変化を楽しむ

 毎日同じような時間が流れていくようでも、まったく同じということはあり得ない。天気は変わるし、体調も変わる。突発的なことが起こったり、初めての人に会ったり。感覚が麻痺し変化を変化として楽しめなくならないように気をつけなければ。初めて立った赤ん坊が、膝を曲げたり伸ばしたりして、そのたびに大きくリズミカルに揺れる風景を楽しむように、仕事もプライベートも、いっそ楽しみたい。

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なんだか

 このごろテレビをつけると聞こえてくる曲で気になる歌がある。柳葉敏郎が机に向かって仕事をしている。首を傾げ、顔を歪め、左肩に右手を当て「うっ。かたまった!」。そのとき流れてくるアリナミンのコマーシャルソング。
 ♪なんだか泣けてくる
  おもわず泣けてくる
  明日もがんばろうぜって
  笑って歩き出す
 テレビコマーシャルでは、明日もがんばろうぜ、ぐらいまでしか流れない。出っ歯の柳葉のくしゃくしゃに歪んだ表情が実にいい。

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習うより

 万巻の書を読むよりも、1冊の本を読んで何か大切なものをひとつでも身につけたいと思うことがある。生まれついたものはなかなか変わらない。
 曹洞宗の板橋興宗さんは、お経は、意味が分かってよんでも分からなくてよんでもよく、意味を知るためによむのなら、寝転がって本を読むのと変わらないと言っている。門前の小僧のようなこころで、読書百遍、練功千日に禿げみたい、ん、転換ミス、失礼! 励みたい。そうすればきっと、意はおのずから通じ、気はおのずから感知されるだろう。

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同期会

 中学校の同期会の案内がきた。秋田に住む仲間が幹事を務めてくれる。ありがたい。5年前にやったときは、20代の延長のような気がしたから、中年になった自分と同期生を見くらべ、面白く可笑しかった。5年しかたっていないのに、気持ち的には、5年もたった、の感が強い。折り返し地点を過ぎたということかもしれない。
 このごろ父の何気ない発言を思い出し、反芻することが多くなった。「神仏に手を合わせることは、いいことだ」「同期会はたのしい」等々。ペロッと、そういうことを言う。日々の暮らしを豊かに愉しいものにしようという工夫があるような気がする。

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脚

 出社時、紅葉坂の交差点で信号待ちをしていたら、すらりと脚の伸びた女性6人が坂を下りてきた。このごろはそれほど珍しくもないが、どこか違う。横断歩道のこちら側で、わたしはほんのすこし顔を前にずらし、目を凝らした。6人とも外国人女性だった。信号が青に変わり、6人が近づいてくる。ブロンドの髪が風になびき、目をみはった。大型のオートバイにまたがり停まっていたおじさんが、わざわざゴーグルを外して女性たちを目で追った。颯爽としたあの姿、撮っておけばよかった。

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忘れる

 たとえば肩が凝るとする。手で揉んだり、肩を上下させたり、市販の薬を塗ったり貼ったり。まずは自分でいろいろやってみる。でも、いっこうに凝りはとれず、痛みはなくならない。となると、今度は針灸、マッサージ、整体にかかってみる。凝りと痛みがある間は、ずうっと鳴ってる音楽みたいに1日中気になる。ところが、何が功を奏したのかわからないけれど、いつの間にかすっかり治ったりしている。あれ!? おかしいな。痛くないぞ。いつからだ? 実に身勝手、わがままだと思うのだが、仕方がない。そうすると、一番健康なのは、体のことなどすっかり忘れ、何も意識しない状態ということになる。

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秋霜烈日

 『週刊読書人』7月13日号「元気に、出版。」のコーナーに春風社が取り上げられた。記事を書いてくださったのは、出版ジャーナリストの塩澤実信(しおざわ・みのぶ)氏。創業から現在までの経緯と主な刊行物を紙面1/4をつかい紹介している。リードは、「秋霜烈日の『新井奥邃著作集』を柱にスタートした春風社」。秋霜烈日とは、秋の霜と夏の強い日差しのように、権威・意志などが厳しく、おごそかであることを意味する言葉。これからも縁を大切にしつつ、小社らしい出版物を刊行していきたい。
 お近くの図書館でどうぞ。

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