老化体感

 

きのうの退社時、所定の場所にじぶんのゴミを捨てに行ったところ、
ちょうど業務用のゴミ袋をプラスチックの箱にセットするタイミングでしたから、
袋を一枚取り出し、セットしようとした。
そうしたら、
ん!? ……ん!?
ゆっくり、ていねいに、何度も、クチュクチュやった、
にもかかわらず、
ん!?
袋の口が開かない。
クチュクチュ、クチュクチュ。
何度も何度も。なのに、
だめ。
いっしゅん、指先に唾を付けてみようか、の考えが脳裏をかすめたものの、
それはさすがに憚られた。
なので、
社員に気づかれぬように、
静かに袋を持ったまま退出し、共用の台所で指先を濡らし袋を開け、
また静かに社に戻り、袋をセットした。
指先がこんなにすべすべするとは思わなかった。
いつの間にか指紋の山が滑らかになり、
ビニール袋を水分無しでは開けられなくなっていたことに、
改めて気づかされた。
と。
ここまで書いてきて、とつぜん思い出しました。
小学生のころ、
たしか朝礼のときだったと記憶してますが、
全校生徒を前にして当時の校長先生が、
ある女性についてのエピソードを紹介してくださった。
よほど印象に残っていたのでしょう。
校長先生のお話では、
その女性、
汽車を降り、駅の近くの郵便ポストに手紙を投函する際、
切手を貼るのに、
水道の水で指先を濡らしてから貼ったそう。
小学生のわたしは、
勝手に若い女性を想像し、
以来、
校長先生が話してくださったそのエピソードを思い出すことなく、
これまで来ました。
が、いま思う。思います。
お話のなかの女性は、
ひょっとしたら、
ある程度年齢を重ねていたのかもしれないと。
そうでなく、
切手をペロッと嘗めることを憚っての行為であったかもしれない、
そうかもしれない。
けれど、
今となってはもはや確かめるすべもありません。

 

・労の冬吾の眼魚になる夜かな  野衾

 

ホワイトボード

 

社内にホワイトボードがありまして、もう二十年ほど使ってきたはずですが、
このほどそれを廃止し、
エクセルの表に書き入れ、
どこからでもアクセスできるようになりました。
新型コロナをきっかけに、在宅勤務を取り入れ、いまではそれが通常ですから、
パソコンはもとより、
スマホでも入力可能になり、
わたしはいまのところ会社のパソコンで確認するだけですが、
スマホで見ることもできる
ということですから、
いたって便利、ほぼ毎日見て確認しています。
便利になっただけでなく、
わたしの意識も大きく変った気がします。
ひとことで言って、昭和から令和に、
そんな感じ。
ちょっとしたことで、意識が変り、世界の見え方が変る。
ベルクソンさんが万華鏡にたとえていたことは、
こんなことかも知れません。
来週は、社内のレイアウトを変え、席替えです。
小学校のころ、
はるみちゃんの隣になってワクワクドキドキしたことが甦ります。

 

・冬の朝グラデーシヨンの空に星  野衾

 

おカネを稼ぐのは容易でない

 

どの職業でも、おカネを稼ぐのは容易でないわけですが、
それはそうではありますけれど、
このごろとみに考えさせられる場面に出くわします。
先だってタクシーに乗ったときのこと、
よく話す運転手で、
よほど腹に据えかねていたのか、
問わず語りに、
クールポコのお笑いを彷彿とさせる口調で
「こんな客がいたんですよ~」
と。
いわく、
「良かれと思って、最短のコースを選び車を走らせていたらですね。
客がいきなり怒りだし、
なんでこの道を走るんだよ、ええっ、この雲助がーーー!!
雲助ですよ。くもすけ。
雲助なんてことば、久しぶりに聞きました。
酔っぱらっていたんでしょうけど。
わたしも、
どのコースで行きましょうかと確認していればよかったんですが…」
高齢の運転手でした。
雲助とは。
『明鏡国語辞典』によれば、

 

江戸時代、宿場や街道で荷物の運搬や駕籠(かご)かきなどに従事した無宿者。
人の弱みにつけ込んで法外な金銭を取るなど、
悪事をはたらく者も多かった。

 

げに、おカネを稼ぐのは容易でない。
まっこと。
頭に来たり、腹に据えかねたり。
じぶんのことに照らし合わせ、いろいろ考えさせられました。

 

・彼方より冬の光のひるがへる  野衾

 

科学者と神

 

