休刊、終刊

 

有隣堂の隔月情報誌「有鄰」が、先月第600号をもって休刊しました。
1967年(昭和42年)12月創刊といいますから、
昭和から令和にかけて57年のあいだ刊行しつづけてきたことになります。
大学を卒業し、横浜で暮らすようになってから、
伊勢佐木町にある有隣堂本店を訪れるたびに、レジのところに置いてあった「有鄰」
をもらってきたものでした。
また1949年(昭和24年)に創刊した週刊書評紙「図書新聞」が76年の時をへて、
来年3月末で終刊するとの知らせがありました。
こちらは、春風社としても、たいへんお世話になりました。
対談や鼎談の企画を好意的に取り上げてくださり、
地味な学術書の出版社の認知度を上げるのに、
計り知れない役割を果たしてくださったと感謝しています。
ありがとうございました。

 

27期目

 

弊社の創業は、1999年10月1日。
ですので、今月より27期目に入りました。人文系の学術書を中心に、
ただいま1200点ぐらいになっているでしょうか。
博士論文の書籍化をめぐって、著者のエッセーをまとめた『わたしの学術書』(2022年4月)
が好評を博し、
今月『わたしの学術書 2』も刊行されます。
それぞれの研究分野、学問間のれんけいがこれまで以上に求められています。
ながく読まれる学術書の出版をとおして、
勉強をかさね、著者と読者に喜んでもらえる本を刊行しつづけたいと思います。
今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

ピンク・フロイド 2

 

『原子心母』(Atom Heart Mother)ともうひとつ忘れられないのは
『狂気』(The Dark Side of the Moon)かな。
聴き返さないで書いているので、何曲目か忘れましたが、
チクタクチクタクチクタクと時をきざむ音、
と思いきや、
ジリリリリーンと目覚ましの音がひびき、心臓バクバク。
まったく、驚いたのなんの。
チキンハートのわたしにはよくないよ。
ちなみにわたしの干支は酉年。
肥やしの臭いがしてきそうな牛のジャケットの『原子心母』に対して、
『狂気』のジャケットは、
プリズムに入った光線が七色になって出ている直線のメタリックなイメージ。
そんなことも相まって、これもよく聴きました。
聴き終わるたびに、なんとなく解放感に浸った気がします。
いまは聴きません。

 

・腰落とせそれ腰落とせの運動会  野衾

 

ピンク・フロイド 1

 

ホルスタイン種かとおもわれる牛のジャケットのレコード。
なにこれ、とおもいながら、これもよくレコード店で目にしましたね。
『クリムゾン・キングの宮殿』がそうだったように、
ピンク・フロイドの『原子心母』(Atom Heart Mother)も、
興味がおもむくまでにはかなり時間がかかりました。
時間はかかったけど、
けっきょく聴いてみようと思い立ち買ったのでした。
正直なところ、
ピンときませんでした。
これってロックなの? クラシック? なに?
ま、そんな感じ。
で、聴かなくなったかといえば、そうでなく。
その後なんどか聴きました。
聴いているうちに、これって薬なのか毒なのか、効いてくるんですね。
キング・クリムゾンがわたしにとりまして美しくカッコいい音楽だとすれば、
ピンク・フロイドは、
ズンと奥にひびいてきてノスタルジーを刺激するような音楽、
そんな感じ。
ということで、牛のジャケットのレコードから始まったピンク・フロイドも、
いつの間にか、お気に入りになってました。

 

・鉢巻とステテコ走る運動会  野衾

 

キング・クリムゾン 2

 

