いろ

 このページの下に、挿絵的に写真を入れるようになって数ヶ月たった。社員がメールで送ってくれたものを使わせてもらうこともある。
 今は便利になって、ケータイ電話で写真も撮れるから、いいなぁと思えば、すぐにパチッ。
 何気なく撮ったものをその都度のせているだけなのだが、数が多くなってくると、やはり傾向は出るようだ。
 ある方から、写真の色が緑と青が多いと指摘された。言われてページをクリックすると、たしかに多い。緑は草の色であり、青は空と海の色か。海は、社員が送ってくれた写真にある。
 文章だって色があるかもしれない。赤やだいだい色、ライトグレー、薄いピンク、茶色、緑、青。今は、緑や青に惹かれて書いているのかな。

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山の気

 先日、吉野の金峯山寺(きんぷせんじ)1300年間の歴史の中で二人目という千日回峰行を満行された塩沼亮潤さんに会ってきた。
 千日回峰行は、1400メートルほどの高低差のある吉野の山、往復48キロを1日16時間かけて歩く(というか、走る)というもの。比叡山延暦寺でも行われるが、金峯山寺のものは、さらに厳しい。
 夜中の11時半に起き、まず滝に打たれ、それから歩き出す。目的の山の頂上に着くのが朝の8時半。折り返して山を下り、寺にもどってくるのが3時半。
 千日と言っても、霜が降りはじめる秋口から雪のある季節は山に入れなくなる。1年に4か月しかできない。9年間で満行。
 塩沼さんに尋ねたところ、行を始めてしばらくすると、最初は恐ろしい幻が現れ、次に観音様のような美しい幻が現れた。最後の二年ほどは一切の幻が現れなくなった…。塩沼さん曰く、「一度も行きたくないと思ったことはありません」「今ふりかえって、あの時もう少しこうしていれば良かったという思いはありません」。台風がくる時には、その一週間ほど前から山の匂いが変わるらしい。「今、その感覚は眠っているけれど、山に入ればもどってきます」
 満行の後、金峯山寺のご住職に言われた言葉は、「行のことは捨てなさい」だった。
 今、塩沼さんは仙台秋保(あきゅう)にある慈眼寺の住職をしておられる。仙台駅からバスで秋保までは約1時間半。学生の頃、陸上部に所属していたわたしは、その道を走ったことがある。
 秋保の山々の気、塩沼さんの溢れんばかりの、いい気をいただいて帰ってきた。継続の力をまざまざと思い知らされた。

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真面目

 このごろ外を歩いていると、若い女性のファッションが目を楽しませてくれる。とくに、横浜駅西口ビブレの辺りを闊歩する彼女たちのは凄い。顔を見なければ、タレントが身につけているものとほとんど変わりない。顔だって、テレビに出ている娘たちに負けないだろうと思われるひとがあっちにも、こっちにも。境界がなくなってきたのかな。
 先日、ひょんなことから、仙台在住だという80代の男性と知り合いになった。彼の話では、わたしの母校でも、このごろは女子学生のファッションには目を見張るものがあるという。彼は、街行く派手な服装の女性たちを指差し、こんなのもいるし、あんなのもいる、もっと派手なのもいる、と、まるで動物園の珍しい動物を見るように言った。にわかには信じがたい話だった。むかしはトンペイと呼ばれ(今もかもしれないが)、ファッションセンスがないことで有名だった。トンペイの学生は、とにかく地味で真面目だった。
 彼の話を聞き、この目で後輩たちのファッションを確かめたいと思った。地味で真面目なトンペイの学生が、時代の流行に乗り遅れまいと、今度は真面目にファッションセンスを磨いているのだろうか。

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間違い電話

 午後5時頃だったか、ケータイが鳴った。パソコンに向かいパンフレットを作っている時だった。メールなら分かるが、電話は珍しい。
「はい」
「もしもし。あれ!? あのー、どちらさまですか」
「このやろう。電話してきて、どちらさまはねーだろ。みうらだよ」
「あ。せんせー?」
「ん? だれ?」
「Kです。ごめんなさい。まちがえちゃった。友達にかけようとして…。ごめんなさい。仕事中でしょ」
「いいよ。だいじょうぶ。久しぶりだね…。**には行っているの? 改装工事をするらしいよ」
 すぐに電話を切るのは、なんとなくためらわれた。
「最近、行ってない。いつも見てるよ」
 見てる、というのは、この日記のことか。
「元気そうだね」
「元気になったんだ」
「よかったね。**のママが最近来ないの、って言ってた。今度、一緒に食事でも、ね」
「そうだね…。ところで、下の名前、なんだっけ?」
「え。わたしの? 忘れたの? やだなー、もう。○に美しいで○美よ」
「○? 絹とか麻とかの○か? そうか。そうだったな。じゃあ、今度食事でも」
「忘れないでね」
 名前のことか。食事の約束のことか。
 Kさんは、わたしが陸上部の顧問をしていた頃のマネージャー。その後、行き付けのスナックで偶然出会い、意気投合。あれから3年。Kさんは歌がめっぽう上手い。

