観世流能楽師の梅若猶彦さん来社。いっしょに食事をしながら面白い話をいろいろうかがう。ピーター・ブルックと土方巽についての感想は演者ならではのものと思わされ特に興味深く、「意味」という言葉が耳に残った。わたしは今までお能をまともに観たことがない。梅若さんの『能楽への招待』(岩波新書)で、ほんの少しだが蒙をひらかれた気がするから、今度機会をみつけてぜひ観てみたい。
梅若さんの話が面白く、お酒が入っていたせいもあってか、わたしもついつい饒舌になってしまった。「梅若さんがドアを開け部屋に入ってこられた時に気づき、それからずっと続いているのですが、所作の一つ一つが残って見える。あるはずのない残像が見えるような気がします」と印象を正直に申し上げたら、そういうことを言われたのは初めてだけれど、とてもうれしいと。そうおっしゃったことの意味が今のところわたしにはわからない。勉強が要る。が、所作や動作に力があって、それが見る者にどう伝わるかという問題を考えるとき、「残像が見える」印象が何らかそのことに関与しているのかもしれないと思った。それと目の印象。梅若さんのは特別。
世阿弥が「こころは目の後ろ」と言ったのは、演じ手にとっては分かりやすい、読者にとっては普通の意味の理解ではちょっと把握しづらい極意の一つなのだろう。
「岸壁の母」の二葉さんである。北島先生がいくら歌がうまく、記念館まであるといったって、わたしにとってはやはり二葉さんだ。
きのう『情熱の素』ができてきた。「夜の時代を開く7人に聞」いた話をまとめたもので、そのなかに二葉さんも入っている。インタビューのとき、二葉さんの温顔に直に触れ得た。これを役得といわずしてなんと言えばいいだろう。
わたしが最初に買ったレコードがオリビア・ニュートン・ジョンであることは先日この欄に書いたが、レコードは買わなかったけど、同時期にテープで聴いていたのが二葉百合子だった。「岸壁の母」のあの♪は〜は〜わ〜来まし〜た〜、の歌い出しを聴くだけで目頭が熱くなった。オリビア・ニュートン・ジョンと二葉百合子とどっちが好き? と訊かれると(だれも訊かない)困る。藤原紀香と吉岡美穂とどっちが好き? と訊かれる(これも、だれも訊かない)のと同じくらい困る。う〜ん、と一人で勝手に困っている。
それはともかく、インタビューのなかで二葉さんは、しごきにも似た厳しい父の教えにくじけず頑張った当時を思い出し、その後有名になって飛行機のファーストクラスにも乗ったけど、仕事がようやく認められ初めて二等列車に乗った時の喜びにまさる喜びはないと語った。その語り口調がまた淡々としていて、聞いているこっちもしみじみ。ますます二葉さんのファンになった。
知人の娘さんは小学三年生。持って帰った四字熟語の漢字テストの答案に「発じょう人物」と書かれてあった。ん? 発じょう人物。なんだ発じょう人物って。発情人物? 母はグッと笑いをこらえ、「これってもしかして問題は、とうじょうじんぶつ?」。娘、あっけらかんと「そう」。アハハハハ… 最高! 傑作! 君は天才! アハハハハ… 腹いてぇ。本人に問い質したところ、「登」の字の「豆」が難しいので「発」にしたとか。この自由なる発想。自由の気象。いいねぇ。担任の先生は×にしたらしいが、気転の素晴らしさは◎。元気がでるねぇ。
むかし国語のテストに「じょうじゅ」を漢字にする問題が出た。「じょう」が「成」であることは分かったが「じゅ」がどうしても思い出せない。たしか「犬」みたいな字が右か左にあったはずだが、「犬」じゃねんだよな。なんだったけかなぁ。「犬」をもっとこう古風に歪めたというか、古めかしい字、ああか、こうか、こうか、ああか、ちがうなぁ。う〜ん、あああああああぁ、分からん! あきらめた。「成」の字も捨て漢字一字で「鮫」と書いて出した。なぜ「鮫」か。「じょうじゅ」が訛って「じょーず」=ジョーズ、スピルバーグ監督のヒット作『ジョーズ』は人食い鮫の話。だから「鮫」。ダジャレかよ。でも、この苦しまぎれの解答に当時の国語の先生は○をくれた。いい先生だった。
引き続き写真集『北上川』の編集。収録する写真と順番がほぼ決まり、コピーを床いっぱいにずらり並べてみる。撮った橋本さんがそれをじっと見、感嘆の声を上げる。自分が撮ったはずのに、時間によって浄化された写真群が撮影者の意図を超えて独自の世界を垣間見せてくれているからだろう。一級の私小説を読んだときにも似て、濃密な生活と時間をくぐった後のさわやかな気分に浸れる。映画でいったら小津安二郎のもの、近いところではソクーロフの傑作ドキュメンタリー映画『マリヤ』を彷彿とさせる。
橋本さんにスポットを当てた90分のドキュメンタリー番組『北の大河〜もうひとつの北上川物語』が日本民間放送連盟主催の番組コンクール(東北・北海道ブロック全36局)で銅賞を受賞し、テレビ朝日系列24局で全国放送(30分枠)も決まったが、テレビと合わせて見ることで写真集の面白さがいっそう引き立つだろう。
