防寒具

 社内を眺めまわしてみると、武家屋敷ノブコ、総務イトウ、そして、わたしの三人が一番寒がりで、厚手の防寒具を着て出社しているようだ。武家屋敷が金沢、イトウが青森、わたしが秋田なので、三人がいわゆる北国出身ということになる。秋田での生活を振りかえれば(今もそうだが)、室内ではガンガンにストーブを焚き、行ったことはないけれどハワイのような気分だし、いったん外出するとなれば、外気に絶対さらされぬよう、二重三重に着こむ。コートの前を開けて町を歩く、なんてことは、およそ考えられない。ファッションよりも寒さ対策が優先される。
 ところで、武家屋敷、この時期になると決まってぶくぶくの暖かそうなダウンを着こみ、太った寒スズメのような格好で出社するのだが、今年はまだ見てないな。イトウは目にも鮮やかな真っ赤なカシミヤ(だろう)のコート。

さっそく

 次期『春風倶楽部』の特集テーマを「こころと体」にし、依頼文を発送したところ、『徴候・記憶・外傷』の著書もある精神科医の中井久夫さんから、さっそく原稿が届く。中井さんならではの原稿の魅力・内容の面白さについて、ここでは控えさせていただくが、文中、重要な箇所で「わからない」の言葉があり、人間というものの難しさを改めて考えさせられた。
 さて、私事ながら、みなさんにご心配をお掛けし、励ましのお言葉やらをいただいた左鎖骨骨折は、おかげさまで完治しました。「すっかりくっつきましたねぇ〜。もう来なくても大丈夫ですよ」だそうです。ここで報告するのを忘れていました。ごめんなさい。先週の月曜日、担当医師からそのように告げられました。ふぅ〜。

同時掲載

 写真集『北上川』の書評が朝日と毎日の両紙に昨日(11日)同時掲載。朝日は作家の立松和平氏、「近年の収穫といえる写真集である」と結び、毎日の書評子・寒氏は「半世紀にわたる北上川の貴重な歴史、写真記録である」と結んでいる。特に、朝日では、これは立松氏が選んだものだろうと思うが、馬市にやってきた博労が札束を数えている、今の人が見たら、ギョッとするような写真が掲載されている。「膨大な時間が流れ、人生の元手を惜しげもなく注ぎ込んでいる」とはよくぞ言ってくださった。
 さっそく橋本さんに電話をし、二つの書評について喜び合い、電話口で酒を酌み交わす気分だった。

こころと体

 次回『春風倶楽部』のテーマである。これ、わたしの担当で、そのつど勝手に(というより、その時々に切実な)テーマを決めている。人形に関心が向けば「人形偏愛」にし、「女」の不思議にとらわれれば、「おんな オンナ 女」。で、今回は「こころと体」。
 心身一如ということばもあるくらいだから、つながってはいるのだろう。一如というからには、つながっているというような生易しいことではないのかもしれない。そのあたりのことを、みなさんどう考えておられるのだろうか。ぜひ、聞いてみたい。
 世はストレス社会。ストレスを溜めないようにすることが健康の秘訣とは、よく耳にする。でも、実際のところ、それが難しいから悩むじゃないか。酒でも飲んでカラオケ歌って、ということもあろう。
 名古屋の有名な鍼灸の先生が仰っていたが、由緒ある鍼灸のマニュアル(あるんだ!)では対応しきれないことが最近多くなっているそうだ。体自体が変わってきているため、マニュアル通りにやってもダメで、体に訊きながら診なければならない。難しい時代です、と。

休日の水遣り

 以前はそのために休日出勤したこともあった。散歩がてら、それも苦ではなかった。正月やお盆で帰省しているのに、途中で水遣りのために一度戻って、また帰る、なんてこともあった、なんてことはなかったが…。にしても、いつも気になることは確かだった。
 横浜在住の人に交替で水遣りのためだけに出社してもらったりと、これまで気苦労が絶えなかったが、先日、トーキューハンズに行ってみたら、画期的な商品をついに発見。鉢植簡易給水装置。ん!? 「休日のオフィスやお留守の時の給水番」と銘打ってある。これこれ。これだよ、探していたの。だから、ハンズって好きなのよ。
 何種類かあった中で、一番簡単で安いのは、空いたペットボトルの先っぽにピエロが被る帽子のような鋭く尖ったキャップを着けて、先端から2センチほどのところに画鋲で穴を開けるというもの。たったこれだけ。よく出来てるよなぁ。試しに家のベランダの植物でやってみたが、確かに機能を果たしてくれる。エライ! きっと、どこかの発明マニアのおじさんかおばさんが発明したんじゃなかろうか。いや、本当にありがたい。これで安心して休日、家を空け会社を休める。

相関度

 書評と本の売れ行きに関することだ。相関関係にある、と言いたいところだが、必ずしもそうでもない。素晴らしい内容の書評が掲載され、こりゃ凄いぞ! と社内騒然と化しているにもかかわらず、その書評の効果と分かる注文が、学生服のボタンの数ほどしかないこともある。が、書評が掲載される媒体によっては、翌日から注文が殺到することもあり、この場合は確実に相関関係にあると言えるだろう。また、最近は、各書店が工夫して、書評された本の傍に店独自のポップ(丸や四角の厚紙に書評の切抜きを貼ったり、サインペンでかわゆく宣伝文句を書いたり、目立つように針金で留めたもの)を用意しているところもあり、こうなると、書評と本の売れ行きの相関度は自ずと増す。
 新聞の書評は、それが掲載される前の週にネットで分かるようになっており、たとえば○○という本の書店注文が今日はなんで多いんだ? と訝しく思っていると、書店員がネットでチェックして、注文してくるということが多いようだ。ってえことは、書評と本の売れ行きの相関度は、どれくらい以前からかはとりあえず置いといて、増加傾向にあると言っていいのかもしれない。総体として本は売れなくなっているわけだから、連携プレーが大事ということか。

アナログ人間

 帰省するための新幹線チケットを「駅ネット」で予約するという発想が端からないわたしは、FAXもなかなか信用できない。どこかでだれかもそんなことを書いておられたが、わたしも全く同様、本当に相手に届いたか心配で、なかなかFAXから離れられないのだ。機械の傍にじっと立っていると、若い社員が不審そうに見るので、しぶしぶ自分の席に戻る。が、心配でちらちらFAXのほうに目が行ってしまう。癖なんだなぁ。