月と月の歌

 

いつの間にか、十月も残すところ数日になってしまいました。
ことしは猛暑酷暑の記録的な年でしたが、
さすがに涼しく、
ときに肌寒くすら感じられるようになりました。
会社帰り、
保土ヶ谷橋から小路に入って、
えっちらおっちら、
階段を上りきり、ふと空を見上げれば月。
ああ、
と深呼吸、しばらくぼうっと見惚れることがしばしば。
月は春夏秋冬、
季節にかかわりなく年がら年中現れる
のに、
俳句的には秋の季語。
日本人が月といえば、春でなく夏でなく、
まず何といっても秋と関連付けて認識してきたのが分かる気がします。

 

『新古今和歌集』1538番の歌、

 

秋の夜の月に心を慰めて憂き世に年の積りぬるかな

 

藤原通経(ふじはらのみちつね)さんの作。
こういう歌を読むと、
千年も前の人だと思えないぐらい、近しく親しく感じられます。
月を見て慰められ、
また月を詠んだ歌を読むことで慰められます。

 

・秋の日の濃きより薄さありがたき  野衾

 

臼井吉見さんのこと

 

対談集をふくめ、これまで何冊か自分の本を出してきました。
その都度、
会社の質的発展になんらか資するところがあれば
と願ってのことで、
その気持ちに嘘はないのですが、
先日、
社内で編集者と話していたときに、
臼井吉見さんの『安曇野』に触れる機会があり、
じぶんのことなのに、アッと驚きました。
臼井さんは長野県のご出身。
筑摩書房の創業者・古田晁(ふるたあきら)さんと同郷で、
筑摩書房の創業にもかかわった方です。
筑摩書房の装丁は、なんとなくほのぼのしていて、
緑や空や風や土がイメージでき
若い頃から好きでしたが、
とくに貼り箱入り五巻ものの『安曇野』は、
内容と相まって、忘れることのできない、わたしの愛読書といっていいと思います。
その後ちくま文庫に入りました。
『安曇野』には新井奥邃さんをはじめ、
歴史上の人物が実名で登場します。
『安曇野』が圧倒的に面白かったので、
当時、ほかにも臼井さんのものを探して読んでいました。
臼井さんは、編集者であって、本を出している…。
そのことを知らないわけではなかった
けれど、
じぶんの本を出すことと結びつけて考えたことは、これまでありませんでした。
が、
いま思えば、
編集者かつ『安曇野』の著者、
そのイメージがわたしのなかに無かったとはいえないのではないか、
いやむしろ、あっただろうと思って、
じぶんの選択が、
じぶんの意思で行った選択が、
もっと深いところからいただいた栄養によってなされたかもしれないなあ、
と、そんなふうに感じて驚いた次第です。

 

・秋寒の厨油の撥ねる音  野衾

 

子を思う母の情

 

『聖書』にでてくるソロモンさんといえば、
その治世を「ソロモンの栄華」と謳われ、また、知恵者としても名高いわけですが、
「旧約聖書」「列王記 第一」にあるエピソードを読むたびに、
日本の大岡政談との関連を説く人もいるぐらいですから、
むかしむかしその昔、
紀元前十世紀ごろの人とは思えず、
母の子の情愛をたたえ時代を超えてこころを打つものがあります。
わたくしごとになりますが、
生前お世話になった演出家の竹内敏晴さんが、
ある学校に芝居を持っていこうとして、
いろいろいろいろ読み返し、
最終的に、
長谷川伸さんの「瞼の母」と菊池寛さんの「父帰る」にしぼり、
教育哲学者の林竹二さんに相談したとき、
林さんが言下に「瞼の母」とおっしゃったというエピソード
も重ねて思い出されます。

 

