怒りについて

 

古くはセネカ、近くはティク・ナット・ハンなど、
人間の怒りについて書かれた本は多く、
それは、それだけ
怒りを抑え
平常心でいることの
いかに難しいかを証するものなのでしょう。
怒りは、
正しさといっしょになれば義憤というわけですから、
悪感情とばかりもいえないわけですが、
コンプレックスといっしょになると
戦を好むようにもなり、
やはり、
感情本位を避け、
事実本位であることが肝要のようです。
さてわたしが子どものころ、
わたしの左どなりに祖母、右どなりに祖父が眠っておりました。
寂しさはあったけれど、
とくに不安も心配もなかった。
祖母が去り祖父が去って
わたしの左どなりには寂しさが、
右どなりには怒りが居座り眠るようになった。
両どなりを起こさぬように
しているけれど、
たまに目覚めさせてしまってあたふたと。
森田正馬を読みながら、
われについて考えることが多くあり、
病院ぎらいは仕方ないとしても、
寂しさも恐怖心も
天気をながめるごとくにながめる
ようになれればどんなにいいか、
そうなれれば
と願っています。
これまた日々の修行。
怒りも、
寂しさや恐怖心と同じく
しばらくそのままかまわずにいると、
ながれてどこかへ行ってしまう。
通り雨といいますし、
嵐だってやがては過ぎていく。
きょうの天気は晴れ、暑くなりそうです。

 

・走り梅雨何の予兆の利休鼠  野衾

 

声のわるい烏

 

ここ保土ヶ谷の山の上に
声のわるい烏がおりまして、
どうわるいかというと、
痰がからまったとでもいえばいいのか、
カーカーでなく、
ガララガララガララ。
(「ラ」を小さく表記したい)
しかも、
声を発するときに、
園児が両手を後ろに回してむすび
体を律動させながら歌うのに似て、
ひどく上下に体を揺らす。
声が悪いので
スムーズに発声できないのでしょう。
なんだか
とてもがんばっている。
見ていて、
ちょっと気の毒。

 

・旅人の旅の疲れやうつぼ草  野衾

 

意味でわる

 

新井奥邃先生記念会で
奥邃の言葉そのものを読んでみよう
ということになり、
今年が三回目。
えらんだ文章をわたしが読み上げ、
その後、
むずかしいと思われる語の説明を
みじかくする運びですが、
全共闘世代だという方にいくつか質問されました。
が、
その質問に言葉でこたえることが
なんとなく
正しくないような気がしたので、
ただ、
「わかりません」
とだけ申し上げた。
「ウィスキーを水でわるように
言葉を意味でわるわけにはいかない」
ということもありますから。
田村隆一の詩「言葉のない世界」
最終連にある言葉。

 

・ベランダに野良猫来る五月雨  野衾

 

冷暖自知

 

中村元の『広説佛教語大辞典』によれば、
冷暖自知の説明として、
「水の冷たさやあたたかさは、
飲む者が自分で経験する以外に知る方法がないように、
さとりも自分で実践体得する以外に知る方法がないということ。
他人には教えてもらえないこと」とある。
『無門関』『正法眼蔵』にでてくる。
本を読むということも
だれかに代わってもらうことはできなくて、
自分で読みながら
感じ味わい
考えるしかない。
極端なことを言えば、
情報を得るだけなら、
めんどうで時間のかかる読書は要らないかもしれない。
しかし、
正しさもたのしさも、
また
おもしろさをみずから知るには、
めんどうな読書を
自分に課すしかありません。
アウグスティヌスの『神の国』に、
人間に罪が入る前には
男は性器を自分の意思で動かすことができた
なんてことが書かれてあり、
電車のなかで読みながら吹き出しそうになった。
冗談でなく、
クソが着くほど真面目に弁証しているからくその
もとい、
弁証しているからこその可笑しみ。
解説書などで済ませてしまう
にはもったいない
のが古典だ。
アウグスティヌスがいきなり
となりに来た。

 

・梅雨入より指折り数ふ烏啼く  野衾

 

無意識の発見

 

そういう書名の本がありますが、
本のはなしでなく。
夜中、
はっきりとした言葉で
「ちょっと分からないなぁ、こりゃ」
ん!?
なんだ?
なにが分からない?
俺に話してる?
ほどなく、
なんのことはない家人の寝言であることが判明。
ムニャムニャと不分明
であれば
すぐに寝言と判断できますが、
滑舌よくハッキリ言うから、
そばにいる人間は戸惑ってしまいます。
朝になり
そのことを指摘すると、
なぜそんなことを口走ったのか、
本人まったく憶えておらず、
夢の中身は
永遠に
ふかい闇に紛れることに。
古代遺跡がながいときを経て見つかるように、
夢の中身が発見されることは
あるか、
ないか。

 

・意味避けてそよぐ風あり奥邃忌  野衾

 

祥月命日

 

先週土曜日、
新井奥邃先生記念会があり、
世田谷区代沢にある森巌寺に墓参に行ってきました。
奥邃が亡くなったのは
1922年(大正11年)6月16日。
今年の参加者は十四名。
世田谷美術館の方、
東京新教会の牧師先生は初めての参加。
梅雨の時期ですが、
さいわい雨に降られることなく、
墓参後、
世田谷区太子堂まちづくりセンター2F小会議室に移動し、
ミーティング。
おととしから始めた
「新井奥邃のことばをよむ」
は今年で三回目。
今回は、
学について
奥邃がいかに考えていたのか
そのことに触れられる箇所をえらび、
しばしの時間
ともに学びました。
さて
日付変わってきのうは父の日、
保土ヶ谷駅の掲示板にこんなのが貼ってありました。

 

・静黙を深く刻めよ奥邃忌  野衾

 

本のリレー

 

インターネットを通じ欲しい古書を求めたところ、
見返しの紙に
著者直筆のサインが認められてありました。
本を贈られた方の名を
どこかで見た記憶があり、
さっそく調べてみたら
著名な神学者で、
昨年四月、
97歳で亡くなっておられました。
想像するに
ご遺族か生前親しくしておられた方が
本の整理をされ、
古書店に引き取ってもらい、
それがわたしのところに届いた
のではないかと思われます。
著者の
おそらく万年筆でしょうか、
静かな小さな字に
しみじみとした気配がただよっているようです。

 

・荒梅雨や無聊を照らすモーツァルト  野衾