アゲハチョウの死

 

ここ横浜でも連日、猛暑日がつづいている。
きのうのこと、午前中のルーティンワークと読書を終え、12時30分に家を出た。
保土ヶ谷駅発12時50分JR横須賀線千葉行。
家から駅まで、二十分はかからないのだが、このごろは意識してゆっくり歩くので、
少し早めに出るようにしている。
玄関先のドアが少し重く感じられる。体を寄せ、体重をかけてドアを押す。
バタンとならぬよう、用心して外へ出る。
風が強いようだ。
エントランスに蟬の死骸は転がっていない。
ムッとする風が来る。エントランスの階段を下りる。
日差しが強い。頭がぼおっとする。
収集日ではないから、
ゴミネットは閉じられたままだ。
西の方は雲がかかり、富士山は見えない。
角を右に曲がり、歩くこと一分、少し下ってこんどは大きく左に折れる。
右下方、
先だっての火事の現場はきれいに片付けられ、
いつのまにか更地になっている。
道はゆっくり左へカーブし、
崖下の帯状の陰をつたって急階段へと差しかかる。
どこかで洗濯機の音がする。
階段を下り、左へ曲がって傾斜の緩やかな道を歩けば、
また階段。
花好きのおばさんの姿は見えず。
遠くで烏の声。気のせいか、
日差しはさらに増してくるようなのだ。
水を飲まなければ。
ゴミ集積所を左に見、角を曲がればやがて見慣れた公園。
刺すような日のなかを、
公園のほうから、
風に煽られるようにアゲハチョウが飛んでくる。
水を飲まなければ。
惹きつけられるごとくしばらく見ていた。
と、
後ろから自動車の音。
あわてて道の右端に身を避けたとき、
アゲハチョウが光を反射しひらひらと自動車のほうへ引き寄せられていく。
あ。
転瞬、ワゴン車が走り去る。
一瞬の出来事。
地面の上のアゲハチョウを見た気がした。

 

・向日葵やきのふはきのふけふの空  野衾

 

ヘブライズムとヘレニズム 2

 

きのうにひきつづき、渡辺善太さんの著作から引用します。
このブログを読んでくださる方に向けてというより、
わたし自身が、
このことをいつも意識していたいがための引用である気もしますが、
とてもだいじなことが書かれてあると思います。

 

旧約聖書の創世記をみますと、そこには人間の堕落の根源が、
「神のようになろう」(3・5)としたことであるとしるされております。
すなわち人間が宇宙の主たる神に対して「自我を立て」、
宇宙の主たらんとする気持ちが、
この堕落の根源であったとするのであります。
近代の神学はこれを人間の「自己神化」と呼んでおります。
つまり
人間がこの堕落した存在としての「自我」を肯定し、拡充するということは、
それがつきつめられれば、
神に対立して宇宙の主たらんとする「自己神化」となることをいうのであります。
もちろんギリシア哲学の黄金時代における哲学者が、
この「自己神化」を自覚的に哲学したというのではありませんし、
またそれ以後数千年にわたる間に続出した哲人らがかくしたという意味でもありません。
それはこれらの人々の謙虚なる哲学的思索の基底に、
この気持ちが潜在していたというのであり、
そしていかなる哲人であろうとも、
彼が堕落せるアダムのすえであるかぎり、
彼の存在の基底にこの気持ちが横たわっているというのであります。
原子爆弾と水素爆弾とが発明せられたその瞬間に、
すでにこの宇宙破壊の危機がはらまれていたというのであり、
否、
その発明の根源にこの危機がはらまれていたというのであります。
ここに用いられている、「ギリシア人」とは、
一言で言えば、
この人間性とその到達せんとする目標とが象徴せられている呼称であります。
ゆえにこの「時の到来」とは、
この人間の「自己神化」または「自己肯定」の精神が、
それ自身不十分性を自己暴露して、
「イエスにお目にかかりたいのですが」と申しいでた「時」をさしたものであります。
ですからこれに対してイエスは
「人の子が栄光を受ける時がきた。
よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、
それはただ一粒のままである。
しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。
自分の命を愛する者はそれを失い、
この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう」
(ヨハネによる福音書 12・23~25)
という、
全的な「自己犠牲」の福音の原理を語りたもうたのであります。
すなわち
「ギリシア人」が「イエスにお目にかかりたいのですが」
と申しだすまでは、
この自己犠牲の福音的原理は語られてもむだであり、
それこそ実に豚に真珠であった
のであります。
しかしいまやこの「申しいで」がせられた時こそ、
この原理が解明せられる時となったというので、これが、
「時至れり」であったのであります。
(渡辺善太[著]『渡辺善太著作選 1 偽善者を出す処 偽善者は教会の必然的現象』
ヨベル新書、2012年、pp.183-184)