哲学の本を読んでいると、自然をどう見るか、についての言説が少なくなく、
その際「神」を持ちだすか否か、
ということはおもしろいテーマですが、
自然科学者の場合はどうなんだ?の疑問が湧きまして、
調べてみたら、
ちょうどズバリの本がありました。
著者は三田一郎さん。三田と書いて「さんだ」。
さんだいちろうさん。
1944年東京都生まれ。名古屋大学名誉教授。専門は素粒子物理学。
また、
南山大学宗教文化研究所客員研究所員、
カトリック名古屋司教区終身助祭、
カトリック東京大司教区協力助祭を務めておられます。

 

また、ニュートンには次のような逸話も残っています。
彼が腕利きの機械職人に注文して、太陽系の精巧な模型を作らせたことがありました。
歯車によって惑星が動く仕掛けになっている、凝ったものでした。
ある日、
ニュートンの部屋を友人の科学者が訪ねてきました。
彼は無神論者でした。
テーブルの上に置かれた模型に気づいた彼は、惑星を動かしてみて、
感服した様子でニュートンに尋ねました。
「実にみごとな模型だね。誰が作ったんだい?」
読書をしていたニュートンは、本から目を離さずに、こう返事をしました。
「誰でもない」
面食らった友人が聞き返します。
「おいおい、
僕の質問がわからなかったのかな。僕は、誰がこれを作ったのかと聞いたんだよ」
ニュートン、今度は友人の顔を見て、真面目な顔でこう答えます。
「それは誰が作ったわけでもない。
いろいろなものが集まって、たまたまそうなったのさ」
友人は気色ばんで言い返しました。
「人をばかにするものじゃない。誰かが作ったに決まってるだろう。
これだけのものを作るとは、かなりの腕前だよ。
それは誰かと聞いているんだ」
ついにニュートンは立ち上がり、友人の肩に手を置いて、語りはじめました。
「これは偉大な太陽系を模して作った、単なる模型だ。
この模型が設計者も製作者もなく、ひとりでにできたと言っても、君は信じない。
ところが君はふだん、
本物の偉大な太陽系が、設計者も製作者もなく出現したと言う。
いったいどうしたら、
そんな不統一な結論になるのかね?」
それを聞いて無神論者の友人は、創造主が存在することを納得したというのです。
実はこの逸話は、
ニュートンではなく別の人物のものである可能性もあるようですが、
創造主としての神についての彼の考え方はイメージしやすいのではないかと思い、
紹介しました。
このようなニュートンの神への信仰の深さを、
みなさんは意外に思われるでしょうか。
それとも、
自然なものと感じられるでしょうか。
(三田一郎『科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで』
講談社ブルーバックス、2018年、pp.125-7)

 

講談社のブルーバックスというのが、まず懐かしい。
中学生、高校生のころに、宇宙に関する本を買った記憶があります。
星雲のカラー写真も載っていたような。
興味のもとは、さらに遡って、
小学生のころの記憶につらなります。
学校帰り、
てくてく、とぼとぼと家に向かっているとき、山々に目を馳せ、
それから空を見上げました。
空の向こうのまた向こう、そのまた向こうはどうなっているんだろう?
こたえのない想像はふくらみ、
いつも眩暈がしてくるようでした。

 

・来てみればふつう貌なる師走かな  野衾

 

計画変更

 

わたしが持っている岩波文庫の『哲學の慰め』は、昭和13年11月初版、
その第8刷(昭和25年12月)。
そうとう茶色く変色し、
たまにぱらぱらめくって眺める具合でいたところ、
今年、
京都大学学術出版会から新訳で出版されたことを知り、さっそく求めました。
読む順番がきたら読もうと思い、
とりあえず、
本に挟んであった月報だけ見てみようかな、
と読み始めたのがいけない。
永嶋哲也さんの「救済としてのコンソラチオとその裾野の広がり」
により、
この本を先に読みたい!
の気持ちが勃然と湧き起こり、読書慾が俄かに刺激されました。

 

