ピンク・フロイド 1

 

ホルスタイン種かとおもわれる牛のジャケットのレコード。
なにこれ、とおもいながら、これもよくレコード店で目にしましたね。
『クリムゾン・キングの宮殿』がそうだったように、
ピンク・フロイドの『原子心母』(Atom Heart Mother)も、
興味がおもむくまでにはかなり時間がかかりました。
時間はかかったけど、
けっきょく聴いてみようと思い立ち買ったのでした。
正直なところ、
ピンときませんでした。
これってロックなの? クラシック? なに?
ま、そんな感じ。
で、聴かなくなったかといえば、そうでなく。
その後なんどか聴きました。
聴いているうちに、これって薬なのか毒なのか、効いてくるんですね。
キング・クリムゾンがわたしにとりまして美しくカッコいい音楽だとすれば、
ピンク・フロイドは、
ズンと奥にひびいてきてノスタルジーを刺激するような音楽、
そんな感じ。
ということで、牛のジャケットのレコードから始まったピンク・フロイドも、
いつの間にか、お気に入りになってました。

 

・鉢巻とステテコ走る運動会  野衾

 

キング・クリムゾン 2

 

いつも遅れてきた少年、青年で、本も音楽も、
いちばん流行ったころにリアルタイムで読んだり聴いたりすることはほとんどなくて、
本でいったら夏目漱石の『こゝろ』、
音楽でいったら三橋美智也からはじまって、
じぶんの興味をよりどころとし、
大げさですが、少しずつ精神の地図を広げてきたようにおもいます。
『In the Court of the Crimson King』
で度肝を抜かれたキング・クリムゾンについていえば、
『Red』というアルバムも外すことができません。
というのは、このアルバムジャケットの三人が、仙台のアパートの窓ガラスに映った。どっひゃー!! となったことがあったからです。
なんのことはない、夢でじぶんの部屋を見、そこの窓に、
ロバート・フリップ、ジョン・ウェットン、ビル・ブルーフォードが
いたのです。
『クリムゾン・キングの宮殿』のジャケットにくらべれば、
そんなにおどろおどろしいというわけではない
けれど、
音楽のほうの衝撃度が高く、ふかくこころに刻まれ、
夢のなかに、とうとう三人が現れたというわけなのでした。
いや、ほんと、こわかったよ。
夢から覚めても、心臓がバクバクしていました。

 

・運動会コーナーワークは腕回す  野衾

 

キング・クリムゾン 1

 

ラジオから聞こえてくるビートルズを聴くようになってから、
外国の歌も聴くようになりました。
レコードを聴くための装置(当時、ステレオといっていた)を持っていないのに、
北島三郎をこよなく愛する叔父がステレオをもっていて、
はじめてじぶんで買ったオリヴィア・ニュートン=ジョンのレコードを
叔父のステレオで聴いたのでした。
記憶ちがいでなければ、そのころだったとおもいますが、
ロックのコーナーに、
目と鼻と口を大きく開いた不気味な赤い顔のジャケットがあって、
こわー! とおもった。
だれのどんな音楽か知らないけれど、
そのレコードを買うことはぜったいにないだろう…。
ところが、高校を卒業し、聴く音楽のジャンルがそれなりに広がっていくにつれ、
ぜったいに買うことはないとおもっていたレコードを買った。
聴いてみて、衝撃を受けた。
ジャケットと相まって、なんだかおどろおどろしい音ながら、
なんとなく美しいとも感じました。
キング・クリムゾンのデビューアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』
『In the Court of the Crimson King』。
よくわからないけど、カッコいいともおもいました。
キング・クリムゾンのほかのアルバムも聴くようになり、
どれもショックを受け、ジャズの即興演奏みたいなところもあり、
それがまたカッコよく、
いつの間にか、ファンになって、
ちょくちょく聴くようになっていました。

 

・稔り田を雲の影ゆく故郷かな  野衾

 

小椋佳

 

いまはペーパードライバーですが、かつてじぶんのクルマをもち、
けっこうドライブをたのしんだ時期もありました。
好きな音楽をかけながらのドライブは、たのしいものでした。
小椋佳の歌は、クルマを運転するまえから好きで聴いていましたが、
クルマを運転するようになって、ますます聴くように。
小椋佳のつくった歌で「シクラメンのかほり」があります。
これは、布施明が歌うのをさきに聴きました。
圧倒的な歌唱力で歌い上げるものだから、
歌詞にある「二人を追い越してゆく」時が、台風のようにも感じられ、
それはそれで、
時というもののあるイメージを喚起されました。
布施明の歌う「シクラメンのかほり」の印象があまりにつよかったため、
小椋佳の歌う「シクラメンのかほり」は、なんだかひ弱な感じで、
意表を突かれた。
しかし、聴けば聴くほど、小椋佳の「シクラメンのかほり」のほうが、
詞の内容にぴったり合っているとも感じられ。
小椋佳が若いころ、北原白秋の歌や詩をよく読んでいたことを知り、
腑に落ちた気がしました。
「木戸をあけて 家出する少年がその母親に捧げる歌」
というのがあり、
秋田の実家で、親戚があつまった折、
「おみゃ(お前)も、なにがうだえ」と叔父に言われ、
「木戸をあけて」を歌いました。
とちゅう、こみ上げてくるものがあり、歌えなくなったのをおぼえています。

