マーヴィン・ゲイ

 

なんでもそうだとおもうのですが、なにか一つのものが気に入ると、
そのつながりで次のものも、見たい、聴きたい、読みたい、
あるいは、嗅ぎたい、食べたい、となるようです。
本を読まなかったワラシ(=わたし)が、夏目漱石の『こゝろ』を読んで衝撃をおぼえ、
その後、漱石のものを文庫本でむさぼるように読みました。
飛び火して芥川龍之介に行ってみたり。
外国まで飛んでドストエフスキーに行ったり。
こころの旅のはじまり。
ところでマーヴィン・ゲイ。
もとをただせば、スティーヴィー・ワンダーなんですね。
それから、先へ行ったり、あと戻りしたり、
ゆっくりいろいろな方向に糸をたぐっているうちに、
行きあたった一つがマーヴィン・ゲイ。
いろいろあるなかで、
わたしのお気に入りは、I WANT YOU。
アルバムタイトルにもなっている、この曲のイントロを聴き、
ふるえました、ほんと。
かっこいいっ!!
おさえぎみのシャウトがまたかっこいい。
ようするに、ひと目ぼれ、ならぬ、ひと聴きぼれ。
そういうわけで、
これがまたわたしのお気に入り地図の一つの拠点になりました。

 

・奥入瀬のせせらぎの音秋日かな  野衾

 

二葉百合子

 

いま見なくなりましたが、わたしが中学・高校のころ、
自動車のなかで音楽を聴くのに、
割と大ぶりのカセットテープがあり、それをガシャッと機械にセットしたものでした。
家にラジカセもオーディオのセットもありませんでしたから、
じぶんの好きな音楽を聴くには、
父が運転する自動車のオーディオのみ。
オリビア・ニュートン=ジョンも、そういうかたちで聴きはじめたのですが、
同時に二葉百合子も。
「岸壁の母」は、菊池章子の歌唱が先ですが、
そのことを知ったのは、だいぶあとになってからで、
もっぱら聴いていたのは二葉百合子の「岸壁の母」でした。
そのころまさかじぶんが二葉さんご本人にお目にかかり、
インタビューすることになろうなどとは思いもしませんでした。
丹羽文生さんといっしょに、
いくつかのジャンルの人にインタビューし一冊にまとめたのですが、
二葉さんには、わたしがインタビューしました。
『情熱の素』(じょうねつのもと)という本になりました。
2005年8月の刊行ですから、
いまからちょうど20年前になります。
そのとき聞いた話で、印象にのこっているのは、
マネージャーをつとめている旦那さんが舞台のそでで聴いていると、
「岸壁の母」を年に何百回となく歌っても、
お、きょうは声が出ているな、いい感じだな、とおもえるのは、
二、三度くらいしかないのだとか。
旦那さんがそういうことを語っていたと
二葉さんからうかがいました。
なるほどなぁ、そういうものかもしれないなぁ、とおもいました。
二葉さんと同年齢の秋田の父も、
二葉さんの歌が大好きですとつたえると、
ニコッとされたのをなつかしく思いだします。

 

・新涼やふるさとさらに新しく  野衾

 

三波春夫

 

三波春夫の歌を聴き、いいなぁとおもうようになったのは、
五十歳をとっくに過ぎてからでした。
オーディオのプリアンプを買い替えるとき、
そのころよく聴いていたサム・クックのCDを秋葉原にあるオーディオ・ショップに
持参し、いくつか聴き比べをして購入したのですが、
決め手は、そのアンプに換えたとき、
サム・クックの声が、まるでシャワーのように感じられたことでした。
気持ちいいなぁ。
三波春夫の声も、それに近いところがあるとおもいます。
とくに「船方さんよ」。

 

♪おーい船方さん 船方さんよ

 

で始まりますが、
「おーい」の「お」が、出だしの音をちょっと食うように感じられます。
一番、二番、三番の歌の出だしはどれも
「おーい船方さん 船方さんよ」。
それがなんとも遠くからの呼び声であるとイメージされる。
明るく広く、元気で、のびやかな世界観。
それが三波春夫の声にあらわれている気がします。

 

・秋めくや湖畔艶やか乙女像  野衾

 

三橋美智也

 

