お釈迦さまのこと 5

 

中村元さんの『ブッダ入門』がわかりやすくおもしろいので、
ついつい引用が多くなりました。
さいごに引用したいのは、
瀬戸内寂聴さんも生前、取り上げておられたようですが、
お釈迦様の発言として、
ちょっと意外な気もします。

 

雨季が過ぎると釈尊はいよいよヴェーサーリーを去って、また旅路を続けます。
出発のとき、ヴェーサーリーの郊外の高い峠から振り返ってみて、
そして感懐をもらした。
「アーナンダよ、ヴェーサーリーは楽しい。ウデーナ霊樹は楽しい。
ゴータマカ霊樹は楽しい。サッタンバカ霊樹は楽しい。
バフプッタ霊樹は楽しい。サーランダダ霊樹は楽しい。
チャーパーラ霊樹は楽しい」
こういう文句が繰り返されています。
これは、土饅頭のような塚があって、その上に木が繁っている。
霊樹におおわれている。
そこが楽しいと見たのでしょう。
さらにサンスクリットのテキストには釈尊の感懐として、
「ああ、この世界は美しいものだし、人間の命は甘美なものだ」
という言葉があります。
ここを漢訳では、
「この世界の土地は五色もて画いたようなもので、
人がこの世に生まれたならば、生きているのは楽しいことだ」
とあります。
(中村元[著]『ブッダ入門』春秋社、2011年新装版、pp.205-206)

 

意外な気もしますが、そうでない気もしてきます。
これにつづくところに中村さんは、
「釈尊はこのとき、もう自分の運命には気づいておられたと思います。
この世を去るにあたって、恩愛の情に打たれ、
人生というのは奥深い、味わいのある、
楽しいものだという感懐をもらされたのです。
ここには多分に釈尊の率直な感懐が出ていると思います。」
と記されています。
わたしの母は、この1月22日に他界しました。
つらい時間がつづきまして、
手にとったのが
『ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経』と『ブッダ入門』でした。
お釈迦さまが「どこまでも人間」であったとすれば、
ほかの人間のいのちにも当てはまるのではないか、
お釈迦さまのさいごの旅と言説を知ることで、
いまは亡き母を供養し、
わたし自身を落ち着かせたい気持ちからでありました。

 

・春光やハイジの丘の山羊の乳  野衾

 

お釈迦さまのこと 4

 

ブッダガヤを訪ねたのは、わたしが29歳のときでした。
38年もたってしまいました。
仏教、またお釈迦さまに興味、関心をいだいて、
ということでもなかったのですが、
それでも、お釈迦さまがここでさとりを開かれたのかと思うと、
なんとなく、しずかな気持ちになったのをおぼえています。
ブッダガヤには日本寺があります。

 

日本寺の中に、このお寺はこういうふうにして建てられましたという縁起が、
サンスクリット語で銅板に書かれています。
それに私の名前が出ているのです。
なかなか自信もないものですから、苦労して書きました。
ちょうどいいことに、
当時のインド大使館の参事官が
バラモンの出身でサンスクリット語がペラペラだったので、
どういう表現がいいか、こういえばいいだろうと、
いろいろ相談して書きました。
だから合作ですね。
その参事官の方は南インドのアンドラ州の出身ですが、
バラモンの作法を心得ていました。
バラモンどうしが出会ったときには、仁義をきるのですね。
それがちょうど日本の侠客の仁義にそっくりなのです。
自分の出生、姓、カースト、父の名、そういうことを全部いいます。
(中村元[著]『ブッダ入門』春秋社、2011年新装版、pp.129-130)

 

これも、へ~、ですね。知りませんでした。
すぐに、影響、を考えてしまいがちですが、「そっくり」とは書いてあっても、
こんなふうに影響されて、ということは本にありません。
影響があったのか、なかったのか。
いずれにしても、おもしろいなぁと思います。

 

・春光や化石の森へ自転車を  野衾

 

お釈迦さまのこと 3

 

仏教は仏教単独でできあがったものでなく、
それ以前のバラモン教からの影響もあるようです。
たとえば護摩を焚く儀式は、
ことに触れテレビでも目にしますが、
それがバラモン教からのものであることを知りませんでした。
さて、お釈迦さまは悪魔に誘惑されます。

 

