実業

 

福岡のコール先生から電話をいただきました。
以前勤めていた出版社で
『奥邃廣録』の復刻版を出版してからの付き合い
ですから三十年近くなるでしょうか。
『知られざるいのちの思想家――新井奥邃を読みとく』『新井奥邃著作集』
『奥邃論集成』『おうすいポケット 新井奥邃語録抄』と
いっしょに仕事をしてきましたが、
『新井奥邃著作集』がセットとしては在庫が無くなったこともあり、
あらたに著作集のエッセンスを一冊にあつめる
『新井奥邃選集』(仮題)の出版を企図しています。
おそらくA5判800ページほど
のものになるでしょう。
コール先生が著作集全巻にわたり
何度も精読され、
そのなかから
奥邃の信仰と思想を伝えるに際し外せないものを
先生みずから入力してくださいました。
いま日本で、
いや世界中を探しても、
新井奥邃についてもっとも深く語れるのは、
おそらくコール先生を措いてほかにいません。
横書きワード原稿を少しずつ読みながら、
奥邃の文を読むよろこびと
充実した時間をあらためて味わっています。
たとえば
「実業をもってでなければ宗教というものは分かるものではない」
という一文に出くわし、
これまで何度か目にしているはずのことばが、
いままた抜き差しならない中身をもって迫ってきます。
……そうかそうだなそうだな。
百年を超えて読み継がれていく一冊にすべく、
力を抜かずに励みたいと思います。

 

・冬ぬくく釣りびと遠く伊良湖崎  野衾

 

蛇笏発見

 

浩瀚な『新編 飯田蛇笏全句集』
を少しずつ読んでいますが、
むつかしい字、ことばをそのつど調べていると、
それが
万葉集に使われていることがしばしば
であることが分かり、
だけでなく、
これは明らかに万葉集を踏まえているなと
感じさせられる句もあり。
蛇笏句の清新さ伸びやかさ大らかさ
また孤高さは、
万葉の時代に直に触れていくような
そんな気概を感じます。
蛇笏句と万葉集との関連を精査した研究書が
すでにあるかもしれません。
いろいろな俳人の
名句、俳論を読んできて、
それぞれおもしろくもあり
勉強にもなりましたが、
無手勝流に俳句を始めて十年がたち、
蛇笏句をいま集中的に読む時間にめぐまれ、
そのことをとおして、
わたしなりに飯田蛇笏を発見できたような気がします。
万葉集をあらためて
熟読してみたくなりました。

 

・冬の日や舟一隻の浪しずか  野衾

いくつになっても

 

駅近くの喫茶店でほかの役員二人とお茶を飲んでいたときのことです。
わたしたちのとなりにある、
いちばん奥の四人掛けのテーブルに
女性一人と男性三人がやって来ました。
見た感じ後期高齢者であることはほぼ間違いありません。
女性は上品で美しく、
若いころならさぞやと想像されます。
男たちはといえば、
テーブルにつくやいなや
どうでもいいような話を大声で話し、
挙句の果てにテーブルをバンバン掌でたたく始末。
時間帯からして、
久しぶりにかつての同級生がつどい、
食事をしおそらくアルコールも少したしなみ、
いい気分になって、
お茶でもしようか
そんなことだったのかもしれません。
それにしても。
うるさいなぁ。
もうすこし静かにしてくれないかなぁ。
そうも思いましたが、
そのガハハなくだらない話を耳にしているうちに、
なんとなく懐かしい空気を感じました。
なるほど。
そうか。
この女性に自分の存在をアピールしているんだな。
そう考えると、
どうでもいいような話の中に、
ちょこっとイギリスのお茶の習慣や
珈琲茶碗の品定めに関する蘊蓄を挟んだり、
かすかな知性のかけら
とでもいったものを無理やり感じさせるような話の運びであり、
恥ずかしくもあり、
他人事と思えなくなりました。
その間、
女性はだまったまま。
どんな気持ちで男たちを見ていたか、
聞いていたか、
それは分かりません。
彼女が飲み物をたのむとき、
「わたしは」でなく
「わたくしは」
と言ったのが耳に残りました。

 

・暮早し影二つあり伊良湖崎  野衾

 

伊良湖崎

 

