春の色

 

土曜日から日曜日にかけ秋田に帰省しました。
さむさが苦手なわたしですが、二日間とも、さほど寒くなく、しのぎやすい
ふるさとへの旅になりました。
いつも新幹線を利用するのですが、
新幹線のたのしみのひとつに、
JR東日本発行の新幹線車内サービス誌『トランヴェール』があります。
座席シートの背中のポケットに入っています。
往きの土曜日は、
ちょうど三月一日でしたので、
三月号を初日に手にすることになり、よけい、旅ごころを誘われます。
巻頭のエッセイは柚月裕子さん。
タイトルは「春色いろいろ」。
知人と旅をした思い出がつづられていました。
桜のピンクだけでなく、
ひとによって、
ほかの色をイメージすることもある。
春色いろいろ。
あるかたが、じぶんにとって春の色といえば、
白と茶と青だと。
雪国育ちなので、残雪の白、雪が解けだし土が見えてくる、その茶色、
それと空の青。
ああ、わたしもおんなじ、と思いました。
さらにいえば、茶色の土は、
だんだん乾いて、白茶けた色に変っていき、
そうなると、
自転車を思い、キャッチボールを思い、化石と土器の森を思い、
なにして遊ぼうのこころがもたげてきて、
わくわくしてくるのです。
そういう春がまためぐってきます。

 

・春風や馬糞粉々宙に舞ふ  野衾

 

生きがいについて

 

日曜日の朝、テレビをつけたら、なつかしい秋田のことばが聴こえてきました。
「んだしな」「たべでみれ」…
ほんのちょっと聴くだけで、秋田が胸にひろがります。
高橋朝子さんという、笑顔がすてきな81歳のおばあちゃん。
大根を種から育てて収穫し、
家庭に伝わる味をたいせつにして漬け込むのだとか。
「おいしいから譲って欲しい」と言われたのがきっかけで、
60歳のころから販売を始めたそうです。
高橋さんのいぶりがっこづくりの作業には、
高所に上がって板上を歩きながらの大根をつるす仕事も欠かせません。
見ていて危ない感じもしました。
しかし、天候に左右されながらも、いろいろ工夫し、
満足のいくいぶりがっこができたときの高橋さんの満足そうな笑顔を見ると、
危険だから、たいへんだから、年齢からいっても、
そろそろやめた方がいいのでは、
(番組を見ていて、そういう印象をもった瞬間がありました)
の考えは不遜である気がしてきました。
番組をさいごまで見、
「生きがい」ということばが思いうかびました。
わかいときは、
たのしいことがいろいろあるけど、
年を取り、からだも頭脳も衰えてくると、たのしいことが減ってきます。
そのとき、生きがいとよべるものがあれば、
それが人を生かすのかな
とも思います。
一日でも長く生きていてほしいというのは、
身内の者の偽らざる気持ちだけれど、
生きがいを奪ってしまうようなことは、ゆめゆめつつしまなければなりません。
むしろ、サポートするのが孝行のような気がします。
高橋さんがつくったいぶりがっこを食べてみたくなりました。

 

・道端に馬糞転がる春隣  野衾

 

エリナー・ファージョンさん 3

 

伝記を読んでいてたのしいのは、
いままで結びつけて考えたことのなかった人が現れて、
伝記の主人公と、
深かったり、浅かったりの関係をもつことです。
その関係を知ることで、
すでに知っていると思っていた二人の作品や性格や人生が、
これまでとは、ちがって見えてくるようになります。

 