その一人が言った。
「わが君、お願いがございます。実は、私とこの女とは同じ家に住んでいますが、
私はこの女と一緒に家にいるとき、子を産みました。
私が子を産んで三日たつと、この女も子を産みました。
家には私たちのほか、だれも一緒にいた者はなく、私たち二人だけが家にいました。
ところが、
夜の間に、この女の産んだ子が死にました。
この女が自分の子の上に伏したからです。
この女は夜中に起きて、このはしためが眠っている間に、
私のそばから私の子を取って自分の懐に寝かせ、
死んだ自分の子を私の懐に寝かせました。
朝、
私が子どもに乳を飲ませようとして起きると、
どうでしょう、その子は死んでいるではありませんか。
朝、その子をよく見てみると、
なんとまあ、その子は私が産んだ子ではありませんでした。」
すると、
もう一人の女が言った。
「いいえ、生きているのが私の子で、死んでいるのがあなたの子です。」
先の女は言った。
「いいえ、死んだのがあなたの子で、生きているのが私の子です。」
女たちは王の前で言い合った。
そこで王は言った。
「一人は『生きているのが私の子で、死んだのがあなたの子だ』
と言い、
また、もう一人は
『いや、死んだのがあなたの子で、生きているのが私の子だ』
と言う。」
王が「剣をここに持って来なさい」と言ったので、
剣が王の前に差し出された。
王は言った。
「生きている子を二つに切り分け、半分をこちらに、もう半分をそちらに与えよ。」
すると生きている子の母親は、
自分の子を哀れに思って胸が熱くなり、
王に申し立てて言った。
「わが君、お願いです。どうか、その生きている子をあの女にお与えください。
決してその子を殺さないでください。」
しかしもう一人の女は、
「それを私のものにも、あなたのものにもしないで、断ち切ってください」
と言った。
そこで王は宣告を下して言った。
「生きている子を初めのほうの女に与えよ。決してその子を殺してはならない。
彼女がその子の母親である。」
全イスラエルは、
王が下したさばきを聞いて、王を恐れた。
神の知恵が彼のうちにあって、さばきをするのを見たからである。
(『聖書 新改訳2017』「列王記 第一」第三章17-28、いのちのことば社、2017年、
pp.598-9)

 

・気がかり二つ三つ秋の日たゆたふ  野衾

 

「縫い目のない衣」

 

若いときに観て、その後、何度も観た映画にフェデリコ・フェリーニ監督の『道』
があります。
観るたびに、聖書が背景にあるなあと感じ、
こと文学だけの話ではないんだと思ってきました
が、
内容だけでなく、映画の撮り方においても、
聖書との比較がなされ、説得力があることを知り、
それが逆にまた、
聖書の読み方、現実のとらえ方にまで及んできそうで、
おもしろく感じます。

 

アンドレ・バザンはルノワール作品の重要性を体系的に記述した先駆的論考の中で、
「ルノワールの演出はしばしば愛撫であるかのような、
あるいは少なくとも、
つねにひとつの視線であるかのような様相を呈する」
と述べている。
ルノワールは決して人物たちを背景から切り離すことことなく、
「人物たちの顔のうえの水の反射や、
かれらの髪をなでる風、遠くの木の枝の動きなど」
に、
演技やせりふと同じほどの重要性を与える。
その結果、
ルノワールの映画は
「現実という縫い目のない衣ころもにひだを寄せる」ようなものとなるのだ
とバザンは述べる。
そこでバザンが用いている「縫い目のない衣」という表現は、
聖書に由来する表現である。
イエスの着用していた下衣は「縫い目がなく、上から下まで一枚織り」
(ヨハネによる福音書、19・23)であった。
そこでイエスをはりつけにした兵士たちは、
その衣を裂かず、
だれのものにするかをくじ引きで決めたのだった。
もともと聖母マリアが織ったとされるこの聖なるチュニカは、
のちにキリスト教会統一のしるしとされるようになり、
またいくつかの教会では
そのチュニカの本物と称する服が聖遺物として保存されてもいる。
バザンは
そうした重要なカトリック的意味づけを負わされた「衣」を、
ルノワールの映画は現実を縫い目なしに、連続的に、
そして裂くことなく表すものだという自説
のために援用したわけである。
(野崎歓[著]『アンドレ・バザン 映画を信じた男』春風社、2015年、pp.164-5)

 

・冷やゝかや野を行く道に光降る  野衾

 

これも読書の愉しみ

 

本を読んでいて、ある連想がはたらき、そのときは、
それほど突拍子もないことには思えなくて、
むしろ、
その連想によって本の理解がさらに深まったように思えて嬉しくなったのに、
あとから、
貼っておいた付箋をたよりに読み返してみると、
一度読み返しただけでは、連想の理由がじぶんで分からなくて、
二度読み、三度読み返してやっと、
ははあ、こんなところから、
あのような連想がはたらいたのかなあ、
と、わがことなのに、
他人事のように感じられることがあります。
連想の中身は、
これまでの実体験のこともあれば、
直近の、また少し前、ずっと前に読んだ本に書かれていたことだったりしますが、
そういう連想の際の脳のはたらきは、
なんだか夢に似ている気がします。

 