 

引用した文章を読んだとき、すぐに、中井久夫さんのことを思いました。
中井さんは、
著名な医学者・精神科医で2022年にお亡くなりになった方ですが、
弊社のPR誌『春風倶楽部』にかつてエッセイをお書きくださってもいます。
中井さんは晩年、カトリックに入信されましたが、
なぜ洗礼を受けるのかと問われときに、
「驕りがあるから」と答えたということを
最相葉月さんの『中井久夫 人と仕事』(みすず書房、2023年)
で知っていたからです。
謙虚であることの難しさを改めて思い知らされます。

 

・時々刻々夏の雲に吸はれゆく  野衾

 

ヘブライズムとヘレニズム 1

 

哲学者の小野寺功先生の話に「ヘブライズムとヘレニズム」のことが、よくでてきます。
梅原猛さんについて話されているときに、
梅原さんにとっても、だいじなテーマであったろうと。
ヘブライズム、ヘレニズム、
学校でも習ったような。
ヘブライズムは、ユダヤ教・キリスト教の文化、
ヘレニズムは、ギリシアの思想・文化。
ヨベルという出版社から出ている『渡辺善太著作選』をこのごろ読んでいたのですが、
「ヘブライズムとヘレニズム」について書かれているところがあり、
『聖書』のなかに
すでにそれを指し示すエピソードが記されている、
との記述があり、
目をみはりました。

 

ヨハネによる福音書でこの「時」ということがきわめて重要であるということは、
この語が数回重要な場面に当たってくり返されていることによってわかります。
第七章には
「イエスの時がまだ来ていなかった」
と言われ(30節)、
ことに第一二章には「人の子が栄光を受ける時がきた」
および
「わたしはなんと言おうか。父よ、この時からわたしをお救い下さい。
しかし、わたしはこのために、この時に至ったのです」
と言われております(23、27節)。
すなわちカナの婚礼においてまだ来ていないと言われた時が、
いまや到来したのでありました(参考8・20、13・1、17・1など)。
しからばこの到来した時とは、
いかなる時であったでありましょうか。
この「時」が到来した時こそ、
ヨハネによる福音書における最も重要な点であり、
そこに描かれているイエスの生涯における最も重要な危機であります。
すなわちそれは
「祭で礼拝するために上ってきた人々のうちに、数人のギリシア人がいた。
彼らはガリラヤのベツサイダ出であるピリポのところにきて
『君よ、イエスにお目にかかりたいのですが』」
と申しいでた時でありました(12・20~21)。
ここでこの「時の到来」を真に理解するためには、
この「ギリシア人」という呼称が手がかりとなります。
この呼称は
自然的、理性的立場における人間が、
そのいっさいの機能を用いて到達し得た最高の文化のにない手なる「ギリシア人」
の意義において用いられております。
したがってそれは人間の自然的自我の拡充と、
その自然的憧憬の満足とに対する象徴的呼称であります。
近代に至って
「ヘブライズムとヘレニズム」という対偶たいぐうによって
「自己否定と自己肯定」とが対照せられましたが、
ここにはこのヘレニズムの権化ごんげとして、
この呼称が用いられているのであります。
(渡辺善太[著]『渡辺善太著作選 1 偽善者を出す処 偽善者は教会の必然的現象』
ヨベル新書、2012年、pp.182-183)

 

引用文中に「自己否定と自己肯定」ということばがでてきますが、
我が事としても、
正直にいえば、
まず我が事として、
ずっと考えてきたし、いまも考えていることであります。
またさらに「ヘブライズムとヘレニズム」の問題は、『聖書』をどう読むか
にも密接にかかわっていると思われます。