この年、嬉しかったのは、ロバート・フロストの訪問を受けたことで、
彼は英国に講演にきたのだった。
この二人の詩人は1914年以来の再会だった。
まだ無名の当時とくらべて、今では二人とも、文学界の名士になっていた。
フロストは、エリナーが、共通の友人として、
エドワード・トマスのことを一緒に語ることができ、
また、
彼の記憶が彼女自身の記憶と一致する、今では唯一の人になっていた。
ある夏の日の午後、
ふくよかな、こぼれるような笑みをたたえた顔で、
エリナーは、明るい陽光に分厚い眼鏡をきらきらさせながら、
このアメリカの詩人を玄関に出迎えた。
杖で体を支えつつ、
彼女はフロストに、自分の庭の、苺畑、薔薇、いちじくの木、を見せて回り、
最後に言葉を交わして以来の五十年という時間が、
まるで存在しなかったかのように、
二人は、昔のこと、今のことを語り合った。
「これはすごい!」と、彼女の書棚の80冊の作品を見ながら、
フロストが言った。
「随分たくさん書いたんだねえ!
僕が六十年間にどれだけ書いたか知ってるかい。600ページだよ」
「ええ、でもあなたのは、どれもみんな、生き残るでしょう。
私の作品の大半は、屑籠行きでしょうよ」
と、彼女は答えた。
フロストは帰りたくなかったが、車が待っていた。
そして、
いつも時間にきちょうめんなエリナーが、とうとう無理に彼を発たせて、
次の約束にほんの少し遅れるだけですんだ。
古くからの友人、ヘレン・トマスに伴われて、
エリナーはユニヴァーシティ・カレッジでの彼の講演に出席した。
(アナベル・ファージョン[著]吉田新一・阿部珠理[訳]
『エリナー・ファージョン伝 夜は明けそめた』筑摩書房、1996年、p.330)

 

すぐれた伝記を読むと、知っていたと思っていた人が、
まったく新しいひかりを放って立ち現れてくるような印象を持ちます。
またさらに、本を閉じた後で、
伝記のほんとうの主人公は、
本のなかで取りあげられたひとを通じての、時間、なのではないか、
と思えてきます。
それが、じぶんの生きている時間と交差し、
考えるヒントを与えてくれるようです。

 

・春泥を抜けて一心ペダル漕ぐ  野衾

 

エリナー・ファージョンさん 2

 

世にいわれる児童文学なるものを、わたしは子どものころは読まなくて、
はたちを過ぎてから読みはじめました。
さいしょはミヒャエル・エンデさんの『モモ』
ではなかったかと思います。
子どものときに読まなかったので、
比較することはかないませんけれど、
いわゆる児童文学というのは、児童文学かな?
「児童」文学というにはもったいない、もっとふかく、
ひろい伸びやかな世界をえがいていて、
おとなも(おとなこそ)読んでたのしい本ではないかと思います。

 

アメリカ・カトリック教会の児童文学賞であるリジャイナ賞を受賞したときの挨拶で、
エリナーは、
夜の帳が降りてクローケー場の芝生の上をさまよい歩いたときのことを、
こう描写している。

 

子供たちの笑ったり、甲高く叫んだり、からかったりする声が、
夕餉のわが家へと、だんだんちいさくなっていきました。
ハンモックにはだあれもいません――
まあ、たいへん、あの小さなおんなのこの人形がなかに転がっています。
誰かが思いだしてくれるまで忘れられて。
しかしそれは、
これまでもいつもそこに転がっていたし、
これからさきもいつまでもそうしているでしょう。
そして同じように
林檎の木の下にはおもちゃの斑の馬が、
いま夕餉の食卓にいる子供たちがその晩年になって、
椅子に座って夕日を浴びにそとへでてくるまで、
そこにいつまでも置かれているでしょう。
そのときわかったのは――いまでもそう思っていますが――
子供時代は永遠の状態のひとつであること、
そして『わたしたちはその始めの状態へ戻っていくのだ』
ということです。
(アナベル・ファージョン[著]吉田新一・阿部珠理[訳]
『エリナー・ファージョン伝 夜は明けそめた』筑摩書房、1996年、p.305)

 

すばらしい、すてきなあいさつだと思います。
やわらかくあたたかい、ファージョンさんの深いこころが伝わってきます。
野の花も、空も川も、山も、化石や石ころも、
小鳥たちの声も、
年を重ねるにつれ、ますます光をつよくしてくるようです。

 

・差し出して母の笑顔や猫柳  野衾

 

エリナー・ファージョンさん 1

 

はっきりとはおぼえていませんが、五十歳を過ぎたころ(すこし前だったか?)
から、
石井桃子さんが翻訳した児童文学に親しみ、
そのながれで、
尾崎真理子さんの『ひみつの王国 評伝 石井桃子』を読みました。
エリナー・ファージョンさんのことが視野に入ってきたのは、
尾崎さんの本を読んだことが、
きっかけだったと思います。
『ムギと王さま』『リンゴ畑のマーティン・ピピン』
をたのしく読みました。
となると、伝記好きのわたしとしては、
ファージョンさんの人となりをさらに知りたくなり、
姪っ子のアナベル・ファージョンさんが書いた
『エリナー・ファージョン伝 夜は明けそめた』を読んでみました。
本の帯の背に「天衣無縫の人生」
とあります。

