夏の鎌倉へ

 

打ち合わせのため鎌倉駅で江ノ電に乗り換え由比ヶ浜へ。
暑い暑い。
暑すぎて痛いぐらい。
ちょっとの日陰を見つけてはちょろちょろ。
空を見上げる余裕は無し。
小一時間の話し合いを終え、
もと来た道をすたすたと。
橋口幸子さんの著書『珈琲とエクレアと詩人』
にでてくるイワタ珈琲店

今もあるとのことなので、
場所も教えてもらいましたから、
今度行ったら訪ねてみよう。

 

・日焼け脚にょっきりショートパンツより  野衾

 

日陰を慕いて

 

このところ猛暑酷暑の日がつづき、
なるべくなら外出を避けたいわけですが、
そうもいかず、
日陰をもとめ綱渡り的に歩くような具合です。
それなもんですから、
保土ヶ谷駅から自宅へ向かう場合も、
人通りの多い一号線沿いより、
遠回りながらも
気分的に涼しげな
川沿いを歩くことが多くなりました。
ほんの短いあいだですが、
手すりにつかまり川を泳ぐ鯉を見るだけでホッとします。
いよいよ暑さが増してきた先週末、
川べりを歩きながら、
鯉たちどうしているかなと思い
川を覗いたところ、
いつも見かけるあたりに一匹もおらず、
ここは? ここは?
と道づたいに探して歩いた。
ちょうど橋の下の陰になっているところに一匹、二匹、三匹…、
十匹以上がたむろしていました。
そうか。
おまえたちも日陰が恋しいか。
『影を慕いて』という歌がありましたが、
いまはその影でなく、
陰がとっても慕わしい。

 

・塒(ねぐら)出(い)で空を見上ぐる蜥蜴かな  野衾

 

性のこと

 

ジャン・カルヴァン著『キリスト教綱要 改訳版』(渡辺信夫訳)
を読んでいたところ、
「対照句」という語句に出くわした。
聖書中の対照すべき、参照すべき語句という意味だろうと思い、
下の行に目を移動させ(この本は横書き)
たのですが、
「対照句」という三文字は、
ふつうの国語辞典にはでていないのでは
と、
ふと疑問がもたげ、
電子辞書をひいてみることに。
見出し語検索で「た・い・しょ・う・く」と入力。
やはり「対照句」はでてこない。
「大将軍」がでてきた。
ハハハ。
なるほど。
それで終わりにすれば済んだもの。
画面の左側、
見出し語の項目の並びに
『家庭医学大事典』の「コラム」として「代償月経」
という文字があるのを目にした。
クリックすると、
「予定日になっても月経がこない女性が、毎月1回定期的に、
性器以外から少量の出血をおこすことを代償月経といいます。よくみられるのは鼻血です。
その他、歯肉やのどから出血することもあります。[……]」
その文言を目にしながら、
不思議な感慨にとらわれた。
かつて天才漫画家谷岡ヤスジの漫画に「鼻血ブー」
ということばが登場し、
流行語にもなったはず。
わたしが中学生だったころ、
まだ谷岡ヤスジも「鼻血ブー」も知りませんでしたが、
からだとあたま、こころまで
日々、怒涛のごとく
ムラムラもしゴニョゴニョもし
まさにブーブーの鼻血ブー。
「月経」「性器」「出血」という語を目にしただけで
ただならぬ動悸を感じたものだ。
それがことの発端、始まりではあった。
恋愛といい読書といい酒といい。
以来幾星霜、
逝く精巣(馬鹿だ)
呪縛から解放されたわけではないけれど、
「月経」「性器」「出血」
等々の単語を
今ではわりと涼しげに眺めている
自分に気づく。
おそらく血圧も正常だろう。
思えばいつの間にか年取った、はるか遠くまで来たものだ。

 

・ぼろ布(きれ)のごとく飛ばさる夏の蝶  野衾

 

 

自宅が小高い山の上にありまして、
そのせいで、
空がよく見えます。
ふりかえれば、
このごろこのブログに空の写真を載せることが多くなりました。
早朝やうやう明けそめる空に目がいけば、
キーボードを打つ手がとまり、
しばし見とれてしまいます。
刻々変化する空を見ていることが多くなりました。
雲は濃く、薄く。
はやく流れたり、とどまったり。
だんだん形を成し
やがてフェニックス、熊、虎、狐…。
どうぶつばかりではありません。
溶けてはまた流れ。
意味がいっしゅん現れまた隠れる
ようでもあり、
見ていて飽きません。
おカネはかからない。

 

・端居して灸の煙のかほりかな  野衾

 

何が不満?