 

・たれもみな迷子の歩み大花野  野衾

 

吉田拓郎

 

中学から高校にかけて、吉田拓郎の歌をよく聴いていました。
聴いていた、というより、ラジオからよく聞こえてきた。
それでいつの間にか好きになっていた、というところでしょうか。
♪浴衣のきみは尾花(すすき)の簪(かんざし)ではじまる「旅の宿」なんかは、
自転車に乗りながら、鼻歌を口ずさんでいました。
ちょっと投げやりな歌い方と、あの声。
「結婚しようよ」もわりと口ずさんだかな。
とまれ拓郎の歌は、わたしの場合、ラジオをとおしてでした。
レコードを買ったことはありません。
それからしばらくして。
熱狂的なファンはわたしのちかくにもいて、「今日までそして明日から」とか
「人生を語らず」をカラオケで歌う知人がいました。
というようなことだったのに、
あるとき、ある歌を聴いて、衝撃が走った。
「アジアの片隅で」
高校の教員を辞めようとおもった時期とかさなっていて、よく覚えています。
くり返し何十回、いや、何百回と聴きました。
そのたびにこころをふるわせました。
間奏のところのギターのうねるような音がまたなんともいえなく、いい!
ということで、
「アジアの片隅で」もわたしにとりまして、
かけがえのない歌であります。

 

・秋の野はスローモーション音も無し  野衾

 

由紀さおり

 

小学校の修学旅行は十和田湖でした。一泊二日だったのかな。
五年生までの日帰りの遠足とちがって、たった一泊でも泊りがけでの旅行だというので、
ちょっぴりおとなになった気分を味わってたような。
湖畔の像を見たり、奥入瀬の渓流沿いを散策したり、瞰湖台(かんこだい)から
十和田湖を一望したりと、修学旅行ならではの盛りだくさんの旅程でした、
たしか。
さてその思い出ぶかい修学旅行ですが、
宿だったか、バスのなかだったか、とてもきれいな澄んだ声の歌が流れていました。
なんてきれいで、はかなげな声なんだろう。
「はかなげ」ということばは、
もちろん当時まだ知らないわけだけど、
「はかなげ」ということばにふさわしいこころの感じわけだったとおもいます。
のちにその歌が「夜明けのスキャット」と知りました。
歌詞の意味は、それからずっと後になって知ることになりますが、
♪ルルルルル…で始まる美しいメロディときれいな声は、
わたしのなかでは、
瞰湖台から見たほのかに煙立つように見えた湖の姿、
奥入瀬のせせらぎに映るひかり、やさしげにたつ湖畔の像などとあいまって、
いまもリフレインされています。

 

・まばたきの刹那墜ちてか星月夜  野衾

 

大相撲の解説

 

このごろテレビで大相撲をよく観ます。
熱烈なファンというわけではありませんけど、祖父の時代から、
家族でテレビ観戦をよくしていて、
大鵬とか柏戸とか、
子どもながらにカッコいいなぁとおもっていました。
祖父は、黄金の左腕(かいな)の異名をもつ輪島が好きで、応援していました。
さて、こんかいの大相撲秋場所中日八日目の解説は、
現役時代大関貴景勝だった湊川親方。
どのスポーツでもそうだとおもうのですが、
わかりやすく的確で適切な解説を聞くと、しろうとながら、
なるほどなぁ、そういうことがあるんだ、
と勉強になるというか、いままで知らなかったことを知って、ますます、
そのスポーツが好きになります。
きのうの湊川親方の解説がそうでした。
たとえば。
立ち合い後、張り手ではたき合うとき、どうしても熱くなりがちだけど、
なりすぎると、はたくことに夢中になりすぎ、
脇があまくなって、相手に下手をゆるすことになりかねない、
熱しているなかにも、脇を締め、どこか冷静な部分がないといけないとおもう、
そのバランスがむつかしい云々。
なるほどなぁ。
たんたんと、しずかに語っていましたが、
なんとなく、語りのすべてが新鮮で、
はじめて夏井いつきの俳句解説をテレビで見たときのような新鮮さがありました。
時間のあるときは、大相撲をたのしもうとおもいます。

 

・まばたきの刹那墜ちてか星月夜  野衾