理解と諒解

 

りょうかいには、〈了解〉と〈諒解〉があり、現代表記では〈了解〉
が多く用いられていますが、
〈了解〉の了と〈諒解〉の諒では、
すこし意味がちがいます。
了に、さとる、おわる、などの意があるのに対し、
諒には、相手のこころを思いはかる、まこと、などの意があるようです。
なので、
漢字の諒を用いた〈諒解〉は、
相手のこころ、気持ちを汲んで分かる、
さらにいえば、ゆるす、受け入れる、の意味を含んでいる
ようにも感じ、
場面によって、
〈了解〉と〈諒解〉をつかい分けています。
さて、理解と諒解ですが、
こんなことを考えました。

 

1、理解して諒解する。

2、理解するけど諒解はしない。

3、理解しないけど、諒解する。

4、理解もしないし諒解もしない。

 

理解するしないだけだと、世の中、どうも世知辛くなってしまいそう。
理解をしようとせず、したがって諒解もしない、
などというのはもってのほか。
ぶつかって、けんかになってしまいます。

 

・蒔くことも刈ることもせぬ鳥が秋  野衾

 

26期目

 

弊社は1999年10月1日に創業しましたので、
きょうから26年目に入ります。
ながかったような、みじかかったような。
この間、
刊行点数は優に1000点を超えました。
現在、
これまでどおりの紙の本のほかに、
時代の趨勢にあわせ、
電子書籍、オンデマンド印刷による本も手掛けています。
時代は刻々と様変りしていきますが、
本づくりに編集は欠かせないようです。
芝居の演出に似ている気もします。
いかにすぐれた書き手、いかにすぐれた原稿でも、
人の手になるかぎり、
本人にも気づかない癖があります。
それは100パーセントといっていいでしょう。
編集の要諦は、
ていねいな精読にあると信じていますが、
その過程で、
著者それぞれの癖に気づき、
それを著者につたえることがとても重要であると、
このごろとみに感じます。
出版は、
とくに学術書の出版は、もうかる商売ではないというのが、
四半世紀を経ての実感ですが、
それで十分であるとも感じています。
けしてもうかる商売ではないけれど、
やりがい、生きがいを感じます。
さて、つぎの四半世紀、世界が、弊社がどうなっていくのか、
いただく原稿を精読しながら、
考え、考え、一冊一冊、
著者と読者に喜んでいただける本を、
これからもていねいにつくりつづけたいと思います。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

・いくつかのことば忘れて秋の風  野衾

 

四半世紀

 

月に一度のミーティングというのがありまして、
その日には、社員一同が会し、いろいろの必要事項を共有するようにしています。
このごろ、
これがなんだか楽しい。
仕事上のことですから、笑えるような、
おもしろい話が飛び出すわけではないのですが、
それぞれの話、それぞれの人の話しぶりに個性が現れているように感じ、
味わい深い。
そんな感想をもちながら、
会社の来し方、行く末を考えます。
以前つとめていた会社が倒産したのを機に、同僚二人を誘い春風社を立ち上げました。
ゼロからの立ち上げで、
10万円を手にもち、
三人で神奈川県瀬谷区にある中古のオフィス用品店をたずねました。
しらべたら、いまもあるようです。
二年目は20万円をもって。
なつかしい思い出。
こういうエピソードは、どんな会社にもあるでしょう。
紀伊国屋書店を創業した田辺茂一さんに関する本を読んだとき、
会社の名前を耳にした人に、
みかんを売る会社ですか?と尋ねられたことがあった、
というようなことが書かれていて、
おもしろく読みました。
そういう創業の苦労話、こまかな精神は、
創業当時の人の胸に収めておくべきことなのかもしれません。
あたらしい葡萄酒はあたらしい革袋に
ということもありますから、
エピソードはエピソードとして、
しずかに笑っていたい気もします。
さて、来月から弊社は26年目に突入。
つぎの四半世紀にどうなっていくのか、見届けたい気もしますけど、
まもなく67歳になるので、
25を足すと92歳となって、ちょっと自信がない。
いつまでできるかわかりませんが、
あとは若い人にまかせようと思います。
*
きょうから所用で秋田に帰省します。
30日(月)に横浜に戻る予定。
ですので、30日の「よもやま日記」はお休みにします。
よろしくお願い申し上げます。

