社員旅行

 

昨秋、義母の案内で訪れた伊良湖崎と
宿泊したホテルからの景観があまりにすばらしく、
これはじぶんだけのものにしておくにはもったいないと思い、
きょうと明日、
社員で訪ねることにしました。
古代から景勝の地として名高く、
万葉集にもその名をとどめていますが、
じっさいに訪ねてみると、
そのすばらしさは時を超えていると実感します。
まさにパワースポット。
世話になっている鍼灸の朝岡先生は、
三年つづけて足を運んだとのことでした。
夜は句会の予定。
それでは行ってまいります。
ということで、
本日は臨時休業といたします。

 

・さびしさも底にとどかず虫のこゑ  野衾

 

隠されている宝

 

人は過ぎ去った美しいものを、一つのとげのようにではなく、
高価な贈りもののように自分の内にたずさえてゆくものだ。
いろいろな思い出を掘り返したり、それに自らを引き渡したりしないように
用心しなければならない。
ちょうど、高価な贈りものはしょっちゅう眺めたりしないで、
特別な時にだけ見るように、
〔思い出も〕それ以外の時は、
それがあることは分かっているが隠されている宝のように所有するのがいい。
そうすれば、
持続的な喜びと力がその過ぎ去ったものから出てくる。

 

ヒトラー暗殺計画に加担し、逮捕され、絞首刑にされたドイツの牧師
ディートリヒ・ボンヘッファー。
上の文は、
1943年12月25日のクリスマスの日に、
親友の牧師であるエバハルト・ベートゲと
彼の妻でボンヘッファーの姪レナーテにあてて
テーゲル軍刑務所において書いた手紙の一部。
E・ベートゲ編・村上伸訳『ボンヘッファー獄中書簡集』(新教出版社、1988年)
に収録されている。
親、兄妹、友にあてた手紙、もらった手紙の文面から、
それぞれに対する、
またボンヘッファーに対するそれぞれの情愛の深さが
しみじみ伝わってくる。
上の手紙を書いてから約一年三か月後、
ドイツが降伏する直前の1945年4月9日、
ボンヘッファーは、
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)により、
フロッセンビュルク強制収容所で刑死した。享年39。

 

・新涼や朝の光のやはらかき  野衾

 

まさに米寿

 

いきなりですが、
米の等級には1等から3等までありまして、
米粒がいきいききれいにそろっているか、
米粒に含まれる水分量がどれくらいか、
被害に遭った米粒や充分に育っていない米粒がどの程度混入しているか
などによって計られます。
きびしい検査基準をクリアしたものが1等米とみなされ、
ハンコを捺される。
秋田の父の電話の声がめっぽう明るく、
きけば、
JAに持って行ったところ、
な、なんと、
すべて1等米となった
とのこと。
昨年は胃がんの手術をしたこともあり、
米づくりはもはや無理では
と危ぶまれましたが、
ちかくに住む叔父が田仕事の力作業をすべて引き受けてくれたことにより、
機械好きの父は
もっぱら機械による作業に徹することができた。
おかげで、
ことしもありがたく
米農家の宝、米を収穫することができました。
八月で齢八十八をかぞえた父ですが、
1.4ヘクタールの米づくり、
収穫量からいっても
等級からいっても
ことしは過去最高の年であり、
まさに米寿、
米を寿ぐ年になりました。

 

・稲刈るや十俵多しこゑ高し  野衾

 

山本夏彦

 

あらゆる言論はすべて読まれることを欲する。むろん私も欲する。
してみれば私もまず読者の気に入ることを言わなければならない。即ち迎合である。
迎合するとみせかけて、自分の言いぶんを通そうとする
のが私にとっての言論だとすれば、
レトリックの秘術をつくさなければならない。
読者ははじめそれにだまされるが、
次第に顔色をかえる。
飴をしゃぶらせて熊の胆(い)をのませようとするのだなと感づくのである。

