熊蟄穴

 

きょうから十六日の日曜日までは第六十二候。
くまあなにこもる。
冬を越すために動物たちが穴にはいるシーズン。
冬眠といえば
かならず思い出すことがありまして。
小学何年生だったでしょうか。
冬休みをどう過ごすかの計画表をクラスで作成していたときのこと、
ひょいと見ると、
前の席のTくんが一日の終わりのところに
「冬眠」と書いていました。
「睡眠」と書くべきなのに、
とは思いましたが、
冬の日に眠るから「冬眠」でもいいかと思い直し、
そのまま言わずにおきました。
あのあと、
計画表を担任の先生に提出したはずですが、
先生から直された話をTくんから聞くこともなかったし、
先生が話題にすることもなかったから、
あのままだったのかもしれません。
Tくんは冬眠の日々を送ったものと思われます。

 

・池の水うごかぬままに落葉かな  野衾

 

閉塞成冬

 

先週七日からきょうまでが第六十一候。
そらさむくふゆとなる。
季節のめぐりのとおり、
いよいよ寒くなりまして、
きのうはじめてホッカイロをつかいました。
おかげで寒さを感じることなく、
いちにち快適に過ごすことができました。
炬燵でまるくなれない猫は寒そうです。

 

・こぼれてのしずく円きや冬の朝  野衾

 

虚証的生活

 

先日テレビを見ていたときのこと、
引きこもりの生活が長くつづいているひとを
積極的に採用する会社を紹介する番組がありました。
ひたすら自室にこもり家の外に出ることなく生活してきた男性が、
とる会社に採用され、
自宅でパソコンをつかって仕事をし、
それが月収10万円ほどになるとのことでした。
パソコンに向かいまずすることは
その日の体調の会社への報告。
「体調50% これから仕事に入ります」
一日の就労時間は六時間ほど。
このごろは外に散歩にも出られるようになって、
「家の裏がこんなになっていることを忘れていました」
と笑う男性。
インターネットとパソコンが普及したおかげで、
こういう働き方が可能になったのはいいことだと思います。
漢方の世界では、
人間を大きく二つのタイプに分けるらしく、
実証と虚証がそれ。
人生の早い時期から能力が開花しバリバリ何でもこなしていくタイプが実証。
それに対し、
人生でも日々の暮らしでも
スロースタートなのが虚証タイプ。
日本ではこれまで実証タイプがもてはやされ、
それはいまでも基本的に変わっていないけれど、
虚証タイプには
実証タイプとはちがう虚証タイプのよさがあることを
丁宗鐵(てい・むねてつ)さんは強調します。
丁宗鐵『名医が伝える漢方の知恵』(集英社新書)
社会や時代が
人間によってつくられることを考えれば、
人間だけでなく、
社会や時代も
大雑把な言い方をすれば、
実証タイプと虚証タイプに分けることができそうです。
ふりかえれば、
昭和の時代はまさに実証タイプ
だったかもしれません。
昭和が終わり、
平成が終わろうとしている現在、
虚証タイプの効用を考えてみてもいいかもしれません。
病気をしたことでよけいに身に入みました。

 

・程ヶ谷の陰(ほと)の辺りや寒夕焼  野衾

 

カレンダー

 

毎年この時期になりますと、
会社でも家でもいくつかカレンダーを用意します。
つきあいのある業者からいただく
ものもあります。
ことし家では
大石清美さんが描いた
『ごじょうめのわらしだ』のカレンダーでした。
大石さんは、
秋田県五城目町に在住の方で、
町の広報誌に
「なつかしのごじょうめのわらしだ」
を連載されています。
五城目町は、
わたしの生まれ故郷のとなり町。
秋田魁新報に大石さんが取り上げられ、
その記事のなかでカレンダーをつくったことが記されてあり、
文末にあった番号にすぐに電話し、
一部購入したのでした。
電話に出てくださったのがおそらく
大石さんだったと思います。
おかげさまで、
ことし一年(まだ終わっていませんが)
ふるさとの子どもの頃を
なつかしく思い出しながら過ごすことができました。

 

・程ヶ谷の谿の向かひの寒夕焼  野衾

 

他人事でない

 

病院の待合室でのこと。
ゆっくりと滑舌のいい大声が聞こえてきました。
ゆっくりと、滑舌がいいので、
遠くにいるわたしのところまではっきりと
聞こえてくるのです。
「ど・う・に・か・な・ら・な・い・も・の・か・ね・え。
い・つ・ま・で・ま・た・せ・る・つ・も・り・か・ね・え。
い・み・が・あ・る・の・か。
あ・あ・い・た・い・い・た・い。
こ・し・が・い・た・い。
ど・う・し・た・ら・い・い・ん・だ・ろ・う。
びょ・う・い・ん・に・き・て・も・こ・う・か・が・な・い・か・ら
ク・ス・リ・だ・け・も・ら・っ・て
か・え・る・わ・け・に・は・い・か・な・い・の・か・・・」
一音一音はっきりとした
途切れ途切れのことばを聞いているうちに、
そのつぶやきともうったえともつかない
こころの叫びが、
抜き差しならないものとして迫ってきます。
あ・あ・い・た・い、は
「ああ痛い」でしょうけれど、
「会いたい会いたい」とも聞こえます。
ど・う・に・か・な・ら・な・い・も・の・か・ね・え。
ど・う・に・か・な・ら・な・い・も・の・か。

 

・禿(かむろ)上ぐ汽笛ここまで冬の空  野衾

 

橘始黄

 

柑橘類の「橘」に「始」に「黄」
たちばなはじめてきばむ。
七十二候では
二日の日曜日から明日までが
第六十候の橘始黄。
今週はじめの日曜日に程ヶ谷の旧跡めぐりを楽しみましたが、
家々の軒先に
たわわに実った柑橘類が下がっていました。
異常気象といわれる日が多くあっても、
巨いなる自然のサイクルは
ちゃんと働いているようです。

 

・留学を期し頬染む冬の説明会  野衾

 

う〇ちパーティ

 

先週帰宅途中のことです。
帷子珈琲店でいつものように二種類の豆を購入し、
けむりもくもく焼き鳥屋横の踏切を
わたってまもなく、
「う〇ちパーティしよう!!」と
でかい声。
「ばかなこと言ってんじゃないの!」
見れば、
小さな男の子と母親らしき女性の姿。
ただそれだけの会話でしたが、
以来、
う〇ちパーティの語が頭から離れません。
う〇ちパーティって何?
いろいろ混沌としたイメージが湧いてきます。
あの男の子はう〇ちパーティをしたことがあるんだろうか?
そのときお母さんはそばにいたのだろうか?
お母さんが叱ったのは、
う〇ちパーティそれ自体ではなく、
外で口にするなということだったかもしれず。
ネットで調べてみると、
う〇ちパーティ用のグッズが売られており、
「うんちのうた」「うんとでろうんち」なる歌もありました。
うんこドリルのヒット以来、
うんこ、う〇ちはそうとう市民権を得たようです。
ああスッキリした!

 

・浪寄する過客や冬の伊良湖崎  野衾