岩田書院の目録

 

1999年に春風社を創業して以来、
いつも参考にしている先輩出版社がふたつあります。
ひとつは無明舎出版。
ひとつは岩田書院。
無明舎出版から『ひとり出版社「岩田書院」の舞台裏』という本がでていますが、
出版の仕事の裏表がありのままに記されており、
理想論でなくそれが道しるべとなり、
ブログに感想を書いて
そのことを岩田さんにお知らせしたところ、
ありがたいことに
岩田さんから連絡をいただき、
以来、
毎年の目録、
都度の『地方紙情報』『新刊ニュース』
を送ってくださるようになりました。
それがまたとても勉強になるのです。
今回送っていただいた『新刊ニュース』の裏だよりNo.1076に
「図書目録も終刊に」のタイトルで以下のような文章が載っていました。

 

この図書目録、作るのに150万円くらいかかる。@100円である。
それにたいする効果は、となると、????。 
以前は、学会販売の時などは、結構、図書目録を持っていってくれたが、
最近はほとんど見向きもされない。
「図書目録」は出版社の「顔」だ、と言われてきたが、
あまり お見せするような顔でもないので、ここらで目録も、やめにしようかと。

 

岩田書院は1993年の創業、岩田博さん44歳のとき。
それから二十六年ということになります。
目録を含め、岩田さんがどう考え、
どう判断しどうされるのか見守りたいと思います。

 

・かなかなや招ばるるごとく社まで  野衾

 

詩と記憶

 

トロイア戦争のことは忘れられる運命にあった。
忘れたくなければ、歌にしなくてはならなかったのだ。
詩というものは記憶の努力であり、
そして記憶の勝利なのであった。
今日でもやはり、詩というものはかならず、過ぎ去った事物である。

 

追憶を改めて見直し、追憶に別れを告げること、
それが人生の均衡そのものを保つことである。
それは自己を認めながらも自己から退くことである。
そこから、この進み行く追憶のうちにひそかな崇高の感情が生まれる。
それはすでに叙事詩的な動きである。

 

上の二つの文は、
米山優著『アラン『定義集』講義』(p.296、幻戯書房、2018年)
からの孫引きで、
それぞれアランの『文学折にふれて』『芸術について』
にあるもの。
この本、
名古屋大学における米山さんの約十年間にわたる講義
がもとになっているもので、
読んでいて自然と講義を聴講した学生たちにまで想像が及ぶ。
この講義の単位取得後も参加してくれたひと、
大学院生になっても参加してくれたひと、
大学を卒業して教員になってからも顔を出してくれたひとまでいたという。
人気のほどがしのばれる。
この本を読んでいると、
教師だったアランの口吻までつたわってくるような気さえします。

 

・かなかなとむかしむかしへさそひけり  野衾

 

池内さんのこと

 

池内紀さんが亡くなったことをきのうの新聞で知った。
まとまった本としては出したことがなかったが、
ご縁を賜り、
『おうすいポケット』の巻頭言などを書いていただいた。
またトークイベントのため、
二度ほど弊社へお越しくださった。
原稿はいつもFAXで、
小さくとてもクセのある直筆の文字で書かれていた。
文のはじめに時候のあいさつと
ちょっとしたイラストが添えられているのが常だった。
いま弊社では
二十周年企画として『春風と野(や)』の冊子をつくっているが、
池内さんにも原稿をお願いした。
下の写真は、
今月13日にFAXでいただいた原稿である。
こちらの組に流し込み、
著者校正用ゲラをお送りし、
25日に池内さんの朱の入ったゲラがFAXで届いた。
それから五日後に池内さんは亡くなった。
弊社で行ったトークイベントの際、
死が引き算であることについて
池内さんはいつものやさしい静かな口調で語った。
「引き算は、
皆さんも体験されていると思います。
ぼくはそういう過程(両親の死のことなど)のなかで文学を知った
ものですから、
ことばを足すことによって世界ができあがる、
自分の努める気持ち次第で、
どのようにも増えていく、
こんなすばらしい世界があるというのがうれしかった」
そのことばが、
あのときの表情、語り口といっしょに、
なんどもリフレインされる。