 

山本夏彦著『私の岩波物語』にあることば。
ずっと岩波書店のことかなと思いきや、
そうではなくて、
講談社、中央公論、電通、博報堂などのことがでてきて、
おもに昭和の出版事情についておもしろおかしく書いている。
どくとくの語り口調で、
その特徴は引用した箇所にもあらわれているようです。

 

・會釋して秋の好き日を終ひけり  野衾

 

とがの先生

 

空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、
倉に取りいれることもしない。
それだのに、
あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。
あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。
あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、
自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。
野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。
働きもせず、紡ぎもしない。しかし、
あなたがたに言うが、
栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

 

わたしが横須賀の高校に勤めていたとき、
先輩の教師にとがの先生という方がおられました。
たしか栂野、
と書いたと思います。
キリスト教主義の学校でしたから、
聖書をひらく機会が多く、
たとえば教師が順番で担当する朝の放送礼拝では、
それぞれ気に入った聖書の箇所を読み上げるのがならいでした。
とがの先生はよく上の文章を読み上げられた。
「マタイによる福音書」第六章26-29節。
わたしも好きな聖句ですが、
とがの先生には及ばなかった。
読み上げる頻度がちがっていました。
というか、
先生がほかの聖句を読み上げたことを思い出せません。
いくらなんでも、
そこだけということはなかった
と思いますが、
とつとつと語る先生のことばは質量を伴いひとつひとつ刻まれるようなもので、
その声といっしょに鮮やかによみがえります。
なぜそれをいま思い出したのか。
季節が巡り、
空をたのしむ時を迎えたからかもしれません。

 

・新涼や朝の光のやわらかき  野衾

 

リニューアルオープン

 

定期的にかよっている病院が改装され、
ピッカピカでひろびろとした気持ちのよい空間に変りました。
きのうは二度目。
機械に診察券を入れ、
その日の診察番号を書いた用紙をもらいます。
これでよしと。
132番。
ひろい総合待合場の椅子に腰かけ、
バッグから読みかけの文庫本を取り出します。
ひょいと見上げると、
電光掲示板に診察科とその下に番号が表示されています。
なるほどなるほど。
132番はどこにもなし。
さてと。
予約の時間までにはしばらくあるから、
ということで、
時間つぶしに本を読むことに。
五ページ、七ページ、十ページ、そろそろか。
さてと掲示板。
132番。
ん、まだか。
本に目を落としさらに一ページ。
掲示板。
132番。
まだ。
いちれんのこの行動の繰り返し。
すでに予約の時間はとっくに過ぎている。
と、
「132番の三浦さーん、132番の三浦さーん」
「はい。はいはい」さっと手を挙げる。
きけば、
機械でその日の番号をもらうだけではだめで、
さらに、にんげんのいる受付で受付をしなければいけないのだった。
そうだったのかー!!
そういえば、
初めてのとき、
右往左往しながらひとに聞いて済ませたけれど、
冷静に振り返ってみれば、
そんなようなことだったかもしれないとようやく気付いた。
まだ学習が足りないようです。
とりあえず無事診察終了。
ふ~。

 

・曉烏いまぞ静けし秋の海  野衾

 

稲刈り

 

父に電話できいたところ、
例年に比べ二、三日稲刈りが早まったらしく、
なおかつ
一反歩あたりの収穫量が例年より多いということで、
仕事疲れもふっとぶ勢い。
今夏気温がことのほか高かったのが
稲の実りにはプラスに作用したようです。
八月に米寿をむかえた父ですが、
歳をとっているとはいえ、
この時期の声がいちばんつよく張りがある。
「きょうはオロナミンCを三本飲んだ」と笑っていました。
疲れるとあちこち痙攣を起こすらしいのですが、
そうなったとき
オロナミンCを飲むと治ると信じ、
じっさい治るそうですから不思議といえば不思議。

 

・かなかなや社境内白装束  野衾