カメラのこと

 

記憶には全くない事ながら、
秋田にいたころ、
お盆や正月に親戚があつまると、
叔母や叔父から聞かされた、ごく幼い頃のわたしのエピソードがありまして。
だれかれとなく人に向かい、
カメラを手で持つ真似をしては、
「パッ」と口で言い、写真を撮る動作をして笑わせたらしい。
このごろ、
ふと、
そのことを思い出します。
実際のカメラを持って写真を撮っていた時期もありましたが、
このごろはもっぱら手軽なスマホ。
ほぼ毎日のことで、
毎日、
ということがどうやら意味があるらしく、
ひょっとしたら、
その反復によって、
写真を撮る行為の底にある何かが、
記憶にない記憶とリンクしているのかもしれません。
きょうの写真は、
ふだん使っているサイフォンに浮かぶ赤いチャッカマンが金魚に見えておもしろい
と思って撮った
わけではなく、
サイフォンのロートに上がったお湯と湯気を撮ったら、
曲がったガラスに映るチャッカマンが
まるで水槽に泳ぐ金魚のように見えた
というのが正直なところです。
文章にも言えることだと思いますけれど、
意識や計画を超えたところに現れるものに不思議な感動があります。

 

・サイフォンの湯舟のなかの金魚かな  野衾

 

朝の静けさ

 

このブログは早朝、四時起きして書くことが多く、
前日に、
そうだ明日はこのことを書こう
と思いついた場合は、
パソコンを立ち上げてすぐに始められますが、
そうでない日は、
ヤフーのニュースを眺めたり、
ただ、ぽけーと、目の前の壁のシミを眺めたり。
きょうはそういう始まりです。
そうすると、
いろいろな音が聴こえてきます。
ここは山の上にあり、
遠くから静かに車の音が聴こえます。
自動車、オートバイ、大型トラック。
乾いた道と雨で濡れた道では、音がちがっているみたい。
カラスの声、ウグイスの声。スズメの声。
声に惹かれるまま椅子を回転させ、
外を見やれば、
向こうの丘、三角屋根の家の手すりを台湾栗鼠が音もなく走ります。
木々の新しい緑がふかく揺れ。
目を戻すと、
こちらのベランダを猫が通る。
そうそう、
先日は、タヌキが堂々と通っていった。
堂々といえば、
クモ。
我が家のクモは、
追い払われないことを知ってか知らずか、
すぐそばまで寄ってきます。
たまにコテッと丸くなり動かなくなっています。
脚を、
しばられたカニのように縮め。
それぞれがそれぞれと、
ゆるく微かにかかわっているけれど、
それ以上ではなく、
無関心の朝の静けさです。

 

・新緑に鯉の尾びれの静かかな  野衾

 

単語カード

 

先週金曜日、横浜駅から東急東横線の電車に乗っていたときのこと、
シートに座って文庫本を読んでいたのですが、
目を上げると、
3メートルほど離れたところに、
中学一年生ぐらいでしょうか、
単語カードをめくっている少年がいました。
五月半ばですから、
中間テストの時期かもしれません。
かつてわたしもカードを使って英単語をおぼえた時期がありました。
半世紀が過ぎても変わらずにあることに、
ちょっと感動しました。
と、
少年の前に坐っていた男性が、
手を伸ばし、
少年の肘の辺りをトントンと。
少年はビクッ
と体をこわばらせましたが、
男性が目で合図をすると、
「トントン」の意味を了解したらしく、
シートから立ち上がった男性と入れ替わるように、
シートに腰かけ、
また単語カードをめくりはじめます。
おしゃれなネックレスをし、サマーニットに身を包んだ茶髪の男性は、
何ごともなかったかのごとく、
ドアにもたれてスマホをいじっています。
無言で少年に席を譲った若者をカッコいいと思いました。
コロナ下のほんの一こま。

 

・夏服が席を試験の子に譲る  野衾

 

書くことは

 

ものを書くということは、
思いついたことを単にちょっと書き留めておくこと
ではありません。
「何を書けばよいのか分からない、書いておくような考えは何もない」
と私たちはよく口にします。
しかし、
すばらしい書き物の多くは、
書くことそのものの中から生まれて来るようです。
一枚の紙を前にして座り、
頭や心に浮かんだことを言葉で表すようにしてみます。
そうすると
新しい考えが浮かんで来て
私たちを驚かせ、
その存在をほとんど知らなかったような内的空間へと私たちを連れて行ってくれる
でしょう。
ものを書くことの、
最も満足を与えてくれる側面の一つは、
他の人々の目に美しいばかりではなく、
私たちにとってもすばらしい宝物が隠された深い井戸を、
私たちに開き示してくれることです。
(ヘンリ・J・M・ナウエン[著]嶋本操[監修]河田正雄[訳]
『改訂版 今日のパン、明日の糧』聖公会出版、2015年、p.160)

 

