おカネと腰痛

 

仕事柄、自宅から会社へ、会社から自宅へ、けっこうな数の本を運ぶときがあり、
そういう場合は、タクシーを使います。
自宅からといっても、
正確には、
自宅から保土ヶ谷駅近くのタクシー乗り場までは歩き、
そこでタクシーを拾います。
不思議なのは、
そんなに頻繁に利用しているわけではないのに、
これまで、同じタクシーに二度を超えて遭遇したこと。
Hさんは茨城県出身。
どことなく九十八歳で逝った祖父に似ています。
「よく会うねー」
「そうですね。紅葉坂の教育会館までお願いします」
「このあいだ、見かけましたよ。その帽子ですぐ分かりました」
「そうですか。仕事、がんばりますね」
「ええ。もう少しやろうと思っています」
「朝、早いんでしょうね」
「そう。7時半の朝礼に間に合うように出勤します。
でも、2時半か3時には上がりますから」
「そうですか」
「はい」
「腰は大丈夫ですか? タクシーの運転手は腰痛もちが多いと聞きますが」
「わたしはいまのところ大丈夫です。多いですよ腰を痛める人が。
若いひともけっこう。働きますからね若い人は」
「そうですか」
「百万も稼ぐ人もいます。でも、カネのために働く人はどうしてもね」
「百万! 寝ないで働くんですかね」
「睡眠不足なんでしょう」
「そこの横断歩道のところで。スイカでお願いします」
「ここですね。はい。交通系と…。ここにタッチしてください。いま領収証がでます。
お忘れ物のないように。ありがとうございました」
「ありがとうございました」

 

・戸を開き秋風招く坂の家  野衾