横尾忠則さん

 

ある本を読んでいたら、横尾さんの名前が出てきました。
若いころ、横尾さんの本を何冊か読みました。
インドの話とか、夢の話とか。
それと、
好きで聴いていたマイルス・デイヴィスさんやサンタナさんの
レコードジャケットも手掛けておられ、
お目にかかったことはないけれど、
気になる存在。
なので、
横尾さん、どうしているかな?
となりまして、調べたら、おもしろそうな本が出ていました。
『原郷の森』
「げんきょうのもり」と読むようです。
さっそく買って読んでみた。
帯に、こんなことが書いてあります。
「ダ・ビンチ、ピカソ、デュシャン、北斎、三島、黒澤……
芸術家たちが時空を超えて語り合う異色の「芸術小説」」
たしかに、
そんなような内容の、小説というか、本でした。
亡くなっている人がバンバン出てきて、
ああも言い、こうも言う。
この人ならこういうことを言いそうだな、と思ったり、
こんなこと言うかな?と考えたりしながら、
たのしく読んだ。
わたしの好きな画家エドワード・ホッパーさんも登場します。

 

エドワード・ホッパーの運転で三島さんとニューヨークっ子ウォーホルと
ニューヨークのロングアイランドのサグハーバーに導かれたのも偶然
ではない。
そして今、
その必然としてインドに来ている。
全て運命の筋書き通りになっていると思えば、
何ひとつ抵抗するものはない。
かつての現実を「原郷の森」がなぞっているに過ぎない。
現界は霊界のコピーであるという。
今はかつて現界で起ったことを霊界がコピーしているように見えるが、
それだって、
霊界が先きに、現界にそのヒナ型を移植した結果である。
つまり現界は霊界と相対的であるということは
こういうことである。
人間は現界があって霊界が存在していると思っているが
全くその反対である。
(横尾忠則[著]『原郷の森』文藝春秋、2022年、p.362)

 

ちょっと、奥邃さんの「自然と超自然」を思い出しました。

 

・滝の下石に染み入る滴かな  野衾

 

わかるわー

 

高齢の両親のご機嫌伺いに、週に三度、電話をかけるようにしています。
だいたいは齢93になる父が電話に出ることが多い
けれど、
父が用事で家の外にいるときなど、
ごくたまに、母が出ることもある。はぁはぁ、言っている。
母だけに。
ダジャレかよ。
歩けない母は、移動はもっぱらお尻でズリズリズリと。
電話が鳴って出ようとしても、
すぐには出られず、
いっしょーけんめー、ズリズリズリズリ。
なので、
はぁはぁはぁはぁ。
閑話休題。
せんだって、
こんなことがありました。
朝、
もう少ししたら電話をかけようかな、と思っていた矢先に、
わたしのスマホが鳴った。
登録していない番号が表示され、
恐る恐る出たら、父より九つ下の叔父でした。
聞けば、
稲刈りの後片づけのため、父の作業場に来ていたところ、
家から慌てふためいた父が出てきて、
「電話がぶっこわれだ!!」
きょうはマモル(わたしのこと)から電話がかかってくる日だけど、
電話がつながらず、不審に思うだろう。
すまないが、
お前のスマホからマモルに電話をかげてくれんか云々。
叔父に確かめたところ、
電話機が壊れたというけれど、
ほんとうのところは、
子機に電源が入っている状態のため、
親機に「子機使用中」と表示され、
親機が使用不可になってしまったらしい。
要するに、
電源の入った子機の置き場所を忘れてしまったようなのだ。
おそらく、
父は混乱の極に達しただろう。
薄くなった頭髪が、ハリネズミの毛のように逆立ったに違いない。
父より26も下のわたしもそうなることがあるから、
よーーっく、
わかる。
そういえば、
まえに勤めていた出版社の社長に、
「おまえは、たま~に、かたまる時があるな」
と、
たしなめられたことがあったっけ。
さて父の電話の件だが、
業者を呼び、親機を使えるようにしてもらって父は一安心。
子機は未だ見つからず。

 

・そちこちの秋を集めて最上川  野衾

 

青春は青春を

 

ゲーテさんが晩年、60歳も年下の少女に恋をし求婚し断られ
(さもありなん)失恋したということは、
なにによってか忘れたけど、
どこかでインプットされ、話としては知っていました。
ただいま
ビルショフスキさんの『ゲーテ その生涯と作品』を読んでいて、
まさにそのエピソードについて記された箇所にさしかかったのですが、
ビルショフスキさんのコメントがおもしろく、
やがて悲しき具合であります。

 

青春は青春を要求する。
この老人がどれほどあがめられ、どれほど精神豊かで、どれほど敬愛に値する
としても、
愛する女性のなかに自分のすべてを見、彼女と一つに溶け合い、
一緒になってはしゃいだり、嘆息したり、悩んだり、
楽しんだりしながら、
同じ鼓動で人生を生き抜いていってくれる無名の純朴で愚鈍な青年
には及ばないのである。
(アルベルト・ビルショフスキ[著]高橋義孝・佐藤正樹[訳]『ゲーテ その生涯と作品』
岩波書店、1996年、p.1031)

 

そのとおりでしょうね。ゲーテさん、ふかく傷ついたようですが、
そういうところもふくめ、ゲーテさんはおもしろい。
恋話ではありませんが、
ゲーテさん、
オーストリアの宰相メッテルニヒ侯爵にも会っているんですね。
知らかなった!

