文学を知る

 

『中国文学雑談 吉川幸次郎対談集』(朝日新聞社、1977)のなかで、
作家の井上靖を相手に吉川はつぎのような言葉を発しています。

 

徂徠の根本は、人間はまず文学を知らなければ、
すべてがわからないというんです。
文学を知らなければ道徳もわからない、政治もわからない。
だから人間は文学をやらなければならない。(p.19)

 

文学とは、学問であり、
また学芸、詩文にかんする学術全般を指す言葉ですが、
いまは
それを学ぼうとする者、研究する者にとって
けしていい時代とはいえません。
が、
こういう時代が
そうながくつづくとも思えません。
まず文学を知らなければならないという吉川の言葉を肝に銘じ、
おおくのひとの知恵を拝借しつつ、
わたくしどもも知恵をだし、
協力し合いながら、
つぎの時代につなぐ本をつくりつづけたいと思います。

 

・新緑の風の来(きた)りて頬を撫づ  野衾

 

夢のはなし

 

しごとの打ち合わせというのでもなく
五木さんの自宅を訪問。
くつろいだ雰囲気のなかでわたしは、
若いときから五木さんのファンであることを本人に告げています。
五木さんが
「何が好きですか」とききますから、
正直に、
「はい。『戒厳令の夜』が好きです。『風の王国』も」
五木さんの表情がほんの少し
けわしくなったように見えます。
「にんげんにとって自由が
たとえば酸素のようなものであることを教えられた気がします。
『戒厳令の夜』の始まりのシーンは忘れられません…」
「ほかには」と五木さん。
わたしは思いつくままに好きな作品名を
つぎつぎに挙げていきます。
さらにくつろいだ雰囲気になり、
五木さんの奥さん、近所のご夫婦まで加わり、
ゆかいな晩餐会になりました。
近所のだんなさん、つと立ち上がり、
歌を歌いはじめます。
その声が灰田勝彦に似ているので
そのことを五木さんに告げると、
「そうかなあ」
と、いぶかしげな五木さん。
気持ちよさそうに歌っているひとの声はますます灰田勝彦に似ていきます。
五木さんもなっとくの様子。
と、
やおら五木さん立ち上がり、
歌に合わせて踊り始めました。
ゆるゆるくねくねデタラメなように見えながら
リズムただしい阿波踊り風。
なんとも楽しそう。
わたしもつられて踊り出しそう。
いや、
酒も入っていないのにいいのかな、
なんて。
夜はいっそう更けていきます。

以上、夢に五木さんが出てきたはなしでした。

 

・たらの芽の勿体なさよ美味しさよ  野衾

 

シャーロック・ホームズ

 

いなかで生まれて育ったわたしは、
子どものころ、
外で遊ぶばっかりで
本というものをまったく読まずに過ごしました。
このごろになって
あのころ本を読んでいたら
どんなふうだったかなぁと想像し、
おとなも子どもも楽しめるとされる本を
少しずつ読んでいます。
そのひとつが
アーサー・コナン・ドイル。
コナンといえば、
近所のりなちゃんと毎年新作のコナン映画を観に行くことになっていて、
ことしも楽しい時間を過ごしましたが、
名探偵江戸川コナンの名前の由来となった
本家本元。
りなちゃんはもちろん読んでいるし、
りなちゃんのお姉さんは高校時代、
じぶんが通う学校の図書館にたのんで、
シャーロック・ホームズ全集をいれてもらったぐらい、
姉妹そろって大のホームズファン。
そんな情報も刷り込まれており
まず手に取ったのが『シャーロック・ホームズの冒険』
創元推理文庫で訳者は深町眞理子さん。
一話がみじかく、
なぞを解くホームズの手腕にワクワクしているうちに終ります。
そして、次。
こんな感じで読み進んじゃうわけかな。
ものがたりの進行はもちろん、
ホームズとワトスンの個性が魅力的で
ふたりがひとつの部屋にいるだけで楽しくなります。
さて。
小学生のじぶんがこれを読んだとして、
どんな感想をもっただろうか。
ひとつのものがたりに浸りながら、
ふたりのじぶんが対話するのも楽しい時間です。