そこへ悪魔、ナムチがいたわりの言葉を発しつつ、近づいてきた。
「あなたは瘦せていて、顔色も悪い。
あなたの死が近づいてきた。
あなたが生きながらえる見込みは、千に一つの割合だ。君よ、生きよ。
生きたほうがよい。
命があってこそ、諸々の善行をなすこともできるのだ」
命あってのものだね、
ということをいったのですね。
「あなたがヴェーダ学生としての清らかな行ないをなし、
神聖な火に供物を捧げてこそ、多くの功徳を積むことができる。
苦行につとめはげんだところで、
何になろう。
つとめはげむ道は、行き難く、行ない難く、達し難い」
バラモン教では火を焚いて、それに供物を捧げます。
火が供物を焼くわけです。
その火の煙が天の世界に供物を運んでいく。
それによって功徳を積むことができるといいます。
これはバラモン教のヴェーダ以来のしきたりです。
これがずっと後代の密教の時代に仏教に入って、
成田山とか真言宗の寺で見られる、護摩を焚くという儀式になります。
(中村元[著]『ブッダ入門』春秋社、2011年新装版、p.109)

 

そういうことだったんですね。知りませんでした。
たとえばこのことからも、
きびしく線引きをし、ジャンルをくっきりはっきりさせるのではなく、
グローバルな視点をもつことはとてもだいじなようです。

 

・電柱のチラシはためく春に入る  野衾

 

お釈迦さまのこと 2

 

中村元(なかむら はじめ)さんの『ブッダ入門』は、
講演がもとになっていますので、とても読みやすく、
ブッダさんの生涯はもとより、
ブッダさんが生きた時代とその周辺のことが見えてきてたのしい。

 

やはり世界史はグローバルに見る必要があるのではないでしょうか。
日本の学界は今でも日本史、東洋史、西洋史などと分けてやっていますが、
別々に見たら、暗記するのには便利かもしれませんが、
やはり人類の動きを知るには広く見ることが必要だと思います。
タコツボ型というのは困ったものです。
私が中学生の頃にも、
西洋史、東洋史、日本史と分かれていました。
ただ中学のときの先生が当時としては考え方の進んだ方で、
中世以後は世界史として教えていました。
それは見方を非常に広くしてくださったという点で感謝しています。
今でもだめなのが大学です。
さかいの堀を深く掘って、寄らば斬るぞという、
中世さながらです。
まず大学自体が学問的に改革されなければいけません。
すでにこんな古い時代に、
インドの象軍の存在がグローバルな波及効果をもっていたのです。
(中村元[著]『ブッダ入門』春秋社、2011年新装版、pp.101-102)

 

引用した箇所のまえに、アレキサンダーさんがでてきます。
インドの象軍に、
マケドニアの軍隊がすっかり面食らったことが書かれていて、
そのインパクトと象軍がやがて
ヨーロッパにまで及んでいくあたりの記述は、
中村元先生の面目躍如であると思います。

 

・見渡せばふるさとの山霞みをり  野衾

 

お釈迦さまのこと 1

 

インドをはじめて訪れたのは29歳のときでした。それからつごう5回訪れました。
いろいろな土地をめぐりましたが、
そのなかに、お釈迦さまゆかりの地も含まれていました。
ブッダガヤ、サールナート、サーンチーなど。
サールナートでは、
サリーをまとった女性が、うつむきかげんに静かに歩いていました。
忘れられません。
この地にお釈迦さまが来られ、この地を踏んだのか。
しぜんと、
そういう気持ちになったことをおぼえています。

 

なぜこういう字を使ったかという問題があります。
もうお亡くなりになりましたが、
諸橋轍次先生、『大漢和辞典』をお作りになった方ですが、
あの先生と対談したことがあります。
そのとき先生は、
あくまで自分の想像だがといって、こうおっしゃった。
「仏」は本来「佛」と書きますね。
それで、
「弗」という字には否定の意味がある。
漢文では「~にあらず」というとき、この字を使うでしょう。
具体的な例についていうと、
水をわかしてお湯にすると沸騰します。
この「沸」には否定の意味が含まれているというのです。
つまり、
水をわかして湯にすると湯気が出てきます。
水蒸気になる。
水蒸気というのは、もとは水だけれども、水にあらざるものです。
水でありながら、水にあらざるものになるのです。
仏ももとは人間なのです。
凡夫です。
しかし、修業の結果すぐれた特性がそこに具現されて、
人間でありながら人間ならざるものになった。
神さまではないのです。
どこまでも人間です。
しかも人間を超えたものである。だからこういう字を使ったのだろう。
諸橋先生はこうおっしゃいました。
それはありうることです。
なぜなら、「ブッド」という音を写す漢字はいくらでもあります。
その中で、
わざわざこの字を使ったのはなぜか。
サンスクリットを漢字に音写した場合には、
たんに音を写すだけではなくて、
いろいろな意味を考慮して写していることがあります。
諸橋先生はそういう可能性を指摘されたのです。
(中村元[著]『ブッダ入門』春秋社、2011年新装版、pp.7-8)

