クマバチ?

 

出勤途中、
階段を下りたところに咲いている紫の花(名前を知らず)
に、
一匹のハチが縋りつくようにしていました。
縋りついていたわけではなく、
花の蜜を吸っているのでした。
ずんぐりしたハチで、
ハチにつかまれた花弁はこうべを垂れ、かすかに揺れています。
ゆら、ゆらり。
ハチは三秒とじっとしていることなく、
蜜を吸ってはつぎ、吸ってはつぎ、花から花へと。
スマホで写真を
とも思いましたが、
焦点を合わせづらい気がして止めました。
ずんぐりした体型からクマバチかとも考えましたが、
クマバチにしては体が小さく、
マルハナバチではなかったかと思われます。
ハチにコロナは関係ないよう。

 

・自転車を停めて聴き入る雉(きぎす)かな  野衾

 

金持ちか?知者か?

 

古代ギリシアの抒情詩人シモニデスは、
シュラクサイの支配者になっていたヒエロンの妻から、
金持ちになったほうがいいか、
知者になったほうがいいかと尋ねられたときに、
「金持ちだ」と答えたのだとか。
シモニデスいわく、
「なぜなら、
知者たちが、金持ちの門のところで時を過ごしているのを見るからだ」
アリストテレス『ニコマコス倫理学』
(京都大学学術出版会、2002年)
の153ページに、
訳者の朴一功(ぱく いるごん)さんが
注として紹介している文で知りました。
これを読んだとき、
すぐに、
以前勤めていた出版社の社長のことを思い出しました。
会社の仕事がひけると、
連日、ふたりで飲み歩いたものでしたが、
ある日のこと、
一軒目の居酒屋を出て
二軒目に向かうとき、
「俺のもとにいまひとが寄ってくるのは、
いまのところ俺が少しばかり金を持っているからさ」
とぽつり言いました。
そんなものなのかな?と半分同意し、
ふかく考えもせずに社長の後からとことこついていきました。
ちょうどまるまる十年勤めましたから、
プラス、マイナス、
その社長から学んだことは計り知れません。

 

・春疾風鳶は斜めに滑りゆく  野衾

 

神経症の時代

 

昨日、
『森田療法の誕生 森田正馬の生涯と業績』
の著者・畑野文夫さんをお招きし、
森田療法についてお話をうかがいました。
畑野さんは、
高校生のころ対人恐怖症となり、
大学生時代に、
入院森田療法を実践しておられた鈴木知準のもとに
79日入院されました。
その体験が、
80歳になった現在も生きていると話されました。
畑野さんの本と合わせ、
わたしは、
フローリアン・アリエスの『1913 20世紀の夏の季節』(山口裕之=訳)
を読んでいました。
第一次世界大戦の前夜ともいうべき年に、
どんな人がどんな動きをしていたのかを記したドキュメンタリーですが、
たとえば、
フロイト、ユング、トーマス・マン、ジェームズ・ジョイス、プルースト、ムージル、
トラークル、クラウス、ルー・ザロメ、ヒトラー、スターリン、
ピカソ、シュペングラー、ヴィトゲンシュタイン、等々、
トリビア的な情報も含め、
この人らの生のありようを読んでいくと、
ベル・エポックとよばれた時代、
また、モダニズムの幕開けの時代は、
いわば神経症の幕開けでもあり、
それがいまに至り、
いまも続いているとの感を深くしました。
森田正馬は、
この時代の申し子といえそうです。
森田療法の根本は、
一対一の人格的な関係にあるとの見方を
本と対談をとおして教えていただき、
それはまた未来を遠く照射していることに気づかされます。

 

・春の雨アンモナイトの白き黙  野衾

 

行列

 

帰宅途中、
歯ブラシとティッシュを買いに大型ドラッグストアに寄ったら、
見たことのない行列ができていました。
夫婦と思われる高齢のふたりが列に並んでいて、
ときどき奥さんの方が列を離れ、
棚から品物を取ってきては、
だんなさんが待つカートに入れています。
「どうしたのかしら? 安売りでもしているのかしら?」
だんなさん無言。
15分ほどでドラッグストアから解放され、
交差点を渡って今度はコンビニ。
ナッツを買いに入ったら、
ここでも行列。
知事の発言による影響が、
こんなかたちであらわれています。

