オースティンさんの小説

 

中野好夫さん訳の『自負と偏見』がおもしろかったので、ひきつづき『エマ』を。
こちらは、阿部知二(あべともじ)さんの訳。
学生のころ阿部さん訳(だったはず)で
メルヴィルさんの『白鯨』を読み、
阿部さんの日本語に親しんでいたからかもしれません、
だいぶ前に中公文庫のものを購入し、そのままになっていました。
タイミングとしては、いまか、
と。
『自負と偏見』は、笑ったり、目頭を熱くしたりし、
小説のおもしろさを堪能しましたが、
『エマ』はどうかというと、
会話文がものすごく多く、多いな~、長いな~、と若干食傷気味に感じていたところ、
途中で、アレッ、となりました。
というのは、
会話のことばから、
それを話している人の、性格というか人物像というか、
それがジワリ浮かび上がってきたからです。
阿部さんの日本語訳の賜物でもあると思います。
はは~、
って思いました。
地の文で、この人はこういう性格、
と説明する(そういうところもあるにはありますが)
のでなく、
その人が話すことばそのものから
その人の性格や人物像を、
説明でなく表現する、そんな風に見えてきましたので、
だんぜん『エマ』がおもしろくなってきた。
オースティンさんは『エマ』で、
そういうことをやろうとしたのかな?
そんなことを想像してみたり。
ということで、
こちらはこちらでおもしろい。

 

・子をつれて無言の道や花曇  野衾