 

栗山英樹さんも愛読されている森信三さんのことばに、
「人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。
しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に。」
がありますが、
人だけでなく、本もそうかな、という気がします。
中村元さんがパーリ語から訳された『ブッダ最後の旅 大パリニッバーナ経』
とあわせ、この二冊を読む
いまがその時だったかと思います。

 

・月替り号令一下鳥帰る  野衾

 

しべぶとん

 

テレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』を、ちゃんと見たことはなかったのですが、
としを重ねるにつれ、
児童文学の古典とされているものを読みたくなることがあり、
そうだ、『ハイジ』をまだ読んでいなかった、
と気づき、
ヨハンナ・シュピーリさんの『ハイジ』を読みました。
福音館古典童話シリーズのなかの一冊で、
訳者は矢川澄子さん。
としをとり、涙腺が弱くなったせいか、500ページある本の中ほどから、
ちょくちょく目頭が熱くなり、
ときに嗚咽をもらしたりし、家人が外出していて、
よかった。
アニメと重なるところもありますが、
そうか、もともとはこんな話だったのかと思いました。
聖書とキリスト教が色濃くでている物語でした。
ところで、話のなかに「ほし草ベッド」がでてきます。
ハイジは、
いいにおいのする干し草ベッドが大好き。
わたしは、すぐに、
子供のころ、祖父母といっしょに寝ていた部屋を思い出しました。
干し草ベッドならぬしべぶとん。
藁のしべをおおきな袋に詰め込んであり、
からだを横たえるまえの真新しいしべぶとんは、
高さが40センチぐらいあったんじゃないでしょうか。
和式ベッド。
藁のいいにおいがして、
しべぶとんにダイブした覚えがあります。
わたしの右が祖父、左が祖母。
きらきら、ふわふわの思い出です。

 

・卒業や自転車廊下キリツ!レイ!  野衾

 

ひとつとして同じモノがない 2

 

ひとつとして同じモノがない
トヨタとともに生きる「単品モノ」町工場の民族誌

が中小企業研究奨励賞経営部門の本賞を受賞したことをきっかけに、
あらためて通読したわけですが、
いろいろ感じ考えさせられ、納得し、共感をもって読み終えました。
とりわけ「単品モノ」「数モノ」という比較は、
じぶんの仕事、まわりの仕事、いまの世の中を考えるうえでも、
とても参考になりました。

 

「単品モノ」は、
「トヨタ生産システム」のなかで設備を絶え間なく動かす必要があることから、
需要が生まれることからはじまる。
そしてそのつくる過程では、機械を使いこなすという点において、
身体技法や感覚を有すること、
また部品に応じてその都度工程を編成する必要があること、
さらには、
異なる技法をもつ町工場が連鎖することで、
ひとつの部品がつくられる。
そのような技術は、
機械や道具のようなハードの側面だけでは考えられず、
多くの人が関わり共有するモノづくりの世界観があるといえる。
とくに、
「単品モノ」の町工場の人びとは、
トヨタ系の工場と対比させて、「単品モノ」を語る傾向にある。
刈谷市の町工場をまわっている工具商は、
「単品モノ」と「数モノ」の町工場を比較し、
「数モノは今後だめだね」
と今後の展望を話し、
H氏の妻は、
トヨタ系の工場で働いていた経験を振り返り、
「量産工場とは違って、うちらには人間らしさがある」と話すなど、
常に「単品モノ」/「数モノ」
というかたちで対比的に捉えている。
(加藤英明[著]『ひとつとして同じモノがない
トヨタとともに生きる「単品モノ」町工場の民族誌』春風社、2024年、pp.244-245)

 

学術書の出版は、一般書にくらべ部数が少ないわけですが、
それでも数百部はつくります。
が、26年間で1100点をつくってきたその一点一点は、
いわば「単品モノ」でありまして、
「ひとつとして同じモノがない」。
一般書であっても、それは同様で、
なにも学術書にかぎったことではないけれど、
目から鱗が落ちる、とでも申しましょうか、
そうか、
わたしたちは、「単品もの」をつくっているのか、
そうかそうかの感をもった次第です。

 

・子らの顔顔ふるさとの春無限  野衾