いつも遅れてきた少年、青年で、本も音楽も、
いちばん流行ったころにリアルタイムで読んだり聴いたりすることはほとんどなくて、
本でいったら夏目漱石の『こゝろ』、
音楽でいったら三橋美智也からはじまって、
じぶんの興味をよりどころとし、
大げさですが、少しずつ精神の地図を広げてきたようにおもいます。
『In the Court of the Crimson King』
で度肝を抜かれたキング・クリムゾンについていえば、
『Red』というアルバムも外すことができません。
というのは、このアルバムジャケットの三人が、仙台のアパートの窓ガラスに映った。どっひゃー!! となったことがあったからです。
なんのことはない、夢でじぶんの部屋を見、そこの窓に、
ロバート・フリップ、ジョン・ウェットン、ビル・ブルーフォードが
いたのです。
『クリムゾン・キングの宮殿』のジャケットにくらべれば、
そんなにおどろおどろしいというわけではない
けれど、
音楽のほうの衝撃度が高く、ふかくこころに刻まれ、
夢のなかに、とうとう三人が現れたというわけなのでした。
いや、ほんと、こわかったよ。
夢から覚めても、心臓がバクバクしていました。

 

・運動会コーナーワークは腕回す  野衾

 

キング・クリムゾン 1

 

ラジオから聞こえてくるビートルズを聴くようになってから、
外国の歌も聴くようになりました。
レコードを聴くための装置(当時、ステレオといっていた)を持っていないのに、
北島三郎をこよなく愛する叔父がステレオをもっていて、
はじめてじぶんで買ったオリヴィア・ニュートン=ジョンのレコードを
叔父のステレオで聴いたのでした。
記憶ちがいでなければ、そのころだったとおもいますが、
ロックのコーナーに、
目と鼻と口を大きく開いた不気味な赤い顔のジャケットがあって、
こわー! とおもった。
だれのどんな音楽か知らないけれど、
そのレコードを買うことはぜったいにないだろう…。
ところが、高校を卒業し、聴く音楽のジャンルがそれなりに広がっていくにつれ、
ぜったいに買うことはないとおもっていたレコードを買った。
聴いてみて、衝撃を受けた。
ジャケットと相まって、なんだかおどろおどろしい音ながら、
なんとなく美しいとも感じました。
キング・クリムゾンのデビューアルバム『クリムゾン・キングの宮殿』
『In the Court of the Crimson King』。
よくわからないけど、カッコいいともおもいました。
キング・クリムゾンのほかのアルバムも聴くようになり、
どれもショックを受け、ジャズの即興演奏みたいなところもあり、
それがまたカッコよく、
いつの間にか、ファンになって、
ちょくちょく聴くようになっていました。

 

・稔り田を雲の影ゆく故郷かな  野衾

 

小椋佳

 

いまはペーパードライバーですが、かつてじぶんのクルマをもち、
けっこうドライブをたのしんだ時期もありました。
好きな音楽をかけながらのドライブは、たのしいものでした。
小椋佳の歌は、クルマを運転するまえから好きで聴いていましたが、
クルマを運転するようになって、ますます聴くように。
小椋佳のつくった歌で「シクラメンのかほり」があります。
これは、布施明が歌うのをさきに聴きました。
圧倒的な歌唱力で歌い上げるものだから、
歌詞にある「二人を追い越してゆく」時が、台風のようにも感じられ、
それはそれで、
時というもののあるイメージを喚起されました。
布施明の歌う「シクラメンのかほり」の印象があまりにつよかったため、
小椋佳の歌う「シクラメンのかほり」は、なんだかひ弱な感じで、
意表を突かれた。
しかし、聴けば聴くほど、小椋佳の「シクラメンのかほり」のほうが、
詞の内容にぴったり合っているとも感じられ。
小椋佳が若いころ、北原白秋の歌や詩をよく読んでいたことを知り、
腑に落ちた気がしました。
「木戸をあけて 家出する少年がその母親に捧げる歌」
というのがあり、
秋田の実家で、親戚があつまった折、
「おみゃ(お前)も、なにがうだえ」と叔父に言われ、
「木戸をあけて」を歌いました。
とちゅう、こみ上げてくるものがあり、歌えなくなったのをおぼえています。

 

・たれもみな迷子の歩み大花野  野衾