 

・虫歯無しされど歯の浮く溽暑かな  野衾

 

あつめること

 

世の中に、いろんな種類のものをあつめるのを趣味にしている人がいます。
いっぱいいます。
なんにもあつめたことがない、という人はいないのかも。
ともかく。
マニアックになにかあつめた人のコレクションを紹介するテレビ番組がいくつかあって、
リモコンをカチカチやり、
やってると、つい見てしまいますね。
なんでそんなものをあつめるの? と、いっしゅん思うものの、
待てよ、
ほかの人のことをとやかく言えない、言えない、
すぐにわが身をふり返ることになる。
社会人になって、ネクタイをするようになったら、
お! これカッコいい、ん! これシブい、へ~、このガラ、へ~、
とか…
ふと、こんなに買ってどうするの?
と思うけど、
ああいう気分て、
知らず知らず、だんだん高まるものなんですね。
レコードやCDもけっこうあつめた。
つらつら考えてみると、
さいしょは切手だったのかな。
ともだちがあつめてるのを見て真似したくなったような。
たしか小学生のころ。
それ用の切手帳まで買ったっけ。
あつめているうちにちょっとずつ知識がふえ、「見返り美人」がどうだとか、
文通週間の「東海道五十三次・蒲原」がほしいだとか、
とかとか、いっぱしに。
なつかしい。
なにかを見て好きになり、ほしいと思う気持ちの、
いちばん核のところというのは、
なんなんですかね。
好きになる人のこともおなじかな。
言うに言いがたく、
理屈ではないような。

 

「こない蒐あつめて何を入れはりますねん」と人にきかれるが、
私にとって箱は入れるためにあるのではない、
開け閉めするためにあるのである。
(田辺聖子[著]『上機嫌な言葉 366日』海竜社、2009年、p.118)
p.287)

 

ふり返れば、祖母もよく箱をあつめていました。
箱にかぎらず、きれいな包装紙だとか。ものをたいせつにするこころだったのでしょう、
生家が貧しかったそうですから。
でも、
訊いたことなかったけど、
田辺さんのような気持ちが、ちょっとはあったのかな?

 

・前持ちのリュック少年の頬は汗  野衾

 

文は人

 

文学史が割と好きなジャンルで、これまでその手のものをいくつか読んできましたが、
ただいま、津田左右吉さんのものを読んでいます。
小西甚一さんやドナルド・キーンさんのものもおもしろかったけど、
津田さんのは、また一味も二味もちがって、
おもしろい。
わたしはこう思う、こう考える、ということがくっきり書かれ
(小西さん、キーンさんのがくっきり書かれていない、という意味ではありませんが)
てあり、
人がらが文章に滲みでていると感じます。
小西さん、キーンさんよりも前の時代の人ですが、
おじいちゃんから傍で話を聞くごとく、
読んでいるうちに、だんだん親しみがわいてきます。

 

世事を謝して山林に隠れても、隠れるものが生きてゐる我である以上、
隠れたところにもやはり世界があり、人生がある。
背を向けた世をさへも、
心の上に絶つことが出来ないのは勿論である。
それを絶たうとするには、何よりも先づ我みづからを我が上に超脱させねばならぬ。
けれどもさうなれば、故らに山林に入るを要せずして、
煩はしと見た世事そのものが却つて面しろく眺められはしまいか。
世を煩はしと見るのは、
世に拘泥するからで、世に拘泥するほどならば、山林にも拘泥する。
支那趣味にも拘泥する。詩にも歌にも拘泥する。
自然の水の流れに枕流洞と名をつけ、岩の姿を群書巌(惺窩歌集)に至つては、
拘泥の最も甚だしきものである。
其の拘泥を脱離し一切の繫縛を放下し去つて、
自由な目で世を見れば、世は却つて笑つて彼を迎へる。
のみならず、
山林に生を営むことの出来るものは、
世に於いて生を営む必要の無いものである。
隠逸の民は畢竟徒手して遊食することの出来るものであり、
世を避けるのは固より一種の贅沢に過ぎぬ。
そんな贅沢のできないものは、
世の中の務を務としながら、其の世の中を心安く見る工夫をしなければならぬ。
其の工夫が出来れば故らに世を避ける必要は無い。
(津田左右吉[著]『文学に現はれたる我が国民思想の研究(四)』岩波文庫、1977年、
p.287)

