おさわり次郎ショー?

 「みなさま、長らくお待ちかねのことと思いますが、それではこれから、おさわり次郎ショーの開幕とさせていただきます。どうも、ありがとうございます。ショーのルールはただ一つ、すでにお分かりのことと思いますが、実際の接触は禁止なのでございまして、接触せずに、いかにエロスを発散させ、エレガントに、時にユーモア、滑稽味を交えたおさわりならぬおさわり、空気間接触が可能かどうかであります。指の動き一つ、目の表情、オーラの発散、どれひとつとっても眼が離せません……。さて、それでは、各地区のおさわり次郎ショーを勝ち抜いて来られた全国の次郎さんたちにお集まりいただきましょう。このショーは初代の天才的おさわりダンサー、おさわり次郎にちなんで開催されるもので、間違っても太郎さん、三郎、四郎は参加資格がございません。アハハハハ… すみません。冗談はこれくらいにして、さっそく始めることにいたしましょう。ショーのために毎回生身の女性と見紛うばかりの人形をご提供くださっている○△工業さんに感謝いたします……」
 おさわり次郎ショー? はぁ?
 もちろん、そんなショーはないのである。が、先日、知人Aと電話で話していて、朝日賞・大佛次郎賞・大佛次郎論壇賞の授賞式とパーティーに参加してきたことを告げたら、わたしの滑舌が悪かったせいか、知人Aが、いかにもいぶかしそうに、「……なに、その、おさわりジロー、って?」と言うものだから、朝から大爆笑。ごめんねジロー、いまさらジロー♪ という歌の文句があったが、おさわりジローというのは聞いたことがない。でも、おさらぎじろう、と、おさわりじろう。似ている。滑舌の悪い発音に触れ、すぐに別の意味ある名前として聞き取った知人Aのすばやい機転、才能に驚かされた。ホント。
 『鞍馬天狗』の作者としても有名な大佛次郎。おさらぎじろう。記念館が横浜山手の「港の見える丘公園」展望台のすぐそばにある。

お天道さま

 晴れましたねぇ。気持ちいいなあ。朝起きて、カーテンを開けるとき、開ける前から、カーテンを通る光の具合で、今日が晴れか曇りか雨かは分かる。期待を込め、サッと開けたとき、晴れていれば、なんと気持ちいいのだろう。今朝なんて、春がもうそこまで来ているような感じさえする。フッ、と、人にもすこし優しくなれそうな気もしてくるさ。
 先日、久しぶりにいちばん歳の近い叔母さんと電話で話した。近いといっても、八歳離れている。子供の頃なら、はるか大人に見えたおばさんが、だんだん自分と歳が近づくように感じるから不思議だ。お互いの近況報告。叔母さんは、最近花壇づくりに凝っていて、雪が溶け、春の花が咲く様子を話してくれた。花にはそんなに興味がなかったのに、あることがきっかけで、兄妹中いちばん花が好き、みたいになっているとか。思えば、亡くなった祖母が花が好きな人だった。家の回りを小さな花々でいつも飾っていた。「リヱばあさんの血だね」「そうかな」。
 雪の下の土中では、種や球根が今や遅しと春を待ちわびている。おてんとさまのおてんとは、天の道と書くんだった。

出版ラッシュ

 きのう、谷川健一さんの『古代歌謡と南島歌謡 歌の源泉を求めて』ができてきた。素晴らしいでき映えに、社員それぞれが手に取り、おぉぉぉぉ!!
 バレンタイン・デーやクリスマスほどではないが、どうしても春と秋に出版が集中する。特に春。二月、三月、四月の半ばぐらいまで、このところ毎年十数点を刊行している。年に二十点から二十五点であることを思えば、集中の具合が分かろうというものだ。
 農家出身のわたしからすれば、さてこれからがいよいよ米の準備期ということになるけれど、出版の場合はちょうど反対。数年前、このラッシュ時をどう乗り切るかで社内が緊張と焦りでピリピリした時期があった。が、最近は連携プレーを各人が習得、力を合わせてクリエイティブ、かつ、ミスが起こらぬように細心の注意をはらっている。緊張しながらも静かな空気に包まれているのは、そのせいだろう。そういう空気の中で仕事をする、できることに感謝したい。

出版依頼

 年が明け、今日が一月最終日。ジャネーの法則(このまえテレビを見ていたら『トリビアの泉』でやっていた)により、月日がとても短く感じられる。それだから余計にかも分からないが、このところ、出版依頼が立て続けにある(気がする)。うれしいことだ。ユニークな企画もあり、ウチらしくどんな提案ができるか、頭を悩ますのも仕事のうち。
 きのうも、横浜在住の方から事前に電話連絡があり、午後、来社された。堅い仕事をしながら、これまで何冊か本を出しておられる方で、そのなかの増刷までした上・中・下三冊本が絶版になったらしく、相談にみえられた。
 増刷といえば、写真集『北上川』が好評により三刷目に入った。ある意味では地味でマニアックな写真集が『朝日新聞』を始め、すでに十紙を超える新聞に取り上げられ、どれもそれぞれに写真集の特長をよく捉えていてくださり、写真家ともども学ばせられることが多い。
 たとえば、『北上川』の書評をいずれかの新聞で見て、あるインプレッションを抱き、こういう内容の原稿を用意しているのだが検討してもらえないだろうか、と問い合わせをしてくる方があるとする。その方にとっては、春風社=写真集『北上川』を出した出版社、ということになっているのだろう。このスピードを大事にしたい。
 ライブドア問題で、「価値」と「価格」の違いについて強調された論客がいたが、まったくその通りだと思う。
 激しく変動する「価格」は、やがて、その物が持つ「価値」に近づく。では、物の価値は何で決まるか。いろいろ意見が分かれるところだろうけれど、物にこめられた才能、ひらめき、日々の努力、費やされた労働、チームワークの質、願い、驚き、快、幸福感、などなど。「価格」はそれを時々刻々評価するだろうが、もともと評価の難しいものばかり。というか、評価できないもの、と言っていい。目に見えない価値を高めようとする努力、チームワークこそが大事なのだろう。出版依頼の増加傾向は、そのことの証しと素直に喜んでいいと思う。

