味覚糖の塩あずき飴

 

このごろたまに寄る
保土ヶ谷橋交差点ちかくの駄菓子屋さん「こけし」にて、
味覚糖の塩あずき飴を購入し食べたところ、
すぐにあずきの味が口中にひろがり、
まさに味覚糖さんいうところの
「おいしさはやさしさ」
と知りました。
この味を独占するのはもったいないと思い、
会社でひとり一粒ずつ配りました。
専務イシバシはたまたま誕生日でしたから二粒。
あっちからもこっちからも
「おいしい!」「おいしい!」
というわけで、
来月、
例年どおり保土ヶ谷の小料理千成にて忘年会を行うとき、
希望のひとを連れ
「こけし」さんに行くことにしました。
飴のほかにも、
選りすぐりのせんべいやおかきもありますから。
女将さんもきっと喜んでくれるでしょう。

 

・東(ひむがし)に煙立つ見ゆ冬の曉  野衾

 

人麻呂と中国

 

伊藤博の『萬葉集釋注』は六に入りました。
この巻には
柿本人麻呂の歌が多数収録されていますが、
こころをすなおに表現する「正述心緒」、
物に託してこころを陳べる「寄物陳思」ということばは、
人麻呂の考案であるらしい
と書かれています。
ただ、
ことばとしての「正述心緒」「寄物陳思」
は人麻呂の考案でも、
分類の発想そのものはどうやら
詩経を初めとする中国文献によっているようです。
柿本人麻呂もそうですが、
万葉の歌人たちがいかに中国のものを読み込み勉強したのかを
あらためて思わされます。
たとえば令和という語は
たしかに万葉集にあるけれど、
すでに中国の文選にでてくる用語です。
また、
万葉集そのものが
中国の詩経や文選に学んだ歌人の歌によって成り立っている
(それだけではないと思いますが)
ことを考えると、
日本独自ということは
なかなか言えなさそうだし、
それよりも、
先人(この場合は中国)の知恵
に学ぼうとしたこころに
むしろ打たれます。

 

・紅葉かつ散るノーサイドホイッスル  野衾

 

成功的理想主義者

 

先日、東京学芸大学の末松裕基先生がゼミの学部生、
大学院生とともに来社され座談会をおこなった
ことはこの日記にも書きましたが、
座談会の内容と感想が記されたレポートを
末松先生が送り届けてくださいました。
どれもすばらしいレポートで、
わらったり考えさせられたり、
座談会当日もたのしかったけれど、
レポートを読みながら冷静にあの時間を思い出しました。
中国からの留学生が三人いましたが、
三人とも日本語で
たっぷり感想を書いています。
日本語がちょっとおかしいところもありましたが、
彼女たちにとっては外国語の日本語で
よくぞここまでまとめたもの
と感慨ひとしお。
なかにわたしのことを、
成功的理想主義者と評された方がありました。
漢字ばかりがならぶとなんだか強そう。
面白南極料理人みたい。
成功的は、
会社の借金が無くなったことを指しているのかもしれません。
成功的かどうかはともかく、
理想主義者といわれれば、
そういうところがあるかもしれないな
とも思います。
夢見がち
ということでもあるでしょう。
レポートを読み終わった後で末松先生に電話でお礼を伝えたところ、
本を読めなくなっていたのに、
また本を読めるようになったというひともいます
と告げられ、
それは何よりとうれしかったです。

 

・ながれ来てかたちを変へず冬の雲  野衾

 

ありがたい一日

 

編集長の岡田くんと学習院大学へ。
仏文の中条省平さんと小一時間ほど面談。
昭和の名編集者・安原顯が始めた創作学校でお会いしたのが始まり。
中条さんは先生、わたしは生徒。
以来、四半世紀、
いまもしたしくお付き合いさせていただいております。
その後、
飯田橋へ移動。
タリーズコーヒーへ入り、
コーヒーを飲みながらゲラ読み開始。
まわりを見れば、
まるで図書館のような静けさ。
ノートパソコンを広げ勉強、仕事にいそしむひと、ひと、ひと。
店はあきらかにその種の客を想定しているようで、
テーブルには椅子一脚ごとにコンセントが設置されています。
時代はこうなのだなと改めて納得。
電話がないせいか、
ゲラ読みの作業がことのほか捗りました。
七時に装丁家の間村俊一さんご指定の店へ。
こんかいの詩集『鰰 hadahada』を祝ってしばし歓談。
間村さんからサインを所望され、
しかも、
イラストを添えてくれと言われ、
「わたくしの描く絵は、三歳児にも及ぼないものですから」
と丁重にお断りするも、
そういうのがいいとおだてられ、
覚束ないながら、
じぶんの似顔絵のようなものを描きました。
また、
ずっと欲しかった間村さんの画集『ジョバンニ』に触れるや、
「あげるよ。まだ少しあるから」
と言って、つと立ち上がり、
店を出て事務所へ帰り、
『ジョバンニ』をとってきてくださいました。
いやぁ驚きました。
うれし恥ずかしありがたし!