たとえばこのブログを書いていて、
書く前には思っていなかったことを、書いている途中で思いつき、
そのまま思考のめぐりに身を任せるように
ポツポツとキーボードを叩き、
ひとまず終ってみると、
へ~、
こんなところに着地したのか、
みたいな気になることがあります。
それから、推敲を二度、三度、四度。
どういうふうに読まれるかはひとまず置いといて、
書いているわたしが
他人事みたいに驚いている、
ということが
たまにあります。
ナウエンが言うほどすばらしくなくても、
そんなふうにして書き上がったものが、
人さまに読んでもらえたらうれしい。
ちなみに今日は、
そんなふうにではなく、
書こうと思って書いたものです。

 

・痒き背を掻いてそのまま裸かな  野衾

 

クリサンセマム・ムルチコーレ

 

ながく住んでいると、ご近所さんとだんだん挨拶を交わすようになり、
立ち話をするようになり、
そういうちょっとした会話が楽しくもあります。
近くにある急階段横に住んでおられる女性
は、
花がとても好きらしく、
手入れが行き届いていて、
通るたびにしばし佇んで眺めています。
先日こんなことがありました。
たまたま女性が外におられたので、
挨拶をし、
鉢に植えられた黄色の小さな花がとてもきれいでしたから、
名前を尋ねました。
女性は、
思い出そうとしましたが、
すぐに思い出せない様子で、
あとで名札を挿しておきますとおっしゃいました。
会社の帰りがけに見てみると、
「ムルチコーレ」の札が。
キク科の花だそうで、
和名は「キバナヒナギク」(黄花雛菊)
調べてみたら、
アルジェリア原産でした。
知らないことがいっぱい。

 

・円描いてまたそこに居る大き蠅  野衾

 

『ギリシア文化史』の魅力

 

われわれの理解している本講義の任務は、
ギリシア人の考え方と物の見方の歴史を示すことにあり、
そしてまた、
ギリシア人の生活の中に働いていた活気溢れる諸力、
すなわち、
建設的な力と破壊的な力についての認識を得ようとすることにある。
叙事的にではなく、歴史的に、
それもまず第一に、
彼らの歴史が普遍史の一部分をなしているという意味合いにおいて、
われわれはギリシア人たちの本質的特質を考察せねばならない。
というのも、
これらの特質こそ、
彼らが古代オリエントや、それ以後のもろもろの国民と異なっている点であり、
しかもこの両者への大きな通路を形成している点であるからだ。
全研究はこのために、
つまり
ギリシア精神の歴史のために準備が整えられていなければならない。
個別的なもの、特にいわゆる事件は、
ここでは一般的な事柄についての証人尋問においてのみ発言が許されるのであり、
それ自身のために発言することは許されない。
なぜなら、
われわれの求めている事実的なものは、考え方なのであり、
これもまた事実であるからだ。
しかし資料は、
われわれが上に述べたことに基づいて
この考え方というものについて考察する場合には、
考古学的知識材料を隈なく求める単なる研究とはまったく異なったことを
語ってくれるであろう。
(ヤーコプ・ブルクハルト[著]新井靖一[訳]『ギリシア文化史 第一巻』
筑摩書房、1991年、p.7)

 

ようやく本丸にたどり着いた気持ちです。
ことしはこれを読むぞと決めていたのに、
わるい癖がでてしまい、
試験勉強をしなければいけないときに限って、ほかの本を読みたくなる
のたぐいにも似て、
本丸を仰ぎ見つつ、
寄り道寄り道の連続、
とうとう連休も終わるかというタイミングで
やっと開くことになりました。
全五巻ですから、これからしばらくかかるでしょう。
また寄り道をしないとも限りません。
さてこの『ギリシア文化史』
ですが、
スイスのバーゼル大学において、
ブルクハルトが1872年の夏学期から行なった講義の
講義録が元になっています。
これが通常の叙事的な歴史書とちがうことは、
上に引用した箇所にはっきり出ています。
「考え方も事実」だというところに強く惹かれます。
専門家のためだけの研究でなく、
ひろく一般の人のための学問を標榜していたブルクハルトの面目躍如か、
と思います。

 

・草餅を買うて一段とばしかな  野衾

 

五木さんの「稲」

 

きのう届いた『秋田魁新報』を読んでいましたら、
五木寛之さんのコラム「新・地図のない旅」
に、
おもしろいことが書いてありました。
五木さんは今年九月で九十歳を迎えますが、
これまでずっと、
早稲田の「稲」の字の右下にある「旧」を「田」だと思ってきたと。
稲は田んぼに生えるから、
「田」だろうと、
なんとなく思ってきたのだとか。
手書きの原稿の「稲」の「旧」はすべて「田」と書いていたはずだから、
そのつど、
担当の編集者が、
五木さんに告げずに、
そっと直してくれていたのだろう、
とありました。
ちなみに五木さんの最終学歴は、
早稲田大学露文科中退。
大学時代のエッセイも少なくありませんから、
かなりの数の間違った「稲」を書いてきたのでしょう。
わたしの中学時代の先生で、
「備」の右下「用」のところを、
横棒を2本でなく1本、縦棒を1本でなく2本書く先生がいました。
こわそうな先生でしたから、
だまっていました。

 

・新緑を漏れ来る影の高きより  野衾