 

・波に浮き波に揺られてかいつぶり  野衾

 

友とあるく

 

先週土曜日、気が置けない友人六人で鎌倉を散策。
当初、建長寺から天園コースをあるく予定だったのですが、
雨に降られたので、急遽予定を変更し、
建長寺から切通しを通り、鶴岡八幡宮、さらに報国寺へ。
もどってこんどは鏑木清方記念美術館。
「秋の夜」の静謐よ。
こおろぎかな。
雨は降ったり止んだりで。
とちゅう昼食と、
ぶらり立ち寄ったところで、そうとう早めの晩餐を。
道々、だれからともなく、たのしいなぁ、
たのしいなぁの声が漏れる。
ほんとうに。
新型コロナのことがあって、いろいろ感じ、考えさせられたけど、
友と会うことが、こんなにも楽しく、
元気と生きる勇気がふつふつ湧いてくるものかを、
あらためて訓えられ、
実感した。
笑顔がかがやく。
世に『幸福論』というものがあり、
なるほどと感じ入ることもあるけれど、
実感として味わう友といる時間にとうてい及ばない。
内から光が満ちてくる。
いくら本を読んでも、
真理を探究しても、
これ以上のことはない気もする。
どの本を読み、どの本を読まなくても、
超えてすすむ必要などない。
ことほど左様に、
友と会うことは、何をしゃべっても好く、
しゃべらなくてもそれもまた好く、
ほんとうに、
年齢や職業に関係なく、
これがよろこびとたのしさの山頂と知った一日でした。

 

・振り向かず鬼灯鳴らし帰りけり  野衾

 

カミュさんとキリスト教

 

食わずぎらい、というほどでなくても、なんとなく通りすぎてきた、
というものがあります。
『異邦人』『ペスト』のカミュさんは、
わたしにとりましてそういう人。
殺人を犯した人がその理由を問われ、太陽がまぶしかったから、
と答えた、
なんてことを、
じぶんで読まずに、人づてに聞いて、
カッコつけすぎみたいに感じ、
理由もなく人を斬る机龍之介のほうがカッコいいではないか、
と思ってきた。
こんかい『異邦人』を読み、
そうか、
たしかに「太陽がまぶしい」ことが汗と光の反射をさそい出し、
そう言うしかないことを知り、
やはり、
うわさを鵜呑みにしてはならず、
じぶんで読んでみないと分からないものであることを、
改めて思い知らされた。
なのでひきつづき『ペスト』を。
ふたつを読んで感じたのは、ずいぶんキリスト教がベースにあるな、
ということ。
そこでカミュさんが学位論文として書いたという
「キリスト教形而上学とネオプラトニズム」を読んでみた。
圧倒された。

 

神は異教徒に徳を、もしわれわれがそれを欠く場合持つようにはげまし、
またすでに持っているならば
自尊心をくじくためあたえたのである。
キリスト教において、
ギリシア的意味での徳がこれほどきびしく、
かつひんぱんな試練にかけられたためしはない。
そればかりではなく、
そうした自然の徳も人間が自慢するとき、悪徳に転化するのである。
傲慢は悪魔の罪である。
われわれの唯一の正当な目標は、
そうではなく神である。
そして神が恩寵によってあたえる賜物は、
常に神の寛大さの結果である。
恩寵は無償である。
だから善行によって恩寵を獲得できると考えている人々は、
ものごとを逆にとっている。
恩寵に価するということが可能なら、
恩寵は無償ではないだろう。
いや、
それよりさらに一歩を進めなければならない。
神を信ずることが、すでに恩寵をこうむることである。
「信仰」は「恩寵」のはじまりである。
(カミュ[著]滝田文彦[訳]『カミュ全集 1』新潮社、1972年、p.85)

 

学位論文で取り上げている主な人物は、
プロティノスさんとアウグスティヌスさん。
ふたりともアフリカ北方の出身。
しかしてカミュさんも、アフリカはアルジェリアの生まれ。
お三方とも、
地中海の海と光をよく知っていたでありましょう。
そういうことをつらつら想像していると、
カミュさんの心性がすこし分かってくるような気もします。
ところで、
『異邦人』の、とくに後半の空気感は、
新約聖書に記されている、
ゴルゴタの丘へ向かうイエス・キリストにまつわる人間がつくり出す空気感
と実に似ていると感じた。

