細野晴臣

 

くりかえし観た映画はけっこうありますが、圧倒的におおいのが、
アニメの『銀河鉄道の夜』。
いまDVDをもっているのですが、さいしょどこで観たのか、とんと忘れてしまいました。
ジョバンニがカンパネルラにむかって、
「どこまでもいっしょに行こうって言ったじゃないか」
だったかな、
そこんところ、なんど観ても目頭があつくなります。
猫たちの表情、せりふ、ストーリー、シーンごとの風景、それと音楽。
なんども観ているのに、また観たくなる。
『男はつらいよ』を観るような感じ。
ちょとちがうか。
アニメ『銀河鉄道の夜』の音楽担当は細野晴臣。
そうなの?! という印象。
さいしょからさいごまで、グッとこころにしみてきまして。
YMOのメンバーとしての細野さんは知っていた。
はっぴいえんどを意識して聴くようになったのはその後、
だったとおもいます。
とまれ、
あのアニメの音をつくったのが細野晴臣という人なんだ、
それがわたしにとっての細野晴臣で。
ということからその後、細野さんのCDや本を聴いたり、読んだりし、
現在にいたります。

 

・秋天や雲のパレード滑りゆく  野衾

 

グレン・グールド

 

名だたるモーツァルト弾きがリリー・クラウスだとしたら、
グレン・グールドは名だたるバッハ弾き。
専門的な知識はもち合わせませんが、
こういう天才の表現というのは、
どしろうとの者をもふかく感動させる質を有しているようです。
そして、リリー・クラウスならモーツァルトを、
グレン・グールドならバッハを弾くことを、
こころの底からたのしみまた喜びとしているのではないか、
そんなことまで想像したくなるような音。
とくにグレン・グールドが弾くピアノの音は、
一音一音がピ、ピ、と立ってくるようで印象にのこります。
学校でならったバッハを超えてバッハを好きになったのは、グレン・グールドのおかげ(かな?)。
CDであるていど聴いた後、どんな人か興味をもちました。
いまはDVDになっていますが、
わたしがもとめた『グレン・グールド 27歳の記憶』はVHSビデオテープ。
ピアノを弾いているときのたたずまい、
声をもらしながらの恍惚とした表情、
音楽ともども見惚れてしまいました。

 

・なんとなくドアを開ければ秋の声  野衾

 

リリー・クラウス

 

わたしもモーツァルトを聴いてみた。モーツァルトとなれば、
世にレコードもCDも多くあり、
なにからどう聴けばいいのか、おそれをなしているような時期がありました。
小林秀雄の『モオツァルト』をはじめとし本も多いし。
そういうたぐいの本を読むと、
それが聴き方のお手本みたいな気にもなり、
そんなふうには聴こえてこないなぁ、みたいな。
ということでまずはピアノ・ソナタから。
結局、ひらきなおるような気分のときに出合ったのがリリー・クラウスでした。
ライナーノーツだったか、
あるいは本のなかにたしか「若鮎のような」
という比喩が使われていたとおもうのですが、
それは、
わたしが感じたところと近い気もした。
『リリー・クラウスの芸術』として発売されているシリーズものを購入し、
気に入って、ずいぶん聴き込みました。
するとまた、どんな人生を送られた方なのかなと、
いつものクセがでて、
多胡吉郎さんの『リリー、モーツァルトを弾いて下さい』(河出書房新社)
を読みました。
読んでみて、書名の意味をふかく納得。

 

・秋色や模型飛行機峪を越ゆ  野衾

 

藤圭子

 

とりとめもなくこれまで聴いてきた歌とかその歌い手をとりあげていますが、
藤圭子も、テレビをとおしてリアルタイムで見たり、
聴いたりしていたときは、
好きも嫌いもなく、なんとなく暗い感じの人だなぁ
ぐらいにおもっていました。
それからぐるぐるぐるぐると、いろんな音楽を聴いてきて、
たまたま藤圭子の歌を聴いたとき、
いいなぁ、うまいなぁ、とおもったわけです。
すこしかすれ気味の声も魅力に感じて。
なににたいしてもですが、
知っていることと、
じぶんの体験としてスイッチが入ることとはまったく別物のようです。
そういうスイッチが入ったあとで藤圭子の歌を聴くと、
上手い下手を超えた、なにかチクチクした切なさだとか、だけど、
ほの見えるひかり、喜び、セリフのあとの余韻のようなものも同時に感じられ、
そうなると、
どういう人生を送ってこられたのかなぁと
あらためて興味をもち、
沢木耕太郎が藤圭子にインタビューした『流星ひとつ』を読み、
腑に落ちるところがありました。
藤圭子の歌の底流に、来歴からいっても、
浪曲があるのは納得します。
チクチクや、ほの見えるひかり、喜び、余韻は、
浪曲のそれだったのかなぁ。

