ほどほど

 エライ人がそう言ったからとか、信頼している人に言われたからという理由から、本当には納得できていないのに、軽い気持ちでやってみる。また、腑に落ちたと納得したのに、なんやかやと理由をつけて継続することができない。ほどほどということを、わたしは上の二つことを別の言葉で言い換えたものに過ぎない気がして、なるべく避けてきた。
 いくらエライ人に言われても、納得できないことはしない。納得できたことは、雨が降ろうが槍が降ろうがやりつづける。これを称してひとは頑固と呼ぶ。要するに、わたしは頑固なのだ。「ほどほど」を「いいかげん」の置き換えぐらいに思ってきた。ところがこのごろ「ほどほど」って大事だなあとつくづく思うのだ。納得しようがしまいが、そんなことあまり関係ない気がしてきた。自分のちっぽけな納得などどれほどのものか。「ほどほど」が「いいかげん」と同義でもいいではないかとも思う。「いいかげん」は「いい湯加減」などとつかわれることからしても、「良い加減」なのだろうし。ほどほどで行こうと思う。

秋晴れ

 今日は少し曇っているが、このごろ秋晴れの日が続いている。さわやかな風にあたって気持ちよく、風は通り過ぎても、気持ちよさを少しだけ残していってくれるのでありがたい。わたしの椅子の後ろにハーブが置いてあり、ときどき鼻を近づけて嗅いでみる。一瞬、なんともいえない爽やかな香りに包まれ、青空に薄い雲がたなびく景色が目に浮かぶ。風や雲や花、石からも元気をもらう。

霊的

 わたしは即物的な人間で、霊とか魂とかとは無縁の人間としてこれまで過ごしてきた。今も根本はそうだと思っている。それなのに、子供の頃、外にある便所に行くのはやはり怖かった。関係ないか。
 とにかく、即物的にどうにかなるさと思ってきた人間が、神秘主義的キリスト者である新井奥邃の著作集を手がけるのはどうしたものかと不思議な気がしたし、完結した今も、その気持ちに変りはない。
 去年のちょうど今ごろ体調を崩し、自分が自分でないみたいな変な具合になって、息を吐き吸いして時をやり過ごしていた時間のなかで、怯え畏れながら感じたことは、いのちは機械ではないという当たり前のことだった。試しに目を閉じてみればわかる。空も海も、思い出そうとすれば何だって浮かんでくる。『新井奥邃先生の談話及び遺訓』だったと思うが、スウェーデンボルグについて尋ねられた奥邃が、彼も今はずいぶん先へ行っていることでしょうと語ったという記述が確かあった。生かされて生きるとか、一息とか、どこから来てどこへ行くのかとか、人生の意味はとか、ときどき雑誌の特集で組まれるテーマだが、恐ろしいぐらいに思う。泥の中から目だけ上向きにして見ているようで、気軽に口にできなくなってしまった。

こころ

 このごろ思うことの一つに、なにごとによらず自分ひとりでやろうとすると、無理だし苦しくなる。人生七転び八起きという言葉もあるが、それにしたって、多くの人の縁と自分のではない力が働いてのことだろう。信じられるのは自分だけという若い力がみなぎる時期があってもいい。でも、今は違う。
 お世話になっているマッサージの先生にいただいた「世渡りの道」に、「天地に感謝 社会に奉仕 人をうやまい わが身慎め」とある。こころはどこにある。座禅の本に、普通は結んだ両手の掌(たなごころ)の上に置くと書いてあった。そんなふうに具体的に言われるとかえって混乱してしまうが、やはりこころというものはあって、まるく潤っていることは大事だ。

動く千手観音

 テレビで千手観音を観た。千手観音といえば、千の慈悲の眼と千の慈悲の手をそなえ、生あるものを救うという有難い仏様だが、テレビで観たのは、千手観音という名の舞踊。
 「中国障害者芸術団」は北京に拠点を置く団体で、「千手観音」は、生まれつき耳の聞こえない障害を持つ男女21人による舞踊。一糸乱れぬという喩えがあるが、その比喩がこれほど合致する表現を見たことがない。耳が聞こえないので、音に合わせるということができない。太鼓が空気を震わす振動を体で感じ取り、まっすぐ縦に並んだときの呼吸を次つぎ首に感じて自分の動きをコントロールし他のメンバーの動きに合わせるのだという。日頃の鍛錬と集中力の深さに圧倒される。動く千手観音を見た。観た。ほんと、びっくり。

かもめ食堂

 DVDで『かもめ食堂』を観た。小林聡美扮するサチエがフィンランドで日本食堂を経営しはじめ、そこを舞台に、悲喜こもごもの人生を垣間見せてくれる素敵な映画。現地でのロケだったらしく、いわくありげなフィンランド人も多く登場するが、そこはなんといっても、小林聡美、片桐はいり、もたいまさこの三人の個性派俳優の絡みが上質のテイストを醸し出していて、場面とセリフから目と耳を離せない。監督の荻上直子という人は初めて聞くけれど、(原作はあるにしても)伏線の張り方など巧いなあと思った。映像もきれいだし、物語もシンプルで(でも、つい観ちゃう)、料理も美味そう。まだの方はオススメです。

体験学習

 横浜にある、とある中学校から生徒に体験学習なるものをさせてもらえないかとの依頼があり、受け入れることにした。出版社の仕事がどういうものか、生徒数名から希望があったとのこと。おそらく、その学校では、いろいろな業種の会社に生徒を派遣し、体験学習をさせ報告書を提出させるのが恒例になっているのだろう。
 ところで、我が身を振りかえり、中学生で出版社に興味があるとは、時代もあるだろうが、さすが都会は違うなあと感心した。中学生だったわたしが出版社と本屋の違いを知っていたとは考えにくいからだ。まして、印刷所、製本所、紙屋、取次等々、本に関わる業種の違いなどわかろうはずもなかった。どれぐらいの知識と興味でやってくるのか楽しみ。それに、現役の中学生と話せる機会などそうそうないわけだし。来月後半の予定。