 

・清方の女性(にょしよう)来てをり花すすき  野衾

 

あかねさんを悼む

 

矢萩多聞さんのお母さまで、
アジアの輸入雑貨店ラヤ・サクラヤのオーナー矢萩あかねさんが、
今月九日、
脳血栓のためインドの地で亡くなりました。
七十歳でした。
春風社を立ち上げる前、
ショーウインドーに置かれていた木彫りのガネーシャ像に
ひかれるようにして入ったのが
そもそもの始まりでした。
多聞さんにも
そのお店で出会いました。
多聞さんはもとより、
あかねさんとも
ずっとながくお付き合いさせていただきました。
今月九月一日に
春風社にてトークイベントをおこなった際、
あかねさんはご夫婦で参加され、
そのとき話したのが最後になりました。
あかねさんのクックっとくすぐったそうに笑う声、
お茶飲んでいきませんか、
あらもう帰っちゃうの、
また寄ってください、
ゆっくり
ぽつぽつと話すあの声と語り口が
いまも耳に残っています。
こうして書いていると、
あ~ら、みうらさん、
うそよ~
うそに決まってるじゃない、
……………
温かいあの声を聴けなくなったということが
いまだに信じられません。
ガネーシャは商売の神様でもあります。
創業の地である保土ヶ谷の拙宅の玄関にいまもあります。
あかねさんのご冥福をお祈りします。

 

映画『浜の記憶』を観る

 

シネマ・ジャック&ベティにて、
大嶋拓さんが監督・脚本をつとめた『浜の記憶』を観てきました。
齢93の漁師・繁田とカメラマン志望の少女・由希が織りなす出会いと別れ。
シンプルなストーリーの中に、
家族とは? 老いとは? 愛するとは?
ふかく不易の問題が
しかつめらしくなく提起されており、
風光明媚な鎌倉の自然をたのしみながら、
じぶんのなかに浮かびくる
いろいろな想念を味わいました。
とくに、
じぶんの父親を
「あのひとはそとづらがいいのよ」
ということまで口にする老漁師の娘・智子と由希との会話
は圧巻。
家族の難しさをつくづく考えさせられました。
そのシーンを見ながら、
ふと、
家族というのは
生きているあいだは
この世の軸、
いわば横軸でつきあい
関係するしかないのかもしれない、
それに対し、
見知らぬ人との一期一会(この映画の場合、老漁師・繁田と由希)は、
この世をつらぬいて光芒を発する
垂直の軸において時と場を与えられる、
そんなことを感じ考えさせられました。
鎌倉の空、海、寺、人びとの笑顔、何気ない会話ともあわせ、
一時間弱のみじかい映画ながら、
ふかくたのしく堪能させていただきました。
おススメです。
シネマ・ジャック&ベティでは、
11月22日(金)までの上映となります。

 

・交はすごと烏鳴きをり秋の朝  野衾

 

艶な万葉集

 

朝月(あさづき)の 日向(ひむか)黄楊櫛(つげくし) 古(ふ)りぬれど

何しか君が 見るに飽かざらむ

 

一首は、櫛に寄せる恋。
朝月の日に向かうというではないが、使い古した日向の黄楊櫛のように、
私たちの仲はずいぶん古さびてしまったけれど、
どうして、あなたは、いくら見ても飽きることがないのでしょうか。
の意。
後朝(きぬぎぬ)の感慨であろう。
一晩愛撫されたのちの、女の満足感、
それにつけても別れたくないという思いに由来する心情と見える。
「古りぬれど」とあるけれども、
老女のうたではない。
(伊藤博『萬葉集釋注 六』集英社文庫、2005、pp.156-157)

 

なんとも艶な歌ではないか。
こういうのが万葉集にはけっこうあって、ドキッとします。

 

・人麻呂の潮騒ゆかし秋の風  野衾