コンソラチオ
(ボエティウス『哲学のなぐさめ Consolatio Philosophiae』を以下、
こう呼ぶことにする)に関して、
少し前まで西洋では聖書に次ぐベストセラーであったということはよく言われる。
つまり聖書と同等というほどではなくとも、
それなりに「教養ある者なら誰でも知っている本」
であったことを意味する。
そのことをC・S・ルイスはThe Discarded Imageの中で
「ほぼ二百年以前のころまでは、
ヨーロッパのいかなる国においても教養のある人で
この作品を愛さない人を見出すのは困難であっただろうと思う」
と表現している。
(C・S・ルイス『廃棄された宇宙像』山形和美監訳、八坂書房、二〇〇三年)
しかし日本ではどうであろう。
一部の目利きが早い時期から翻訳に取り組み
(岩波文庫に収められた畠中尚志訳の初版は昭和一三年、つまり一九三八年である)
本邦での紹介に尽力していたことには感服という言葉以外思い付かないが、
残念ながらその裾野はあまり広がらなかったし、
現在でも広がっていないと思う。
そのような事態に対する嘆きについては、
現在、この文章を読まれている諸氏ならば共有していただけるのではないだろうか。
ところで、
日本においても誰もが知る外国の書籍の一つとして
『ロミオとジュリエット』
が挙げられる。
シェイクスピアの原文とまではいかなくても、
いく種類もある日本語訳のどれかを読んだことがある人も少なくないだろう。
しかしその『ロミオとジュリエット』
のなかで
コンソラチオがかなりあからさまにほのめかされているのにはお気づきだろうか。
物語が悲劇的結末への階段を登り始めたあたり、
キャピュレット家のティボルトを殺してしまったモンタギュー家のロミオに対して
ヴェローナの大公が下した罰の判定を、
フランシスコ会の修道士ロレンスがロミオに伝えるシーンである
(第三幕 第三場)。
本来、死刑とすべきところを大公がロミオに温情をかけ
ヴェローナからの追放となった
とロレンスが告げるが、
若く未熟なロミオは激昂し、それは死罪より残酷な拷問、
ジュリエットのいない場所に追放になるくらいなら
いっそ殺して欲しかったと応える。
(『西洋古典叢書 月報158』pp.2-3)

 

もっと引用したいところですが、長くなりますので、ここまでにします。
永嶋哲也さんによれば、
ロミオに語りかける修道士ロレンスのセリフを観劇で聞いて、
その中の「哲学」がコンソラチオをほのめかしていることに気づかない知識人は、
エリザベス朝の時代、一人もいなかっただろう、
とのこと。
ちなみにエリザベス一世は、
自らコンソラチオを英訳しているそうです。
しかし、若く未熟なロミオは、どうやらコンソラチオを読んでいない。
あるいは、
読んでいたとしても
恋に盲目の少年にピンとくるはずはなかった。
は~。
宜なるかな、であります。
というようなことでありまして、
読書の計画を大きく変更せざるを得ません。

 

・明滅す賢治もゐたり冬の星  野衾

 

読書計画

 

いつの頃からか、これを読み終えたらつぎはアレ、そのつぎはアレ、そのつぎは、
というように、いちおう自分なりのゆるい計画を立てるのですが、
その通りに進むことはまずありません。
しょうがないか、と思うものの、
やや後ろめたい気持ちがないわけではなく、
ハ~だったのですが、
先だって、
ベルクソンさんの本を読んでいたとき、
自分と世界との関係を万華鏡を例にして記述している箇所に出くわし、
なるほどなあ、
と、
しばし一人合点しました。
感覚がちょっと変っただけで世界の様相はがらりと変化する。
まるで万華鏡のように。
ほんとうに。
読書にかぎらず、
計画通りに進むことの喜びはあるけれど、
計画通りに進まないことの味わいはあるわけで、
そのことを感じ考えることは「今」の直観に触れている気がします。
これも「哲学の慰め」のひとつかなと。

 

・冬の星いま地球に届きけり  野衾

 

月に慰められる

 

「月」だけだと、俳句的には秋ですが、「冬の月」となると、
すさまじい感じが伴い、また格別です。
『新古今和歌集』1782番は、
慈円さんの歌で、

 

思ふことなど問ふ人のなかるらん仰げば空に月ぞさやけき

 

峯村文人(みねむら ふみと)さんの訳は、
「わたしの思い嘆いていることを、どうして、
問い慰めてくれる人がいないのであろうか。
仰いで見ると、空に月がさやかに澄んでいることだ。」
この歌は、
建仁元年(1201)二月に後鳥羽院が主催した「老若五十首歌合」の中のものですから、
冬の月を見ての感懐だったのかもしれません。
いま空にある冬の月も、
八百年前の冬の月も、
同じように人のこころを慰めてくれることが、
歌を通して知ることができます。
この歌の月について、
峯村さんは、真如の月を暗示すると注しておられます。
真如の月はこころの迷いを破る悟りを示す月、
と。

 

・凩や灯りの下に佇めり  野衾