哲学者のかお

 

哲学の本はいたって難しく、
小説を読むように
スラスラとはいかないわけですが、
目の前のコップはほんとうに存在しているのだろうか、
なんて考えるから
あんなかおになるのか、
あんなかおだから
難しいことを考えるようになるのか、
そこのところが気になります。
はい。
わたしはハイデッガーのことを念頭に置いています。
四角くて、頑丈そうで、こわそう。
ハイデッガーの写真を見るたびに思い出す俳句があります。
それは、

 

こほろぎのこの一徹の貌を見よ

 

作者は山口青邨。
こおろぎも、ハイデッガーも、
思い込んだらひとすじの感じがします。
フッサールも一徹の感じ。

 

・半島を船一列や秋茜  野衾

 

イシバシ語録

 

弊社創業メンバーのひとりイシバシは、
なかなかの笑いの才の持ち主で、
これまで幾度となく腹をかかえて笑わせてもらった。
たとえば、
『原子と原子が出会うとき』(他社の本で、いまも販売されています)
の書名を
「はらことはらこがであうとき」
と読んだり、
エスノメソ、エスノメソというから、
なんのことかと思ったら、
弊社から出ている『エスノメソドロジーの可能性』
の彼女なりの略称だったり、
「こんどの『春風倶楽部』のテーマは「ぜんしゅう」にする」
とわたしが言えば、
ちがう宗派からクレームが来ないかとこたえたり、
宗教学の先生に会って、
明恵の研究をしていると言われ、
「先生は明恵にお会いになったことがあるのですか」と質問し、
先生に
「明恵は鎌倉時代のひとですから会ったことはありません」
と答えられたり、
わたしとふたりで出かけた際に、
パスタ屋で食事をして店を出てから、
わたしが
「となりのひと、かれいしゅうがしていたね」と言えば、
「え!? あの店にカレーはなかったでしょ」
と真顔でこたえたり、
事程左様にこの種のエピソードに事欠かないで来ていたのに、
ここのところ、
知恵がついてきたのか、
アッと思うようなことを言わなくなった。
と思いきや、
先日、
久しぶりに腹をかかえて大笑いし、
イシバシの才能が失われていなかったことを一人慶賀した次第です。
前置きがながくなりました。
本題に移ります。
夕方五時くらいでしょうか、
書類を書いていたイシバシが不意に顔を上げ、
ウズ、ウズ、ウズとなにやら言いよどんでいます。
なんだよ、
と思って顔を上げると、
「ウズパキスタンて、どの辺だったかしら?」
「ウズパキスタン?」
わたしが訊き返すと、イシバシ、ハッとしたらしく押し黙っています。
「いまなんて言ったの?」
「ウズパキスタン…」
「ごっちゃになってるじゃないの」
「え!?」
「ウ・ズ・ベ・キ・ス・タ・ンだよ」
「ああ、ウズベキスタンね」
「そうだよ。ウズベキスタンだよ。しっかりしてくれよ」
「はい」
「まあ、久しぶりに笑わしてもらったから、いいけど」

 

・おとなしや秋もなぎさも伊良湖崎  野衾

 

和田誠さんのこと

 

秋田魁新報の文化部から依頼があり、
今月七日に亡くなった和田誠さんについて書きました。
二十二日の掲載。
創業間もないころ、
弊社の本を和田さんが装丁してくださったことで、
春風社の名が広く知られるようになり、
ぐんとやる気を増したことを感謝し、
なつかしく思い出しながら。
コチラです。

 

・半島の秋深まりぬ雲の銀  野衾

 

びっくりぜんざい

 

保土ヶ谷橋交差点のちかくに「こけし」という名の菓子舗があり、
せんべい、おかき、あんみつなどを売っています。
帰宅途中、
このごろときどき寄るようになりました。
高齢の女性がいつも店番をしていて、
行くと、
いろいろ話を聞かせてくれます。
いわく、
店の歴史は63年、
もとは菓子舗でなくぜんざいを売っていた、
すぐちかくのいま工事をしている場所で
朝から大鍋で小豆を煮、
父は浜っ子、母は江戸っ子で、母はそれはきっぷが良かった、
その母はまた母に輪をかけて、
わたしなどとても足もとに及びません、
ぜんざいは、
ふつうの大きさでなく
びっくりぜんざいという名の特大のもの、
どんぶりで出していた、
繁盛していました、
当時市電が通っていて保土ヶ谷は終点、
美人コンテストがあったり、
たのしかった、
ほんとうに様変わりしました、
「こけし」は初代がお客様に可愛がってもらえるように
という願いを込めて付けたもの、
元気でがんばらないとと思っています…