 

またまたイシバシネタを。
専務イシバシが若い女性編集者を連れ、
東北のとある大学へ営業に出かけた。
午後三時からその報告。
楠のテーブルを囲んでの会議となった。
わたしはこれが楽しみ。
目を閉じて聴いていると(実際は開けていますが)
お目にかかった先生たちの研究室の様子、所作、話の内容、空気感までが
つたわってくるようだ。
ふたりの報告から、
充実した出張であったと納得。
先生たちによくしていただいたこともありがたかった。
その後それぞれの机に戻り通常の仕事につく。
しずかに時間は流れ。
やがて、
わたしの右斜め前にいるイシバシが
やおら立ち上がり、
出張に同行した編集者の机のところまで歩いてゆく。
と、
大学で哲学を専攻する先生の名刺を持ちながら、
イシバシ首をかしげ、
「メールアドレスにどうして不満なんてことばを使っているのかしら?」
訊かれた女性編集者は無言。
「やっぱり哲学をやっているから不満があるのかしら?」
女性編集者、無言。
「きっとそうよ。哲学をやるぐらいの先生だから、
世の中に対して不満があるのだわ」
「不満じゃなくてhumanで…」と小声の女性編集者。
なるほど。
ようやく事の次第が見えた。
イシバシ、humanを
ヒューマンでなくふまん=不満と読んだ。
不満ドットコム。
あはははは。
なぜ? なにゆえ? 何が不満でメールアドレスにまで。
そうか哲学をやっているからか。
そうだ、
きっとそうに違いない…。
イシバシの思考の経過が手に取るようにありありと。
女性編集者はやさしく愛情をもって接したが、
わたしは笑わずにいられない。
「不満じゃなくヒューマンだよヒューマン。馬鹿だよまったく。
うん。でもいいよ。面白い。
『出版は風まかせ』の続編をだすとしたら、
絶対に入れたいネタだよなぁ」
かつてイシバシが西にある大学を訪ねた折、
明恵のことを話してくれた先生に向かい、
まともに
「明恵にお会いしたんですか?」
と尋ね、
相手の先生から「いいえ。明恵は鎌倉時代の人ですから」
と教えられたエピソードに負けていない。
ひとしきり笑ったせいで、
原稿読みの疲れが吹っ飛んだ。

 

・猫と吾と無数の蟻や木下闇  野衾

 

電線を

 

電線で思い出すのは
『電線音頭』
♪チュチュンがチュン
♪チュチュンがチュン
♪電線に雀が三羽止まってた
…………
いやぁ、なつかしい。
というわけで、
雀をはじめとする鳥がとまっているのならわかります。
が、
なんと栗鼠。
それも大ぶりの
おそらく台湾栗鼠が
わたしの部屋の前の電線にとまっていました。
と見るや、
スルスルッ、スルスルッ、スルスルッと右へ移動。
いやあ、
上手いもんだ!
落ちもせず、スルスルッ。
電線の片方の端は
こんもりとした緑に吸い込まれるようになっており、
やがて見えなくなりました。
朝からいいものを見せてもらった。
鎌倉の山を歩いていて幾度か目にしたことはありますが、
ここ保土ヶ谷の自宅で見るとは。
寝ぼけまなこの目が覚めた。

 

・梅雨明けのしゃがむ女の乳房かな  野衾

 

虫笑う?

 

虫がなく、の「なく」は鳴く。
人がなくのは「泣く」で、まあ、「鳴く」ことはない。
漢字で書くとそうなりますが、
音では両方とも「なく」
これは虫の声に勝手に人が「泣く」のイメージを重ねたからではないか。
それなら「泣く」でいいようなものだが、
「泣」の字はあまりに牽強付会に思え、
それで「鳴」の字をあてたのでは…。
なんてことを、ふと。
そう思ったのは、
休日虫の声が聴こえてきたとき、
(「虫の声」は秋の季語ですが、秋でなくても虫の声は聴ける)
あれ、
なんだか、
笑っているみたい、
と思えたから。
虫はひょっとしたら、鳴かずに笑っているのでは…。
そう考えたら、
なんだか楽しくなってきた。

 

・夏を避け馴染みの暗き珈琲店  野衾