 

・人生に練られ知り初む秋の声  野衾

 

恩師のひとこと

 

大学では、日本経済史のゼミに所属していました。
恩師は、嶋田隆先生。
日本の農村共同体が、商品経済、とりわけ貨幣経済に触れ、
どのように解体していったか
を実証的に研究したグループのお一人でした。
含羞をふくんだにこやかな笑顔が忘れられません。
嶋田先生があるとき
(どういうときだったか、どうしても思い出せません)
「ゲーテのヴィルヘルム・マイスターなんかを読むと…」
とおっしゃった。
どういう文脈だったか、
ずっと気になっていました。
いまビルショフスキさんの本を読んでいて、
かかえてきた疑問へのヒントがあると感じられる箇所に目がとまりました。

 

ナマケモノに関する論文では、
もともと海で生きるように定められた巨大生物が、
生活条件の変化にともない、
内的素質と変更しがたい外界とのあいだに不均衡をきたすほど退化したもの
だ、
という大胆な仮説を立てている。
最後に詩的証言もないわけではない。
『ファウスト』第二部のホムンクルスの証言がそれで、
彼は人間を目指して上り、
それにたどり着くまでのあいだ、
大海に身を投じ、
万物に命を与える水のなかで有機的自然の発達を追体験することになる。

 

そうやって幾千もの規範に従い、
幾百、幾千もの形に変化しつつ動いているが、
いや人間になるまでには、まだまだ時間がかかる。

 

これらの発言はすべて一八二〇年以後のものである。
それはゲーテの生涯の最後まで続いている。
これらの発言には観念的な考察が併存し、
統一性と多様性の活きいきとした絡み合いが共存しており、
それが時間的発達の継起関係に移行しようとする傾向を示している
のは見まがうべくもない。
いや、
これらの発言のいたるところに、
ほかでは厳しく禁じている「なぜ」、「どこから」の問い
も大胆に発せられている。
これは時間的進化を問うための控え目な出発点
である。
(アルベルト・ビルショフスキ[著]高橋義孝・佐藤正樹[訳]
『ゲーテ その生涯と作品』岩波書店、1996年、pp.987-988)

 

わたしが嶋田先生のゼミをえらんだ理由の一つは、
現在わたしたちが意識し感じている「わたし」という観念が、
歴史的に形成されてきたもので、
それは、
共同体の変化とどうやら表裏一体のものであるらしい、
というのがあったから。
その興味と、引用したビルショフスキさんの記述が重なります。
「生活条件の変化」「人間になる」「時間的発達」
「継起関係」「時間的進化」
このあたりに、
形成された「わたし」の意識が反応します。

 

・通路往くワゴン静かに窓は秋  野衾

 

永遠をおもう

 

秋田に帰省となると、
このごろは、だいたい弟が最寄りの駅まで迎えに来てくれます。
送り迎えだけでなく、
事前にいろいろと調べ、秋田、山形の景勝地に案内してくれます。
秋田県にかほ市の元滝伏流水。
これまで知らずに来ました。
鳥海山に降った雨や雪が地下にもぐり伏流水となる。
それが湧き出し滝となって元滝川へ落ちる。
秋田にこんな土地があったのかと、しずかな感動をおぼえました。
流れる水はあくまで澄み、吸い込まれそうになります。

 

ギリシア人が粘土をこねて
種々の形をこしらえて
わが手に成った息子を見ては
ますますうっとりするもいい。
しかしわれらの喜びは
ユーフラテスに手足を浸し
流れる元素に身をまかせ
かなたこなたへ漂い行くこと。

 

これは狭い古典主義の克服を意味する。
むろん古典主義といえども個人的なもののなかに永遠のものを求めた
のだが、
やはりそれは
個人的な次元で形成されたものしか承認しなかった
からである。
ただ、
永遠のものを重んじるといっても、
それは永遠のものが具体的に堅固な形態として表現される場合に限られる。
わたしたちは今それを超えるものを前にしている
のである。
永遠のものがむき出しのままに求められ、
個人的なものはそれを前にして
退却する。
これは老年期に顕著な心的態度である。
(アルベルト・ビルショフスキ[著]高橋義孝・佐藤正樹[訳]
『ゲーテ その生涯と作品』岩波書店、1996年、pp.957-958)

 

詩は、「愛と形象」。
ゲーテさんの詩は、はるかを遠望し、
生きることの無限の滋味を豊かにつたえてくれます。

 

・矛盾的自己同一の秋を行く  野衾