 

・挨拶で済ませたき日や春の海  野衾

 

やばくね ⤴

 

桜木町駅で電車を降り、エスカレーターで地上へ向かっていると、
五、六段前で、
ふたりの若い女性がなにやら会話をしています。
話の内容までは分かりませんが、
髪の長い方の女性がさいごに「やばくね ⤴」
ああ、またかと思いました。
はじめて聴いた時、
へんな言い方だなあと思って耳に残ったのですが、
あれよあれよという間に広がって、
このごろは、
ちっちゃい子どもまで
やばくね ⤴ やばくね ⤴ やばいんじゃね ⤴
の大合唱。
と、
こんどはいい歳の大人まで。
ことばの感染力は大したものです。
「やばくね ⤴」を使っているひとを見ると、
いじわるな見方かもしれませんが、
話のさいごにたまたま「やばくね ⤴」と言うのではなくて、
極端なことをいえば、
話の中身はなんでもよく、
とにかくいま流行りの「やばくね ⤴」を使いたくて、
とりあえずなにか口に出している、
そんな印象さえ受けます。
話したことが相手に伝わろうが
伝わらなかろうが、
そんなことよりも、
「やばくね ⤴」を上手なニュアンスで言えた
ことに満足しているようにさえ
見えます。
わたしはぜったいに使うまい、
とは思っているのですが…

 

・梅が香や日の出の里の神さぶる  野衾

 

飯田蛇笏の燕の句

 

『新編 飯田蛇笏全句集』(角川書店、1985年)
を少しずつ読み進めてきましたが、
ようやく最晩年の『椿花集』に入りまして、
アッと目をみはる句に出合いました。
それは、

 

雙燕のもつれたかみて槻の風

 

もつれながら空の高みへ向かう二羽の燕の姿から、
蛇笏の四男にして、
蛇笏を継ぎ俳誌「雲母」を主宰した
飯田龍太の有名な俳句を思い出したからです。

 

春の鳶寄りわかれては高みつつ

 

蛇笏のは燕、息子・龍太のは鳶ですが、
近寄ったり離れたりしながら
空の高みへせりあがっていく様子が似ています。
龍太はふたつの句についてどこかで書いているのかもしれませんが、
残念ながら、
わたしは今のところ目にしていません。
父の俳句を踏まえて作ったのか、
いつのまにか刷り込まれていて眼前の景にふれたとき、
ふいに言葉が生まれてきたのか、
その辺のところを知りたい気がします。
言葉のインプットとアウトプットを考えるとき、
とても参考になる気がします。
いずれにしても、
蛇笏の俳句を読んでいると、
彼がいかに
和漢の古典に親しんでいたかがじわりと見えてきますが、
龍太は、
まず父である蛇笏を仰ぎ見、
親近しつつさらに、
古典の世界へいざなわれていったのか
と想像されます。

 

・放物線飛び去る春の雀かな  野衾

 

ペローの散歩?

 

ふと気づいたら、
笑うことがこのごろ少なくなっていました。
そう思ったのには理由がありまして。
きのうのことです。
専務イシバシが隣のKさんと何やら話をしています。
わたしはじぶんの席で
新しい仕事の原稿を読んでいたのですが、
つい耳に入りました。
「フェロー。いや、フォロー。ちがうか。そうだ、ペローの『散歩』」
思わず吹き出しました。
Kさんは、
上司の発言をたしなめることはせず、
きちんと
「ソローの『ウォーキング』では?」
「そうそう。それそれ。ソローの『ウォーキング』!」
とイシバシ。
たしかに、
フェローもフォローもペローも
「ロー」と伸ばすところはソローと同じ。
ウォーキングは、散歩とは限りませんが、当たらずとも遠からず。
ともかく。
笑ったおかげで、
どんよりとしていたこの頃の気分から
しばし解き放たれました。

 

・梅が香に吾も仲間入り遊子かな  野衾