編集者の窪木くんがいる。週代わりの小社トップページに名前が出るようになった。「今週はクボキがお送りいたします」。本人は控え目に、漢字でなく片仮名で「クボキ」と表記している。わたしはちゃんと窪木くんと呼んでいるが、いつの頃からか、だれ言うともなくクボッキーと愛称で呼ばれるようになった。
さて、そのクボッキーこと窪木くんだが、夏らしくバッサリ髪の毛を切ったようで、今週、涼しげな表情で出社した。頭頂部はポヤポヤッと髪が残っているが、周囲はことごとく刈り上げている。みごとだ。聞けば、バリカンでやってもらったそうだ。そうだろうと思った。
しばらくつくづく見ていた。ふむ。似ている。似ている。なんだ。ふむ。うん。アレだアレ。ホヤだ。好きな大辞林によれば、海鞘(ほや)綱の原索動物の総称。……単体で食用とするマボヤ、群体をなすイタボヤなど多くの種類がある、とある。
そう思って見ると、窪木くんの顔というか頭全体がますますホヤに見えてきた。もう取り返しがつかない。これから少しずつ髪の毛が伸びホヤらしくなくなっても、あの独特の味と共に刷り込まれた形状の魅惑を消し去ることは無理。ホヤッキー! 美味そうだ。
ベランダに鉢植えの蜜柑の木がある。自宅で会社を始めた年に買ったものだから、7年ほど経過したことになる。堆肥もやらず土も変えず水遣りするだけだから、栄養不足なのだろう、実を結ぶことはなくなった。それでも若葉の季節ともなれば、蜜柑の香りのする黄緑の葉をつけ目と鼻を楽しませてくれる。そうすると、どこからやってくるのか、決まってアゲハ蝶の幼虫が何匹も付いていて、一心不乱に若葉をむしって食べている。最初は、「なんてことするんだコノヤロウ!」と一匹ずつ取っては緑の藪の中に放っていたのだが、実をならせることが目的ではなし、十分若葉を楽しんでいるわけだから、あとはアゲハの幼虫の餌にしてあげてもいいかという気になってきた。今ではお礼参りのつもりなのか、蝶になったアゲハがベランダの付近をひらひらと飛んでいるのを目にすることがある。だから、これでいいのだ。さて、今日も暑うなるぞ。
『イーリアス日記』の著者・森山康介さん来社。『新井奥邃著作集』完結を祝ってくださり、専務イシバシ、武家屋敷、わたしの三人、すっかりご馳走になった。場所は清泉。藤原紀香が二度訪れたという伝説の(?)あの清泉だ。鰻料理中心のお店で、昼飯時に野毛坂を下り鰻を食べに来ることはあるが二階に通されたのは初めて。森山さんが予約を入れてくれていた。
創業六十年を超す老舗の部屋はしっとりと落ち着いていて、話がはずみ、箸もすすむ。森山さん、今年はオデュッセイアを読んでいるとか。会社勤めを果たしながらのことで、恐れ入る。なんたってイーリアスにオデュッセイアだもの。それも原典で。世界は広い。森山さんが初めて会社を訪ねてこられたときのことが今も忘れられない。『ダンテ神曲原典読解語源辞典』を部屋の真ん中の木のテーブルに広げページを繰っていた。版元として、大学の研究者でなければまず読みこなせないだろうと思っていたが、そうでないことをまざまざと見せつけられた。……
いつのまにか楽しい時が過ぎ、帰る時刻となって立ち上がった瞬間、ほんの少しだが甘い香りが鼻先をくすぐった気がした。階段を下りて靴を履き、女将さんに「藤原紀香さんもあの部屋で食事をされたのですか」と訊くと、「はい」。そうだったのか。すっかりいい気分になって外へ出た。森山さんのおかげです。ごちそうさまでした。