ご冥福をお祈りします。

 

・惜しむごと裏の畑の秋の蝶  野衾

 

カラスの紅いノド

 

わたしが住んでいるところは保土ヶ谷の山の上、
すぐそばの電柱に
毎日カラスが二羽、三羽とやってきます。
たしか今週の月曜日、
いつも来るカラスがきて、
くちばしをハサミのようにパカッとひらいたままにしていました。
閉じることなく終始ひらいたまま。
いかにも苦しそう。
暑いからか?
とも思いましたが、
もっと暑い日もあったのにどうしたのだろう?
わたしが気づかなかっただけか…。
家を出、
階段を下りたところのゴミ集積所へ向かったところ、
そこにカラスが十数羽集まっていました。
どのカラスもくちばしを
パカッ!
異様な光景。
一羽はブロック塀のうえに止まり、
これまたくちばしを
パカッ!
ノドの奥の奥まで真っ赤に見えます。
はじめて見ました。
なんだったんでしょう。
三日の夜、
横浜では大雨、洪水、雷雨の警報が発令されましたが、
その前兆を感じてのことだったのでしょうか。
夢にでてきそうな
ふしぎな光景でした。

 

・なつかしや浜の朝練秋の風  野衾

 

択びと並び

 

伊藤博の『萬葉集釋注』は、
歌を個々別々に解説するのではなく、
歌群としてとらえ、
なぜそういう並びになっているのかを説いている
ところに特徴があるわけですが、
そのことをとおして、
知識として知っていただけの万葉集の
いわば編集のワザが見えるようで、
具体的には大伴家持の貢献が大なようですが、
あらためて、
編集の仕事の意味を考える
いいきっかけになりました。
これからは、
万葉集の編集のワザを仕事に生かすぞ!
なんちゃって。
それぞれの歌は、
すぐれているから万葉集に採録されたわけでしょうけれど、
並びの妙とでもいったものにより
万葉集の輝きはさらに増したとも言えそうです。

 

・あいさつのひとを知らざる墓参かな  野衾

 

読書百遍

 

或る時私は先生より、
「あなたは和漢三才図会をよんだことがありますか。」
と聞かれ、
何気なく「読みました」と答えた処、非常に叱られた。
その際先生はこう云つた。
「今の人間は本の数さえ沢山よめばそれでよいと思つているが、
それでは本当のことはわからん。
三才図会のようなよい本になると、
一通りや二通り読んだゞけでは駄目です。百ぺんでも二百ぺんでも読んで、
生きた人間にあてはめて見て、
わからん処のなくなるまで読まねばなりません。
あなた方の読んだというのは、それは本当に読んだのではない。
ただ眼で見たゞけに過ぎない。」

 

むかしのひとは、こうやって本を読んだのでしょう。
代田文誌著『沢田流聞書 鍼灸眞髄』(医道の日本社、1941年)にでてくることば。
先生とは、
昭和の鍼灸名人・澤田健。

 

・おほなゐを録すばせをや蚶満寺  野衾

 

三才の治療法

 

きのうの日曜日、弊社事務所にて、
朝岡鍼灸院院長の朝岡和俊さんとわたしとで対談を行いました。
「知識と経験と勘――鍼灸の世界」
当初考えていた題は
「言葉と言葉以前――鍼灸の世界」
でしたが、
数週間前わたしが療治してもらっている途中、
朝岡院長の発したことばが
鍼灸の世界をはっきり言い当てている気がしたので、
変更させていただきました。
対談がはじまる前、
0.9ミリの鍼がついているシールを
肩の凝る社員が貼ってもらったところ、
あ~ら不思議、
痛みが取れていることに三人とも驚いている様子。
鍼灸は、
天・地・人の三才のなかで生かされていることを感じさせてくれる、
全体性の治療法で、
のびのび大らかな世界です。

 

・ひぐらしや子らと物の怪遊びをり  野衾

 

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