好きなテレビCM

 

吉岡里帆がきつね役で登場する「日清のどん兵衛」は、
きつねが可愛くて好きなCMですが、
いちばんは何といってもイエローハット
ですかねぇ。
鼓動にも似た音を発するエンジン室のシーンから始まりますが、
これが流れるたび、
いつも食い入るように見ています。
さいしょ、なんて言ってるのかなぁと思いましたが、
「めちゃめちゃたくさんめちゃたくさん」
と言っているようで。
はぁ。
タイヤがいっぱいあるよ、
ってことか。
なるほど。
音楽も好きだし、女の子の踊りも。

 

・司馬遷のまなうらや光瀾の春  野衾

 

エスプレッソマシンが来た!

 

会社の三時に当番制でコーヒー、紅茶を入れていましたが、
それぞれが仕事を持ち、集中しているときに、
貴重な時間が割かれることを回避するため、
レンタルのコーヒーマシンを設置。
水曜日に試飲を行い微調整をし、
きのうから、
いつでもだれでも自由にコーヒーが飲めるようになりました。
ボタンを押すと、
一杯ごとに豆を挽くので、
挽きたてのコーヒーの香りがただよい、
なおいっそうコーヒーの味を引き立ててくれます。
味もすばらしい!
仕事の場がさらに集中します。

 

・春の風八郎潟を帆舟かな  野衾

 

文は自画像

 

必要があってこのブログを読み返していたところ、
割と最近、
ここ十年間に書いたものであっても、
どうしてこんなにはしゃいだ文章を書いているんだろう、
と思うことがたびたびありまして。
こんなにはしゃいでいては、
読んでくださる方が白けるのでは、
と感じることも。
書いてしまったものは仕方ありませんが、
その日その日、
時間的にはその日の朝の気分を色濃く反映しているのでしょう。
わたしは絵が苦手で、
じぶんの貌を描いたことはありませんけれど、
文がそのときどきの貌に見えてきます。
文質彬彬という言葉に準えていえば、
文と質のバランスが年齢によって変るようです。

 

・ウェルテルの頁めくるや春の風  野衾

 

小さい事

 

Suicaが使える場面では、Suicaを使います。
2万円までチャージできるので、
けっこうながく使えて便利。
Suicaのコマーシャルみたいですが、
そうでなく。
きのうの帰宅時、保土ヶ谷駅でのこと。
自動改札機にSuicaをタッチすると、残額が表示されました。
15151。
お。
ただ、たったそれだけのことですが、
ほんのちょっぴり嬉しくなった。
15151。
いい子憩い。
うしろから読んでもいい子憩い。
たったそれだけの事ですが。

 

・幾度目の春を数えて春新た  野衾

 

薄い学術書

 

大学一年生、いや、
日本経済史のゼミを選択した三年生になってからでしょうか、
岩波文庫の、
山田盛太郎著『日本資本主義分析』
という本を手に取りました。
そんなに厚い本ではなかった。
文庫だし。
軽い気持ちで。
マルクスの『資本論』を相当読み込んだつもり
がおそらくあって、
鼻息荒く手に取ったのではなかったか
と思います。
ところが、
なんというか、
ことばがぶつぶつ切れて、
やたらに記号が多く、
なんだこれは? が初見の印象。
しかし、
しぶとくしがみつき、読み返しているうちに、
なんとなく著者の言いたいことが理解できるようになった、
気がしました。
今にして思えば、
それは理解したのではなく「気がした」だけで、
ほんとうに分かる、腑に落ちる、
こととはちがっていた気がします。
これまた「気がし」たではありますが。
それはともかく。
薄い学術書、短い記述のコンパクトな学術書、注の少ない学術書は、
けして分かりやすくはない。
さらにいえば、おもしろくない。
わたしの実感です。
『日本資本主義分析』はむかしの話ではあるけれど、
いまも同じ問題が続いているのではないか。
さらに深刻化しているかもしれない。
ほんとうに学ぼうとする者が、新しい世界に触れ、理解し、
ストンと腑に落ちることを体感、体験するには時間がかかるし、
だから、
注はぜひとも充実していてほしい。
注を省くなどもってのほか。
注に頼るような本は嫌いだといった著名な学者がいましたが、
その人が翻訳した学術書の注は少なくなかったし、
行き届いてもいました。
注にこそ、学術書の本領が発揮され、
学び手を導いてくれるものと信じたい。

 

・さかしらをどつどどどどう春疾風  野衾

 

眠れぬ夜は

 

からだが、頭が疲れていると、たまになかなか寝付けないことがあります。
すると、
どうでもいいようなことが次々脳裏をかけめぐる
ことになり、
考えないようにしよう考えないようにしよう
と思うと、
そのことに一所懸命で、
よけい頭が冴えてくることに。
これ悪循環。
そういうとき、
わたしは、
じぶんの高校時代を想像し、
たとえば、
クラス別の球技大会の野球にピッチャーとして出場
(実際はキャッチャーをやりましたが)し、
球速180キロメートルの剛速球を投げる。
みんな唖然とする。
打者はバットに当てることすらできない。
それもそのはず。
球速180キロメートルは、
人類史上、だれも達成したひとはいないのですから。
はたまた逆に、
超スローボールで、
さらに、
ケサランパサランのようなふわふわした球種で、
打者がバットを振ると、
バットが起こす風でボールがあらぬ方向へそれてしまい、
空振りになるので、
だれもヒットが打てない。
みたいなことを考えているうちに、
寝付けることもあり、
そうでないときもあります。
(注)球速180キロメートルの剛速球の想像は楽しいのですが、
問題は、それだと、キャッチャーになるひとがだれもいないということ。

 

・馬の糞乾き天まで春疾風  野衾

 

レジリエンス

 

もともとは、弾力性、復元力、回復力、などを表す用語で、
心理学で多く使われるようですが、
いまは広く、
社会、経済、経営などの分野においても。
さもありなん。
あまりそういう方面の本を読まぬわたしの目にも
たびたび触れるようになりまして。
先日、
自宅のトイレに用足しに行ってしゃがんでいるとき、
不意にこの言葉を思い出した。
レジリエンス。
弾力性、復元力、回復力か。
皮膚をふくめ、
にんげんのあらゆる部位の皮。
頭皮。耳の裏。口の周り。内臓。肛門とか。
連想は際限なく。
歳をとることはしょっぱくなること、
という、
しりあがりさんの名言がありますが、
歳をとることはまた、
レジリエンスの低下を招くようでもあり。
切れるとなかなか回復しない。

 

・自転車や抜きつ抜かれつ春疾風  野衾