外出せず

 27日(金)、朝日賞・大佛次郎賞・大佛次郎論壇賞に出席。28日(土)はリレートーク「歪(いびつ)な時空間への招待」に出席。二日つづけて東京へ出てみて思うのは、横浜はのんびりしているなぁ、と。
 きのうは、そういうわけで、外出せずに家でゆっくり、のんびり。秋田から送ってもらった玄米を炊き、シソチリメンをかけて食べた。玄米は始めてで、いかにも穀類を食っているぅ! という感じは否めないけれど、噛むほどに甘味が出てきて、白米とはまた違った美味さがある。テレビを見ながら昼寝をし、持ちかえった仕事をこなして夕飯。最近凝っている自家製野菜ジュースも忘れずに。始めた頃、水を加えていたのだが、水を加えると酸化するってぇから、先にレモンやみかんやりんごなど、水分を多く含むものをくだき、それから葉もの、根菜類を入れるようにしている。ゴマきな粉とハチミツも入れているから、これは文句なく美味い!

黒糖梅飴

 こくとううめあめ、とでも読むのだろうか。一個ずつ小さなかわいい袋に包装されてあり、それが100グラム単位で大き目の袋に入り商品として売られている。「甘酸っぱい梅と黒糖で仕上げた飴。」と袋に書いてある。
 年末から正月にかけて秋田に帰省した折、親はありがたいもので、みかん食べない? 煎餅食べない? お団子食べない? 牛乳飲む? チオビタ飲む? 食べない? 飲まない? と、次から次、持ちかけてくる。ぼくは、あまり間食をしないほうだから、「いらない」「いらない」の繰り返し。ちょっと、そっけなさ過ぎるかなと思いながら、やっぱり食べないし飲まない。
 秋田は、今年何十年ぶりかの豪雪で、新幹線「こまち」が正月5日は終日運休、父が運転し母が助手席に座るクルマで秋田駅まで送ってもらったのに、結局、横浜に戻るのを一日伸ばすしかなかった。「おかげで、一日ながく居られることになったから、よかったかな」「そうね」。たわいもない話をしながら、来た道をまた逆戻り。途中、豪雪にもめげず開いている回転寿司屋に入り、三人並んで寿司を食べた。わたしの左隣りが母、その隣りが父。三人とも寿司が好物で、秋田に帰る度、その店に寄っている。
 翌日、まるっきり前日と同じようにして父の運転するクルマで秋田駅に向かう。助手席に母が座り、わたしは後部座席。発車後間もなく、母が、「これ、おいしいから食べてごらん」と言って、かわいい袋に入った飴を渡してくれた。こばむのもどうかと思って、今回ばかりは、もらって食べた。母は、もう一つ小さな袋を破り、運転中の父の口中へも放りこんだ。
 飴が口の中でゆっくり溶けてゆく。まろやかな甘さとほんの少しの酸っぱさがうまくミックスされ、なかなか美味しい。ガリッと音を立てたのは父。「どうも最後まで舐めていられないんだ」と恐縮している。わたしは最後まで舐めて終わった。一個全部が溶けてしまったので、前に座っている母に、「もう一個ある?」。母は、小さなかわいい袋を黙って差し出した。
 横浜に着いて1週間が経った頃、父に頼んでおいた米が宅配便で届いた。ダンボールを開けると、一番上に、見覚えのある袋が三つも入っている。黒糖梅飴。間食をしないわたしが珍しくねだったものだから、息子の口に合ったと思って入れてくれたのだろう。
 米が届いたことを知らせる電話をかけた時、飴の袋が入っていたことを母に尋ねたら、近所の店には売っていないらしく、父に頼み、わざわざクルマを出してもらい、飴を売っているスーパーマーケットに行って3袋買い、米といっしょに送ってくれたものらしい。
 一人で食べたら2ヶ月は持ちそうだから、会社に持っていき社員にお裾分け。「美味しいですね」と言って皆、喜んでくれた。

ペトルチアーニ

 夜、床につく前に西式健康法による体操を4種類こなすのだが、無音でやるのもなんだかわびしいから、何かその日の気分でCDをかけることにしている。ジャズだったり、古いブルースだったり、サザン・ロックだったり。きのうはジャズ・ピアノのミシェル・ペトルチアーニ。
 4種類の体操のうち、一番長くやるのが10分。いつもなら、その10分がとても長く感じられるのだけれど、きのうは、気がついたら13分に及んでいた。体操をしながら、無意識で曲に聴き惚れていたのだろう。白いジャケットの2枚組のアルバムで、とても気に入っている。その1曲目が「メドレー・オブ・マイ・フェイバリト・ソングズ」40分26秒。力強さと繊細さを併せ持つペトルチアーニならではの名演奏だと思う。
 昼は会社でトム・ウェイツ。昨日この欄で紹介した野毛の喫茶店ではCDも売っていて、福家(ふくや)で泥鰌を食べた帰りに、石橋が、わたしも何かトム・ウェイツのCDが欲しいと言うから、喫茶店に寄り、1枚オススメを教えてあげた。午後の仕事をしながらBGMでそのCDをずっとかけていて、やっぱり、トム・ウェイツはいいよなあとしみじみ。そんなふうだったから、どういうバランスの取り方かは自分でも分からないけれど、帰宅して手が伸びたのがペトルチアーニ。たぶん。