知人と話していたら、「あの娘は暗い恋愛をしているかもしれない」と真面目な顔で言うから、大笑いしてしまった。恋愛に明るい暗いの区別があったのか。あるとして、明るい恋愛というのはどうも信用できない。切実になればなるほど、明るさとは程遠いものになりがちだろう。その意味で、暗い恋愛は本気に近いかもしれない。知人には、そんなふうに言わなかったけれど。
夜、テレビを点けたら、トンネルズの番組に石田純一が出ていた。「新・食わず嫌い王決定戦」。相手は倖田來未。冒頭、石橋が石田に「最近、恋をしていますか」と訊くと、石田は石田らしく「恋は、ほら、一人でもできるから。愛は二人で作るものだけど」と言った。なるほど。
先日、カメラマンの橋本さんがTさんという若い女性を伴って来社。前からの知り合いかと思いきや、そうではなく、現像所で働く知人の紹介で、その日に初めて会い、そのまま一緒に来たとのこと。
Tさんは広島の方で、休みを利用し1週間ほど東京に出てきたという。絵を描き、俳句や短歌をものし、立体の作品も創るそうで、それらの作品をいずれ本にしたいと言った。橋本さんはいつもの橋本節で持論を力説、表現者たるもの、10年に1冊は自費で本を作るべきなのだ。本当につくりたいもの、生まれたがっているものを表現者は生み出す義務がある、云々。くりんとした目を大きく見開き、Tさんうなずいた。
ところでTさんのその日の髪型、身につけている服、アクセサリーはアメリカ・インディアンの娘を彷彿とさせたので、その印象を告げたらTさん興味を示した。『アメリカ・インディアン悲史』の話をすると、すぐに買って読みたいと言う。別れた後で彼女がつくるホームページを見たら、あの日の帰りさっそく買ったと書いてある。標準語で話していてもちょこっと語尾に出る広島弁がとても可愛く、そのことがさらに彼女のルーツがインディアンであるとの認識をわけもなく倍化させた。
小社から『ナショナリズムと宗教』を刊行している中島岳志さんが、彼のブログで『新井奥邃著作集』を取り上げてくださった。ありがたい。しかも、ポイントを押さえつつ、誰もが興味を持てるよう分かりやすく紹介してくれている。奥邃の文章は漢文調で今の人には難しいけれど、中島さんの解説により動機づけされながら、ぜひ奥邃の文章に就いてもらいたいと思う。
今の時代はカネ、カネ、カネ。法律に触れる犯罪を犯したにもかかわらず、「ぼくを嫌いになったのは、ぼくがむちゃくちゃカネを儲けたからでしょう。カネを儲けることは悪いことですか」とカメラの前で居直る輩もいる。傲慢にもほどがある鼻持ちならない発言だが、先行き不安でつまらない日常を考えれば、あながち的外れとばかりは言えないかもしれない。ただ、いくらカネを積んでも(それほどのカネを見たことはないけれど)、額が大きくなればなるほど、虚無の臭いは消せない。
聖書の中に「貧しい人は幸いである」の言葉があるが、奥邃は貧しさの中の豊かさを本気で生きた人だ。こんなエピソードが残されている。奥邃の住む謙和舎に泥棒が入った。ところが盗むに値するものが何もない。気の毒に思った泥棒が、持っていた物をその場に置いていった。また、何をして暮らしを立てているのか不審に思った警察がやってきて、奥邃に「あなたは何で生きているのですか」と尋ねた。すると奥邃は、「だれも殺すものがいないから生きているのです」と答えたそうだ。
奥邃は墓も作るなと言ったぐらいの人だから、本を残すことなど思いもよらなかっただろう(謙和舎を訪れた人に配ったパンフレットには「投火草」と書かれたものもある。読んだら火にくべろ)。しかし、今の時代がカネ、カネ、カネの時代であるとするならば、奥邃を読むことで力を得、つまらない世の中を少しでも楽しく豊かに暮らしたいと思うのだ。
