることを善しとして居る。
止而說といふ三字は、重要なる文字であり、
尚ほいろいろな意味に發展するのである。
(公田連太郎[述]『易經講話 三』明徳出版社、1958年、p.12)

 

まあねえ。耳の痛い話です。
「說」も「悅」もよろこぶ。
よろこんでも、有頂天になってはいけない、
か。
よろこぶとすぐに有頂天になるからなあ。
気を付けようと思います。
でも、よろこんだら、
有頂天にならず、ジッとしていても、
にやついてしまいそう。

 

・冬日差す径の背負子に故郷かな  野衾

 

不屈の快活さを身に纏う

 

クエンティン・スキナーの
『近代政治思想の基礎――ルネッサンス、宗教改革の時代』のつぎに、
さらに浩瀚な『レンブラントの目』を読んでいましたら、
その注に、
1999年3月にコロンビア大学トリリング・セミナーの「古代の笑い」講座で
クエンティン・スキナーが示した17世紀および古代の笑い論への謝辞
があり、
これだから、学術書の注は侮れないと思いました。
『レンブラントの目』の著者と
『近代政治思想の基礎』の著者が、
「笑い」に関する考察においてつながるとは。
レンブラントの晩年の絵に『自画像。デモクリトスとしての』
があります。
天才レンブラント晩年は、大きな借金をかかえ、
親しかった人たちが離れていき、
決して幸福とはいえないものでしたが、
それでも彼は挫けない。
レンブラントは、まさに、稀代の挫けぬ男
なのでした。
挫けぬこころ、挫けぬ快活さが肝要なことにおいては、
いまも共通のようです。

 

・ながむれば埃の揺るる冬日かな  野衾