万葉の時代から歌われ、
西行がおとずれ芭蕉がおとずれ柳田國男がおとずれた伊良湖崎
に行ってきました。
伊良湖水道は古来潮流のはげしい場所として知られ、
伊良湖の「いら」は
その歴史をとどめる名称のようですが、
24、25は両日とも天候に恵まれ、
ひろびろとした空の下、
穏やかな海には白い釣り船がうかび、
その雄大な景色に見とれてしまいます。
宿の風呂に浸かりながらながめる日没は筆舌に尽くしがたく。
いい誕生日になりました。

 

・冬夕焼うすくなりゆく渚かな  野衾

 

染龍

 

もうひとり「同窓会だより」から。
高校卒業後すぐに上京し、
墨田区向島にて五朗(ごろう)の芸名で芸妓になった方に、
染龍さんがいます。
染龍という名は、
昨年末秋田に戻り、
秋田市に芸妓置屋寿美谷(すみたに)をかまえたのを機に付けたものらしく、
現在川反(かわばた)芸者として活躍中。
かつて川反は東北を代表する歓楽街でした。
このひとのことを
以前新聞記事かなにかで読んだような気もしますが、
それはともかく、
彼女も高校の後輩であることがわかり、
うれしく思います。
もう少し若ければ、
年末帰省した折にでも
久しぶりに川反を訪ねてみようかな
ぐらい考えたかもしれませんが、
いまは写真で
染龍さんの溌剌かつ凛としたすがたを愉しむだけでじゅうぶん。
「染龍 秋田」で画像検索すれば
すぐに見られます。

 

・日を連れてほかは連れずに小鳥来る  野衾

 

ちんあなごのうた!?

 

毎年この時期になると
母校の
「同窓会だより」が送られてくる。
その「ZOOM UP!」というコーナーの「きっかけはチンアナゴ」
という文字に目がいった。
平成15年卒業の渡部絢也(わたなべ・じゅんや)さん。
プロフィールにシンガー・ソングライターと記されている。
代表曲「ちんあなごのうた」
なんだ、
ちんあなごのうたって?
「ちんあなご」という名称自体が
どことなくユーモラス
ということもありますが、
プロフィールの代表曲といったら、
たとえば「愛燦燦」とか「昴」とか「山河」
とか、
そういう、いかめしいタイトルがふさわしいような、
そんなルールはもともとないはずのに、
見えない縛りがあることを
思い知らされました。
だって「ちんあなごのうた」だもの。
渡部さんは、
秋田高校から秋田大学に入学。
地元の金融機関に三年つとめたあと退職し音楽で身を立てることにしたのだとか。
なんとなく勇ましい感じ。
それがなにゆえ、ちんあなご?
会社をやめて独立後、ひたすら曲づくりに専念していたころ、
男鹿半島にある水族館に行ったらしい。
そこで、
ちんあなごとの運命的な出会いがあった…。
自宅に戻り半ば即興のようにしてつくった曲が
いまでは動画共有サイトでシリーズ合計100万再生を超えるという。
ならば、
聴かずばなるまい!
聴いてみた。
アハハハハハハハハハハハハハハ。
すばらしい!
だって
「ちんちんちんちんちんあなごぉぉ」
と、
ちんちんちんちんを連呼するではないか。
アハハハハハハハハハハハハハハ。
これを聴いたひとの
コメントを見ると、
「落ち込んでたことがどうでもよくなった!」
とか
「オレのチンアナゴもこれくらいだ」
とか、
なんともすばらしく愉快だ。
こういう曲をつくるひとが高校の後輩にいることが誇らしく思える。
「ちんあなごのうた」
おもしろいですよ。
ぜひ聴いてみてください!

 

・やり過ごしどこ吹く風と猫じやらし  野衾

 

タヌキかな

 

土曜日の午前中、
家人とふたりで買い物に出かけた。
急階段を下りてゆくと
なにやら下に薄茶色の毛につつまれた生き物が。
明らかに猫でない。
犬でもない。
なんだなんだ…
タ、タヌキ!
保土谷にタヌキ!
この山にはタヌキがいる
とは聞いていた。
しかし実際に見たことはなく。
朝早くにハクビシンが
ベランダづたいに近くまで来たことはあった。
それがついに。
この山に住みはじめて二十四年、
思い返せばながかった。
それがきのうの写真です。

 

・野狸や傷みを舐めて静かなり  野衾