こうした意味でのネオレアリズモが、
物語を現実らしさで飾り立てる形式的な考え方とどれほどかけ離れているかは明らか
だろう。
技法そのものについていえば、
他の多くの作品と同じように『自転車泥棒』は、
素人の役者を使って路上で撮影された作品となっている。
だが、
この作品本来の美点はまったく別のところ、
すなわち物事の本質を曲解することなく、
物事を物事そのものとしてあるがままに存在させ、
それぞれの固有性を尊重しながら愛情を注いでいるところにある。
「現実よ、わが妹よ」とデ・シーカが口にすれば、
ボヴェレッロの周りに鳥が集まったように、
現実がデ・シーカを取り囲む。
他の監督であれば鳥かごに現実を押し込め、話し方を教え込むところを、
デ・シーカはあるがままの現実と対話するのである。
私たちが聞き取るのは現実本来の言葉、
愛だけが発することのできる、反駁のしようがない言葉なのだ。
(アンドレ・バザン[著]野崎歓・大原宣久・谷本道昭[訳]
『映画とは何か(下)』岩波文庫、2015年、pp.183-4)

 

引用文中の「ボヴェレッロ」に訳注番号が付されており、
章末に「アッシジの聖フランチェスコのこと。
自然を尊び、小鳥に向かって教えを説いたという伝説がある。」
の説明があります。

 

・ひやゝかや烏の声のなつかしき  野衾

 

映画愛がすごい!

 

アンドレ・バザンさんの『映画とは何か』の映画愛はすごいものがありまして、
取り上げられている映画でまだ観ていない映画は
ぜんぶ観てみたくなる、
そういうたぐいの文章です。
もっともすぐれた書評が、まだ読んでいない人にとって、
読んでみたくなる文章であるのと同じく、
もっともすぐれた映画評は、
まだ観ていない人にとって、その映画を観てみたいと思わせるもの
だとしたら、
『映画とは何か』はまさに、
そういう本であると思います。
たとえば下の文章の「現実の「積分」」という比喩に、
やられました。
高校時代、微分積分を習ったときの感動がよみがえりました。
昨年惜しくも亡くなった医学者で精神科医の中井久夫さんの文章にも、
「微分」がたまに出てきて、
アッと目をみはることがありますけれど、
「現実の「積分」」に、
中井さんの文章と共通の味わいを感じ、
また、人の技とも思えない、
あり得ぬぐらい緻密に組み上げられていく筋立てを想像し、
観てみないことには始まらないなあ、
と感じた次第。
Amazonに注文したDVDがきのう届きました。

 

つまり、筋は彼方で、並行して紡ぎ出される。
それは緊張感の持続としてよりも、
出来事の「総和」によって構成されているのである。
それをスペクタクルといってもいいが、それにしても何というスペクタクルだろう!
『自転車泥棒』は、
もはやいかなる点においてもドラマの基礎的算術に頼ってはいない。
そこでは、
筋立ては本質としてあらかじめ存在しているのではなく、
先行する物語から生じているだけだ。
つまり、
それは現実の「積分」なのである。
デ・シーカの最大の成功は
――これまでのところ、他の映画監督たちはせいぜいそれに近づいたにすぎない――、
スペクタクル的な筋立てと出来事とのあいだの矛盾を超越しうる、
映画的な弁証法を見出したことである。
それによって『自転車泥棒』は純粋映画の最初の一例となった。
もはや俳優も、物語も、演出も存在しない、
現実そのものという美学的幻想の内にある映画。
そこではもはや、
映画さえ存在しない。
(アンドレ・バザン[著]野崎歓・大原宣久・谷本道昭[訳]
『映画とは何か(下)』岩波文庫、2015年、pp.165-6)

 

・文庫本三十ページ秋の雨  野衾

 

受け入れることの難しさ

 

平凡社の東洋文庫に入っている『アラビアン・ナイト』をようやく読み終えました。
アラビア語原典からの日本語訳で、
1~12巻は前嶋信次さん、13~18巻は池田修さん。
ほかに、
「アラーッ・ディーンと魔法のランプの物語」
「アリ・ババと四十人の盗賊の物語」
の入った別巻があり、
ただいまこれを読み始めたところ。
本巻18冊を読み終え、
詠み終えるまでに長くかかったこともあり、
感慨一入。
取り上げられている物語の荒唐無稽さ、
おもしろさが格別なのはもちろんですが、
いちばんに感じたのは、
ひとの心の頑なさ、相手の話を聴き、じぶんの考えを変えることの難しさ、
そのことに尽きます。
極悪非道なシャフリヤール王が知恵者シェヘラザードから毎夜、
この世の珍しい物語をつぎつぎ聴いているうちに、
だんだんとこころがほぐれ、
荒んだこころを入れ替え、
シェヘラザードを殺めるのを自らに禁じたことが、
最後の最後になって分かります。
ひとの話を聴いて理解することは、相手を受け入れることですから、
勇気が必要なのでしょう。
ひとを受け入れないことがあまりに多い世の中で、
ひとを受け入れる勇気を持つこと、
ひょっとしたら、
それだけが希望の灯かもしれない
と、
長尺の物語を読み終えて感じた次第です。

 

・秋の雲恋のこころの夢見かな  野衾