 

・吾もまた秋の閑の遊子かな  野衾

 

ご同輩

 

秋分の日が22日で、その日はそれほどでもなかったのですが、
24日になったら急に秋めいて
涼しさが心地よく、肌にしみ込むように感じられ、
きのうの25日も、暑さがぶり返すことなく、ほどよい涼しさでありました。
とはいうものの、
さすがにまだ長袖シャツは早いだろう
の気持ちで半袖シャツで外出したところ、
あら? あれ?
階段を下りて人通りのある小路へ出ようとしたとき、
とおり過ぎるふたりがふたりとも長袖のものを身に着けていました。
ちょっと不安になった。
ごみ集積所から右へ折れ、数歩歩いたところでふり向くと、
わたしと同年配ぐらいの男性が半袖シャツでふつうに歩いてくるではないか。
なんだか、ホッとした。
そういうわけで、
きのうは、保土ヶ谷駅に向かいながら、道行く人の長袖シャツ、半袖シャツの割合が気になり、
ん、この人は長袖、ん、この人も長袖、お、この人は半袖、あ、この人は長袖、
目がきょろきょろしてしまいます。
それで、あることに気づいた、わたしの感覚的統計によれば、
総じて、
わたしと同年配ぐらいの、中年から前期高齢者にかけての男性に半袖が多い。
加齢とともに、肌感覚も衰えたか、
なんてことを、
せっかちにも思ってしまった。
なので、
半袖の若い人を目にすると、なぜか、ホッ。
さてと。きょうは?

 

・いちにちの苦労いちにち虫の声  野衾

 

自宅PC設置成る!

 

パソコンに詳しい方にとっては、どうってことないことだとはおもいますが、機械音痴のわたし
にすれば一大事で、
家人に手伝ってもらったりなどし、なんとかブログ再開にこぎつけました。
二週間ぐらい空いてしまいまして、この間、いろいろ感じるところもありましたが、
正直にいえば、
朝、これを書く時間がないと、こんなにも気が楽か、
ということでした。
逆からいえば、それほどストレスになっていたのかと、われながら驚いた次第。
が、
また他方で、
じぶんとの対話の時間が無くなってしまった、
との気がしたのも事実です。
なので、つたないながらかえがたいこの時間をもう少し
つづけたいと思います。
それが、10月1日から26期目に入っていく弊社にとって、なんらか意味があることを念じ。
いわずもがなのことながら、
読んでくださる方がいればこそのことであります。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

三浦 拝

 

自宅PC設置

 

自宅のパソコンがこわれてしまい、「よもやま日記」をしばらく休んでいます。
朝のルーティンが無いとこういう感じかぁ、
などと、そのちがいを味わい、
かみしめたりしているきょうこのごろ。
きのうでした。
毎日読んでくれている秋田の弟から電話があり、
PCがこわれたそうだけど、
まさか、体調を崩しているのではないだろうな、
と。
どうもどうも。心配かけて申し訳なかったと謝った次第。
わたし個人は、いたって元気です。
さらに。
帰宅時、保土ヶ谷橋の交差点で知人から声をかけられ、「PCまだ直りませんか?」
は。これまた、どうもどうも。
で。
来週早々新しいPCを設置し、早ければ25日から通常通りの見込み。
よろしくお願い申し上げます。

 

三浦 拝

 

自宅PCが壊れました

 

いきなり、見たことないメッセージが現れ、焦りました。
ただいま対応を考えておりますが、
復旧するまで数日かかりそうですので、
しばらく休むことにします。
その間の手当も考えましたけれど、
おおげさにいえば、
朝、三時のあたまとこころで書いていますので、
それをだいじにしたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。

 

三浦 拝