 

・家出して行くあてのない五月かな  野衾

 

方言の味

 

子どものころ食べた郷土料理がなつかしく
わすれられない味であるのと同様に、
子どものころ耳にしたことばは
わすれられない。
先日このブログに薬草センブリ(千振)について記し、
「センブリのことをわが田舎ではセンフリ」
と書きましたが、
その後、秋田在住の弟から、
センフリでなくヒンフリといっていたのではないかと連絡がありました。
まいにち読んでくれているのがありがたく。
こころを静かにし、
ゆっくり思い出してみると、
祖父も祖母もたしかにセンフリとは発音していなかった。
弟はヒンフリと記憶しているようですが、
わたしは「ヒ」よりも「ヘ」に近く
ヘンフリだったような気もします。
「ヒ」と「ヘ」のあわいにまた
いうにいわれぬ味があり。
せっかくなので調べてみたら、
やはり秋田ではヒンフリ、ヘンフリ
という地域があり、
かと思えば、
センフリというところもあることが分かりました。
しかし、
わたしのいなか
秋田県井川村(いまは町)仲台地区では
センフリとはいっていなかった。
弟のいうところが正確です。
わたしの記憶は、
その後いろいろのことが刷り込まれ、
いつの間にか改変されてしまったのかもしれません。
きょうもこれを
にがいヒンフリを飲みながら書いています。

 

・田の水の清々しきや夏来(きた)る  野衾

 

小苗打ち

 

秋田ではコニャウヂといいました。
いいました、というのは、
いまは、
田の隅のごく一部を除き
すべて機械で行いますから、
事実がなくなるのと同じくして
そのことを表すことばも聞かれなくなったからです。
辞書によれば、
小苗打ちとは、
田植えの際に早乙女のまえに苗の束を放り投げ配ること。
わたしも子供のころやりました。
手伝いの仕事ながら、
だれかが必ずやらなければならない仕事ですから、
おとなたちに混じって
重要な任務をまかされた気がしてわくわくしたものです。
投げる方向をまちがえると、
放り投げられた苗を拾うために
早乙女たちが無駄な動きをすることになりますから、
微妙なコントロールが必要でした。

 

・雉啼くや田に張る水の清々し  野衾

 

センブリ

 

よわい還暦を過ぎ、
なにごとにつけ父に似、母に似ていることを思い知らされている
きょうこの頃ですが、
胃腸の弱さはどうやら母似でありまして。
大型連休期間秋田に帰った折、
ふと思い出したことがあり
「じいさん、毎朝、センフリ飲んでながったが?」
と父に訊いたところ、
「んだんだ。毎朝飲んであったな」
との答え。
センブリのことをわが田舎ではセンフリ。
祖父は九十八まで生きましたが、
口には出さずともそれなり健康に気を付けていたのかもしれません。
というわけで、
さっそくネットで探したところ、
ありました。
その中から加工していないものをえらび注文。
届いてすぐに煮だして飲んだら、
うっ、
に、にっがあああ!!
これぞセンブリ。
センブリは漢字で書くと千振、
千度振り出してもなお苦いの意から
といいますから、
まさに名のとおり。
祖父トモじいの顔がありありと目に浮かびました。

 

・田植ゑまへ巾着のごと父の口  野衾

 

もうせん

 

少しずつ読み進めているドリトル先生シリーズ、
六巻目の『ドリトル先生のキャラバン』に入りました。
原著者ヒュー・ロフティングの挿絵もたのしく、
ゆっくり読んでいます。
わたしが持っているのは、
井伏鱒二訳のもので初版が昭和三十七年。
漢字には、
ほどよくふりがなが付されており、
当時から子どもたちにも読まれたのでしょう。
読んでいて、おや?と思うのは、
「もうせん」
ということば。
「もうせん」は「もう先」で、
いまとなってはもう前のこと、
の意味ですが、
このごろはほとんど使わないのではないでしょうか。
こんなところにも
ゆっくりたっぷりした時間が感じられ、
あらためて、
本っていいなぁと思います。

 

・夏の吾(あ)の重さ失くして居たりけり  野衾