 

武士の世の文学を鏡にして、津田さんの人生観が披瀝されていると思います。
この場合の「世」「世の中」は世間、ということでしょう。
わたしも、津田さんにならい、津田さんのように、世の中を見、
世の中の務めを務めとしながら、暮らしたいと思います。

 

・冬瓜煮箸でさくりと二つかな  野衾

 

予定があること

 

自宅でも会社でも、身の周りにいくつかカレンダーがあります。
二十四節気や七十二候ではきょうがなんの日かを説明してくれているものもあり、
日々の暮らしに彩りが添えられるようです。
秋田の実家のトイレには、
ながく付き合いのある店から毎年いただく大きなカレンダーがあり、
月ごとに金言のような訓えが記されていて、
「一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)」ということばは、
そのカレンダーで知りました。
卓上カレンダーは、
会社と自宅に同じものがあり、
会社のには仕事上の予定を、自宅のにはプライベートの予定を書き込むようにしています
が、
いまは、
すこしの予定があることがありがたい。
多すぎるのは困る。
なんにもない(ことは今のところないけど)
のも困る。
来月九十三になる父の口ぐせの一つ、
「なんにもやるごどがないようでも、なにがかしかがあるものだ」。

 

時によって、人生では、約束ごとは、
香辛料の役目を果すこともある。
(田辺聖子[著]『上機嫌な言葉 366日』海竜社、2009年、p.12)

 

・雀三羽夏をつんざく石つぶて  野衾

 

夏休みのこと

 

子どもたちは、そろそろ夏休み、かな。
夏休みといえば、忘れられない思い出があります。
冬休みの前もそうだったと思いますが、
休み前になると、
授業の時間に休み中の計画表なるものを各自書いた。
担任の先生から書くように指導されたのでした。
書いた後どうしたかといえば、
おそらく、
先生に見せたあとで、それぞれ家に持って帰ったんじゃなかったですかね。
そこのところは記憶があいまいですけど、
仮に提出しちゃうのだったとすると、
どういう計画を立てたのか分からないことになってしまうし、
コピーするとか、
そういう厳密なものではなかった気がします。
計画を立てて暮らすこと、ムダに時間を過ごさないようにしましょう、
ということだったようです。
ともかく。
その計画表を書いていたときのこと、
前の席にいたTくんの計画表の一日の終りのところに「とうみん」とあった。
「Tくん、とうみんじゃなくて、すいみんだよ」
と、わたし。
「そうか。まちがえた」
Tくん、消しゴムでガシガシやり、
「とうみん」を「すいみん」に直した。
以上。
たったそれだけのことですが、
忘れられない。
夏休み前というのは、実際の夏休みの日々とくらべ、
なおいっそうのワクワク感があった気がします。
子どものときに感じた、あの感じ、
ことばにしようとすると、なかなか思うようにいきません。
ムリっ! と、諦めてしまいそうになります。
そのときは、
ただ、たのしいだけだったのに、
時間がたてば、たつほどに、
たとえばあのときのTくんの受けこたえ、声、
あわてぶり、表情、消しゴムが紙をこする音までが聴こえ、
ひとつひとつがありありと目に浮かび、
かたまりとなって、光を放ちつづけています。

 

七月二十一日 夏やすみ

夏休みのはじまりは、いつもうれしかった。
時間がたっぷりあって、こわいぐらいで。
ほんとうの夏がはじまったようで、うれしかった。
そうして、七月はゆっくり時間が過ぎるのに、八月はあっという間。
あれは、どうしてだったんだろう。
夏休みのはじまりの日――。学校は、もうとっくに卒業してしまったけれど、
夏の時間がたっぷりあることを思い出させてくれるから、
今でもこの日は、わたしにとって特別な日。
(おーなり由子[絵と文]『ひらがな暦 三六六日の絵ことば歳時記』
新潮社、2006年、p.235)

 

・梅雨湿りこころ干したる灸かな  野衾