 

・稲刈りやざくざくざくと見てる間に  野衾

 

マーヴィン・ゲイ

 

なんでもそうだとおもうのですが、なにか一つのものが気に入ると、
そのつながりで次のものも、見たい、聴きたい、読みたい、
あるいは、嗅ぎたい、食べたい、となるようです。
本を読まなかったワラシ(=わたし)が、夏目漱石の『こゝろ』を読んで衝撃をおぼえ、
その後、漱石のものを文庫本でむさぼるように読みました。
飛び火して芥川龍之介に行ってみたり。
外国まで飛んでドストエフスキーに行ったり。
こころの旅のはじまり。
ところでマーヴィン・ゲイ。
もとをただせば、スティーヴィー・ワンダーなんですね。
それから、先へ行ったり、あと戻りしたり、
ゆっくりいろいろな方向に糸をたぐっているうちに、
行きあたった一つがマーヴィン・ゲイ。
いろいろあるなかで、
わたしのお気に入りは、I WANT YOU。
アルバムタイトルにもなっている、この曲のイントロを聴き、
ふるえました、ほんと。
かっこいいっ!!
おさえぎみのシャウトがまたかっこいい。
ようするに、ひと目ぼれ、ならぬ、ひと聴きぼれ。
そういうわけで、
これがまたわたしのお気に入り地図の一つの拠点になりました。

 

・奥入瀬のせせらぎの音秋日かな  野衾

 

二葉百合子

 

いま見なくなりましたが、わたしが中学・高校のころ、
自動車のなかで音楽を聴くのに、
割と大ぶりのカセットテープがあり、それをガシャッと機械にセットしたものでした。
家にラジカセもオーディオのセットもありませんでしたから、
じぶんの好きな音楽を聴くには、
父が運転する自動車のオーディオのみ。
オリビア・ニュートン=ジョンも、そういうかたちで聴きはじめたのですが、
同時に二葉百合子も。
「岸壁の母」は、菊池章子の歌唱が先ですが、
そのことを知ったのは、だいぶあとになってからで、
もっぱら聴いていたのは二葉百合子の「岸壁の母」でした。
そのころまさかじぶんが二葉さんご本人にお目にかかり、
インタビューすることになろうなどとは思いもしませんでした。
丹羽文生さんといっしょに、
いくつかのジャンルの人にインタビューし一冊にまとめたのですが、
二葉さんには、わたしがインタビューしました。
『情熱の素』(じょうねつのもと)という本になりました。
2005年8月の刊行ですから、
いまからちょうど20年前になります。
そのとき聞いた話で、印象にのこっているのは、
マネージャーをつとめている旦那さんが舞台のそでで聴いていると、
「岸壁の母」を年に何百回となく歌っても、
お、きょうは声が出ているな、いい感じだな、とおもえるのは、
二、三度くらいしかないのだとか。
旦那さんがそういうことを語っていたと
二葉さんからうかがいました。
なるほどなぁ、そういうものかもしれないなぁ、とおもいました。
二葉さんと同年齢の秋田の父も、
二葉さんの歌が大好きですとつたえると、
ニコッとされたのをなつかしく思いだします。

 

・新涼やふるさとさらに新しく  野衾

 

三波春夫

 

三波春夫の歌を聴き、いいなぁとおもうようになったのは、
五十歳をとっくに過ぎてからでした。
オーディオのプリアンプを買い替えるとき、
そのころよく聴いていたサム・クックのCDを秋葉原にあるオーディオ・ショップに
持参し、いくつか聴き比べをして購入したのですが、
決め手は、そのアンプに換えたとき、
サム・クックの声が、まるでシャワーのように感じられたことでした。
気持ちいいなぁ。
三波春夫の声も、それに近いところがあるとおもいます。
とくに「船方さんよ」。

 

♪おーい船方さん 船方さんよ

 

で始まりますが、
「おーい」の「お」が、出だしの音をちょっと食うように感じられます。
一番、二番、三番の歌の出だしはどれも
「おーい船方さん 船方さんよ」。
それがなんとも遠くからの呼び声であるとイメージされる。
明るく広く、元気で、のびやかな世界観。
それが三波春夫の声にあらわれている気がします。

 

・秋めくや湖畔艶やか乙女像  野衾