わたしにとりまして、歌といえば、なんといっても三橋美智也。
三橋美智也のまえに歌は無し。
三橋美智也のあとに歌は在り、
なんて。
小学校に入るまえから、三橋さんの歌に親しんでいました。
父や叔父がよく歌っていましたから。
父も叔父も、のびのび歌い上げ、それなりに上手かったと思います。
村田英雄の声について、おとといここに書きましたが、
三橋美智也の声はというと、
なんともなめらかで、
ちからが抜けていて、聴いていて気持ちいいことこの上ない。
下の写真はCDですが、学生のころはレコードで聴いていました。
訪ねてきた友だちがそれを耳にすると、
例外なく、
こんなのを聴くの?と驚いたものでした。
母が生前、三橋美智也の歌を聴き、しみじみ、
「このひとのうだっコ聴げば、世話してもらえるような気がするな」
とつぶやいたのを忘れられません。
それぐらい三橋美智也の声は、こころの奥深くに沁みてくる、
ということだったのでしょう。
歌の上手い人はいっぱいいて、
もちろん三橋さんも人後に落ちず上手いわけですけど、
歌を支える声がなんとも言いようがなくすばらしいと思います、
谷に湧きでる真清水のごとく。
小椋佳さん、堀内孝雄さん、五木ひろしさん
をはじめ、
多くの人が三橋美智也をリスペクトするのも宜なるかな、
という気がします。

 

・日を迎へ日に向かひゆく秋茜  野衾

 

花に氷コ

 

秋田では、物の名にコをつけてよぶことが多いのはよく知られています。
お椀は椀コ、茶碗は茶碗コ、お茶はおぢゃっコ、牛はべごっコ等々。
なので、冷蔵庫でつくられるキューブの小さい氷は氷コ、
または氷っコ。
氷コ、氷っコは、秋田でも一般的ではないかもしれません。
が、ここ横浜で、キューブの氷をなんとなく氷コ、氷っコと呼びたい気がし、
そう呼んでいます。
郷愁のこころがそうさせるのかもしれません。
前置きはこれぐらいにして。
和室の東側のコーナーに低い棚をセットしてあり、
そこに、
ことし一月に他界した母の写真を小さな額に入れて置いています。
ときどきコンビニで切り花を買ってきては、
花瓶に挿して飾ります。
花瓶に水道水を適量入れて切り花を挿すだけですが、
八月の半ばぐらいでしたでしょうか、
しおれるのがちょっとはやいような気がし、
水道水を入れたあと、冷蔵庫の氷コを二、三個ためしに入れてみた。
すると、あきらかに持ちがよくなった。
なるほどねぇ。そうだよなぁ。
猛暑、酷暑、危険な暑さは、なにも人間だけにかぎらない。
切り花だって、
ぬるい水より冷たい水のほうが気持ちいいにちがいない。
ほんのちょっとしたことですが、
すこしだけ感動しました。

 

・待つこと久し風ややうやう秋を連れ  野衾

 

村田英雄

 

子どものころからよく耳にし目にしていた人の歌を、年をへたあと
あらためて聴いてみて、いいなぁ、しぶいなぁ、と聴きほれることがあります。
村田英雄さんはわたしにとりまして、そういう人の筆頭。
子どものころは、村田さんの歌の良さがよく分かりませんでした。
それならいまは分かるかといえば、
それはそれで心もとないわけではありますが。
声なんですね。聴いて、聴きほれるのは。
「無法松の一生」「人生劇場」「蟹工船」「王将」「皆の衆」などなど、
どうしてそういう声がだせるのか、
数年まえ写真家の橋本照嵩さんが拙宅を訪れたとき、
目の前の料理をつつく箸をしばし置き、
村田さんの声に、歌に、聴きほれたことがありました。
いい声なもんだなぁ。
どうしてこんな声がだせるんだろう。
ついつい、いっしょに口ずさんだりして。
♪小倉生まれで 玄海育ち

 

・しがみつく頑固至極の溽暑かな  野衾

 

スティーヴィー・ワンダー

 

若いころ、ぜんぶではなかったと思いますけど、
つぎつぎ発売されるスティーヴィー・ワンダーのレコードをかなりの数持っていた。
とくに『キー・オブ・ライフ』 (Songs in the Key of Life) は、
愛聴盤でした。
そのなかの「アナザー・スター」をはじめて聴いたとき、
歌詞の意味が分からないのに、からだがふるえた。そういうことってあるんですね。
ジャケットもカッコよかったし。
二枚のLPレコードに収まらず、おまけのちいさいレコードまで付いて。
あのころのスティーヴィーさん、
曲があふれるようにでてきたんでしょうね。
『キー・オブ・ライフ』をふくめその後、レコードはすべて処分し、
CDを買い、CDで聴くようになりましたが、
あとから考えれば、
LPレコードの『キー・オブ・ライフ』は、わたしにとりまして、
いわばモノとしての宝物であって、
コンパクトなCDとはちがった意味をもっていた気がします。
そういうのは、ノスタルジーといえばノスタルジー、
ではあるけれど、感動が深ければ深いほど、
容れ物をはじめ、その周辺のモノとか景色とか、
もろもろをふくめての感動であったのだなあ、とおもいます。
下の写真はCD。
たからもの感、ちがうなぁ!

 

・しがみつく頑固至極の溽暑かな  野衾