大河の源泉からちょろちょろ流れ出す北上川をりかちゃんという名の女児がまたぐ写真がある。北上川をまたぐ? そう、またいだ。全長249キロの大河も始まりは堰にも及ばない。北上川の全貌が、風土と暮しを横軸に、時間を縦軸にして今はじめて明らかになる。
写真集『北上川』編集のため出社。半世紀撮り溜めてきた北上川の風土と暮しの写真を集大成する。昭和四十九年、写真集『瞽女(ごぜ)』で日本写真協会新人賞を受賞しプロとなった写真家橋本の撮影行脚はここから始まった。北上川の河口に開けた市・石巻に橋本は生まれた。
写真には高校生のとき買ってもらったリコー・フレックスを手に持つ喜びが満ち溢れている。やがて橋本は写真を生業とするようになり、出版社・雑誌社の仕事を多く手がけるようになるけれど、ことあるごとに故郷へ帰ってはリヤカーを引き北上川を撮りつづけた。子供の頃祖母の引くリヤカーの荷台に乗って見た風景と視点がその後の人生を決定づけたともいえる。今年、宮城のあるテレビ局が開局三十周年を記念し、ユニークな写真家橋本を取り上げドキュメンタリー番組をつくった。
半世紀、歓喜と共に無我夢中で橋本がフィルムに収めたものを思いつくまま列記すれば、うまそうにキセルで煙草を吸う祖父、難しい顔で新聞を読む祖母、酒好きの父、観音様のような破顔一笑の母、姉のように優しい叔母、結婚披露宴で怪しげな踊りを踊る隣りの床屋、橋を渡るさまざまな物売りたち、海苔(のり)を干す夏木マリそっくりの老婆、札束の勘定に余念がない伯楽(ばくろう)たちの欲望うずまく馬市、売られていくことを知っているかのように悲しい表情を浮かべるシャガールの馬、花火、由利徹、シジミ漁、イワシ漁、ときどき登場しては見るものをドキリとさせる子供たち(眼)、川を遡上する鮭、産卵を終えた母鮭がカラスやトンビに目玉を食われる。それもこれも、ちょろちょろと湧く源泉がやがて海へ注がれるように北上川へと収斂する。私的なことから始まった生活の一コマ一コマが今となっては深い圧倒的な民俗学の資料を提供している。
虚実ない交ぜの生活と幻想のすべてを橋本はギョロ目を開けて写し撮った。人間はどこから来てどこへ向かうのか。これは、いわば写真家橋本の人生探索の記録であり、「四次元銀河リヤカーの旅」なのだ。
そういう名前のスープカレーのお店。馬車道通り、海鮮やきそばが美味しい周さんの生香園から十メートルほど行った先。店内は薄暗くカウンター席のみ。二人の真面目そうなお兄さんが甲斐甲斐しく働いている。店の名前は「らっきょ」でも、メニューにらっきょはなく、つきだしで出てくるわけでもない。わたしはチキンカレー、辛さは7まであるうちの5、「大激辛」というランクだそうだ。知人はシーフードカレー、辛さは4の「激辛」。5の「大激辛」にしたことを程なく後悔。か、か、辛すぎ!! 店のお兄さんの意見を尊重すべきであった。が、後の祭。
スープカレーといったら何といってもキレのある、最後の一滴まで飲み尽くすほど病み付きになること必至(なんか特別のものでも入っているのか)のマジックスパイスのスープカレーにとどめをさすが、「らっきょ」のは、マジスパとはまた違った意味でイケる。スープカレーなのにコクがある、のキャッチフレーズどおりの味。鶏肉がスプーンでも簡単にほぐれ、スープの味が染みてて美味。大根とじゃこのサラダもうまかった。
生香園の近くでもあるし、散歩がてら昼休み何度か足を運びそうになりそうだ。
巨大なバッタが会社のベランダにいた。頭が痛い。じっとしていて最初は生きているのか死んでいるのか分からない。不二家のペコちゃん人形を横に倒したぐらいはあるそのバッタは、生きていることを証しするかのようにギザギザの前脚を動かした。こっちを見ているようでもあり見ていないようでもある。心理を読めない顔つきだ。でも圧倒的な存在感はウシガエルに劣らない。そのうちに社員が何、何、何、何、え、何、と言って次つぎベランダに出てきた。恐れおののきながら凝視しているわれわれをよそにバッタはヘリコプターのようなとんでもない音をさせ飛び立ち、道路を挟んで立つ職業訓練校の二階の窓に近づいて、あわやぶつかるかと思った瞬間、斜めに急転回、あの透き通った緑の羽をまがまがしく広げ伊勢山皇大神宮の森に吸い込まれていった。緑色のスカスカの羽を通して太陽の光が見えた気がして、連想がタタミイワシに飛んだのは気象のせいでもあるかと思われ、深呼吸し部屋に戻った。いつ戻ったのか、みんな前と同じ格好で仕事をしている。いつかどこかで見たことのあるシーン。頭が痛い。これからきっとだれか人がやってくる。「こんにちはー。○○○ですぅ」ほらね。緑と白の制服姿のおねえさんは肩にかけたバッグを床に下ろして膝を付き「今日はいかがですかぁ」と少し高音で言った。いつものように、社員が自分の好みのドリンクを買い、おねえさんは普通に腰を上げた。背中に羽が生えていないか探っていたらおねえさんと眼が合った。高音で「ありがとうございましたー」と言ってそそくさと帰っていった。飛ぶのか。見るのを我慢する。頭は割れ鐘を突いたように痛い。