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名古屋駅松坂屋前

 先生との待ち合わせの時刻まで少し間があったので、わたしは、デパート入口の公衆電話の前に置かれた椅子に座っていた。夫婦と思しき男女がやってきて、椅子に座りたそうにしているので、わたしは一つずれて、椅子2脚を空けた。男が着ていた割りと派手な模様のTシャツと女が口にしていたマスクが目立つほかは、とりたてて特徴のない初老の夫婦と見えた。
「ありがとう」
と男が言い、2人は椅子に腰掛け、薄いビニールの袋から大判焼きを取りだして食べ始めた。女は、マスクを外さないで、ずらして食べた。
「5時47分だでぇ、5時35分に行けばいいが。まぁ、それまで、すわっとりんしゃい」
 男の発した言葉にちょっと引っ掛かったが、目の前で若い母親に戯れる男児に気を取られ、すぐに忘れてしまった。母に甘えながら、ちらちらとわたしのほうを見る男児としばらく目だけで遊んだ。母の脚を柱にして隠れ、わたしがそっぽを向いたかなと思われる頃合を見計らい、ペロッと柱の横から顔を出した。母親は「すみません」とわたしに言い、わが子を促してデパートの中へ入っていった。
「そろそろ行ったほうがえぇ。あなたは歩くのが遅いでなぁ」と男が言った。
 女は、ゆっくり腰を上げ、男に何やら挨拶をすると立ち去った。その場に、わたしと男しかいなくなった。夫婦と見えたのは間違いのようだった。
「あのひとは85。歩くのが遅いで。わたしは83」と、男は言った。男は立ち上がり、椅子の横のゴミ箱にゴミを捨て、大股で歩き出し、デパートの重いガラスのドアを押し、右へ歩いていった。

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からだは天才

 竹内敏晴さんの新刊『生きることのレッスン 内発するからだ、目覚めるいのち』(トランスビュー)を読んだ。自身の聴覚障害の体験を踏まえ、独自のレッスンをかさねてきた竹内さんの今の到達点なのだろう。「いまは発見されるものであって、語れるものではない」と竹内さんは言う。語れるものならば、レッスンをする意味はないということか。
 客体としての身体でなく、主体としてのからだをレッスンを通して生きてきた竹内さんは、意味(さらに精神)をもとめてレッスンを続けてきたのだと思い知らされた。
 以前、竹内さんが小社を訪ねてこられた時、県立図書館のある丘の上に立ち、ほんの少しの時間そこでたたずみ、あたりの景色を見まわしていた(手をかざしなどしたかもしれない)ことがあった。遠い記憶を探っている(迷子になった子供)ようにも見えた。竹内さんにそのことを確認しなかったし、本当のところは分からない。今回、『生きることのレッスン』を読み、なぜか、あの時の竹内さんの姿が浮かんだ。(風景と時間を生きる意味に照準を合わせていたのかな)
 からだから精神にいたるドキュメンタリー、驚きの道程がこの本には記述されている。世間的な常識を超えるからだの精密さ、地平に驚かされる。不思議!! 語り得ないいまっていうのが、なんだか、気持ちいい。分けへだてなく、だれにとってもの宝(光り輝くとはかぎらない)みたいで。そして、それは語れないんだ。

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だって、足があるじゃないの

 知り合いに齢八十を越す女性(仮にAさんとしましょう)がいて、昨日から、わたしが通っている気功教室に通い始めた。四十の手習いということがあるけれど、Aさんの場合、その倍。
 帰りがけ、すこし時間があったので、お茶を飲みながら、お話をうかがった。にこにこにこにこ、おだやかな笑いの気につつまれる。
 Aさんは二つの句会に所属し俳句を物し、また絵を描き、エッセイもつづる。なんでも一昨日はレオナルド・ダ・ヴィンチ展を観に上野へ、昨日はスケッチブック片手に湘南まで出かけたとか。Aさん、何が嫌いといって、井戸端会議ほど嫌いなものはないらしい。時間がもったいない、と。Aさんの娘さん(彼女も昨日から同じ気功教室に参加)が、「なんで1人でそんな遠くまで行くの?」と訊くと、「だって、足があるじゃないの」。Aさんの娘さん曰く、「おかあさんの1日は48時間だね」
 気功教室は1日だけいつでも無料で体験できる。Aさんは昨日から正式に通うことになったが、実は先週、1日無料体験コースに参加した。あいにくの雨で、夜7時から始まった教室は、レッスンの間中カミナリが鳴りつづいた。ビルの15階。光の枝が闇をつんざく。そのことを思い出したのはAさんの話がきっかけだった。Aさん曰く、「今日はブラインドが下りていたけど、あの日はブラインドが上がっていて、だから夜空に光るカミナリがよく見えた。あの光景をなんとか句にしたいと思ってね…」。そう言われてハッとした。ブラインドのことまで気が付かなかった。今日は下りていたのに、先週は上がっていた…。ブラインドが上がっていたから、カミナリがあんなによく見えたのだった。

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