 

すでに六十歳をこえてふとっていたけれども、
エリナーはあいかわらず世間一般のしきたりにはまったくしばられず
自由に振る舞っていた。
ある日、
窓拭き人がやってきて、はしごを使って家の表側の窓を拭きはじめた。
ところが、
じきに彼はいそいではしごを下りて、
お勝手にいるテレサ・ドッズのところへやってきて叫んだ。
「寝室の窓が拭けません。すっぱだかの女の人が中にいるんですよ」
「かまわないわよ。
ファージョンさんはいっこう気になさらないから」
とドッズ夫人は叫んだ。
「だけんど、あんな人がいて、どうやって部屋ん中に入って、
窓の内側を拭けるんですか? わたしゃできません」
窓拭きはきっぱり言った。
それで
テレサ・ドッズも、エリナーに部屋着を着るよう説得しなければならなかった。
そして、やっと若い窓拭きはふたたびはしごをのぼった。
(アナベル・ファージョン[著]吉田新一・阿部珠理[訳]
『エリナー・ファージョン伝 夜は明けそめた』筑摩書房、1996年、p.269)

 

まさに天衣無縫。六十をすぎて、すっぱだかのファージョンさん。
若い窓拭き職人さぞやおどろいたろうなぁ。
うらおもてがないというか、
なんというか、
ファージョンさんをますます好きになりました。

 

・春泥や待ちきれなくて自転車を  野衾

 

手と手

 

先週から今週にかけて三連休でしたが、
やすみまえにお願いしていた組版の仕事がちょうど上がってきましたので、
すこしずつこなしていこうのこころで、
三日間、
校正校閲の仕事にかかりました。
二日目の仕事がえり、
保土ヶ谷橋の交差点に向かう夕刻の歩道を歩いていたとき、
反対方向から若いカップルが近づいてきました。
だんだん声が大きくなります。
寄り添って歩くカップルの声の主は男性のほうでした。
電車が目の前を通りすぎるときのように、
ドップラー効果よろしく、男性の声がわたしの耳をかすめて通りすぎます。
ほんの一瞬のことでしたが、
すこし理屈めいたことを話しているようでした。
けして愉快な話ではなさそうです。
寄り添う女性は、
深読みかもしれませんが、ほんのちょっと悲しそうにも見えます。
歩を止め、ふり返りざま、しばしふたりを見送りました。
と、
ふたりは手をつないでいました。
ああいう口調の話をし、
耳元で話を聞き、
それでも手をつないで歩く。
つないだ手と手は離さない。ゆるぎない。
わたしはまた自分の歩く方向へゆっくり歩きだします。

 

・春風にささめき交はす野の花よ  野衾

 

忘れるために読む

 

じっさいのところは、読んで忘れた、だけなのですが、
あることから、ん!? 待てよ、
ひょっとしたら、もしかして、忘れるために本を読んでいるのかな、
と思いたくなりまして。
あることとは、4回連続の対談、というか聞き書き。
S先生からお声がけをいただき、S先生が聞き役になってくださり、
問われるままにわたしが語ります。
いずれなんらかのかたちにまとめたいと思います。
すでに2回おこないました。
ぜんたいのくくりは「本のある世界」(仮題)。
1回が2時間から、2時間超。
1時間半ぐらいをめどに、といって始めるのですが、
だんだんノッてきて、時計を見れば、だいぶ超過していることに気づきます。
前もっての台本らしきものはなく、
先生の質問に、
その場でなるべく正直に答えていくわけですが、
話していると、ひょいっ、ひょいっ、
っと、
これまでのさまざまな体験、
あるいは、
そのときどきに読んできた本のことが思い出されてきて、
体験も読んだ本も過去のことなのに、
結びつき方があたらしく感じられ、じぶんでも、
ちょっとおどろきます。
忘れてしまったことが、いわば種となってわたし自身に蒔かれ、
意識の下で根を伸ばし根茎を形成しているような。
それで、
ん!? 待てよ、ひょっとしたら、もしかして、
となりました。
こんしゅう3回目をおこないます。

 

・梅が香やまなこ閉づれば五百年  野衾