楽しい時は疾く過ぎ去る
田辺聖子さんの『道頓堀の雨に別れて以来なり 川柳作家・岸本水府とその時代』
がおもしろかったので、
田辺さんご本人に興味をもち、
『田辺聖子 十八歳の日の記録』を手に取りました。
時代的なこともありますし、
感じるところは多々ありましたけど、
子供の頃の写真、少女時代の写真が適度に添えられてあり、
全篇しみじみとしたものが伝わってきます。
下の文章は、
昭和二十年四月十一日の日記から。
夜。
ヘルマン・ヘッセの「青春は美《うるわ》し」を読む。
豊かで溢れる美しさにみちみちた青春である。
他国で学んだ青年が最後の夏休みに故郷へ帰ってくる。
なつかしい家、美しいふるさとの自然、やさしい父母、愛らしい弟妹と、美しい少女……
これらのかもし出す雰囲気の中には、
「美しいものは早くほろび、楽しい時は疾《と》く過ぎ去る」
という悲しい真理が底を貫ぬき流れ、
そこから発するみのりゆたかな青春時代へのあこがれの匂いがふくいくと香っている。
田園を故郷に持つ、幸福さがしみじみとわかる。
(田辺聖子[著]『田辺聖子 十八歳の日の記録』文藝春秋、2021年、p.26)
わたしが初めてヘルマン・ヘッセを読んだのも、十代でした。
『車輪の下』だったと思います。
主人公に感情移入し、
本のおもしろさを知って間もない頃でもありましたから、
よけいに忘れられない思い出です。
・「のである」の多きゲラ読む溽暑かな 野衾