 

・秋澄むや銀の雲ゆく伊良湖崎  野衾

 

上田薫先生を悼む

 

今月一日に教育学者の上田薫先生がお亡くなりになりました。
享年九十九。
2008年に弊社から
『沈まざる未来を 人間と教育の論に歌と詩と句「冬雲」を加えて』
を上梓しています。
以前勤めていた出版社の頃にお目にかかり、
以来、
連絡をとっていました。
弊社十周年のパーティを開催する際、
あいさつをお願いしましたら、
「会場に体を横にできる場所がありますか?」
と訊かれ、
どういうことだろうと不思議に思いましたが、
こちらの疑問が声に出ていたのか、
すぐに、
「30分休めば、二時間体を起こしていられるのです」
とおっしゃられた。
そして当日、
会場のすぐ裏手で休んでいただき、
それから登壇していただいたのでした。
当時すでに八十八歳。
ありがたいことでした。
『沈まざる未来を』は、
おそらくじぶんの最後の本になるだろうから、
それをあなたに作ってもらいたいと電話でたのまれ、
光栄に思いつつ作らせてもらった本でした。
ご冥福をお祈りいたします。

 

【伊良湖崎より神島を望む】
・島の灯や微睡(まどろ)むごとく秋の暮  野衾

 

活版印刷ならでは

 

しかも、[キリスト教の]信仰によれば、神はただ一つの世界を作り出すか、
あるいは無数の世界を作り出すか、
それとも全く何らの世界もり出さないかということについて、
永遠の昔から非決定であったのだからです。

 

初版に誤字・脱字はつきもの。
『デカルト著作集 第2巻 省察および反論と答弁』
を読んでいたら、
あれ!? と思いましたが、
すぐに「作」の字の位置のまちがいに気づきました。
いまから46年前の本。
文選工とよばれるひとが活字を一個一個ひろって
木箱に並べていく方式ならでは
のまちがいで、
まちがいのありかたから、
印刷方式のちがいが見えてきます。
数ページ後に同様のまちがいがありましたから、
一日のいつの時間帯に仕事をしていたか分かりませんが、
この作業をしていたひとは、
ひょっとしたら睡魔に襲われていたのかもしれません。

 

・秋夕焼伊良湖のなぎさ波の金  野衾

 

思いちがい

 

三か月、いや
四か月ぐらいになりますかね、
上の階からキーコキーコという音が聞こえてきます。
バイオリンを習いたてなのでしょう。
義理の姪っ子がバイオリンをやっており、
横浜に遊びに来たとき弾いてくれたことがありますが、
すでに立派に弾くことができていた
ことを懐かしく思い出したりしました。
上の階の子もキーコキーコの過程を経てだんだん上手くなるのでしょう。
さて、
おとといの土曜日は鎌倉での句会の日で、
家を出たのが12時50分。
ドアを閉めカギをかけて外へ出ようとしたとき、
よく見知った上の階の男性がちょうど外から帰ってきたところでした。
「こんにちは」
「あ、どうも、こんにちは」
見れば、
肩に明らかにバイオリンのケース。
あ!
声が漏れそうなところをグッと我慢。
そうか。
そうだったのか。
てっきり子どもとばかり思っていたけれど…。
そういえば、
朝起きてツボ踏みの運動をしているとき、
数か月前から、
土曜日であるにもかかわらず、
バイオリンのケースを肩にかけ
坂道を下りていくあの男性の後ろ姿が窓から見えていました。
バイオリンのキーコキーコ=習い始め=子ども
という固定観念に縛られていましたが、
習い始めのキーコキーコに、
子どももおとなもありません。
大きな思いちがいでありました。

 

・稲妻や閨も恋路も隠れなし  野衾

 

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