仰向けの虫のこと

 

このあいだの土曜日でしたか、ベランダを見たら、カネノナルキの鉢の横で、
ゾウムシの仲間だと思いますが、ひっくり返って、
脚を宙にゆらゆらさせていました。
それをしばらく見ているうちに、はっきりと思い出しました。
六十年は経っていないと思いますが、
少なくとも五十年以上は経っているはず。
ある日の日曜日、
じぶんの部屋の机に向かうと、コガネムシが机の上でひっくり返っていました。
脚をゆらゆらさせています。
しばらく見ていたのですが、
ふと、妙な想像が湧きました。
もし、わたしが何もせず、このままにしていたら、
コガネムシはどうなってしまうだろう。
脚を盛んにゆらゆらさせていても、引っかかるところがあるわけでなし、
ただ無意味にそうしているだけで、
死んでしまうのではないか。
そう考えたら、なんだかとても怖ろしくなった。
怖ろしくなって、
いま目の前で起きていることは、
ほんのちょっとしたことかもしれないけど、
たぶん、一生忘れず覚えていて、なにかの機会にきっと思い出すにちがいない、
思い出すだろう、
そう感じました。
それからコガネムシをつまみ、脚が下に着くようにしてあげた。
コガネムシが机上を這うところまでは憶えていますが、
そのあとのことはぼんやりとしています。
田舎の農家のやたらに天井の高い部屋ですから、
やがてどこかに飛んでいったのでしょう。
と、
そのちょっとした子供時代の思い出が鮮やかによみがえりました。
目の前の、ゾウムシにしては大型の、
それでもコガネムシよりは小さめの虫をつまんで、
脚がコンクリートに着くようにしてあげた。
何ごともなかったかのごとく、
ふつうに歩いて行きます。

 

・五月雨や瑞穂の国の土に滲む  野衾