かもめ来よ、の句

 

俳人三橋敏雄(1920-2001)の句に以下のものがあります。

 

かもめ来よ天金の書をひらくたび

 

三橋の代表句といっていいかと思いますが、
遠山陽子著『評伝 三橋敏雄 したたかなダンディズム』(沖積舎、2012年)
を読んでいましたら、
昭和十六年、
三橋が二十歳のときに
すでにこの句はできていることが分かります。
俳句歴をかさねて得られた句であろう
と勝手に想像していましたが、
二十歳の青年がつくった俳句であったとは…。
ちょっと考えさせられます。

 

・二羽さきに三羽あとから寒雀  野衾

 

万葉集のつぎは

 

伊藤博の『萬葉集釋注』が殊のほかおもしろく
六巻まで来ましたので、
まだ先のことになりますが、
さてこれが終ったらなににしようか
と考えていたところ、
片桐洋一の『古今和歌集全評釈』 が講談社学術文庫から、
久保田淳訳注の『新古今和歌集』が角川ソフィア文庫から
でているのを知りましたので、
さっそく求めました。
そうしましたら、
なんとも、
字がちっちぇー!!
たとえば片桐洋一の『古今和歌集全評釈』、
三冊揃いで古書価十万円ほどですから、
ちょっと手がでません。
文庫本になったのはありがたいなぁと思ったのも束の間、
いかんせんこの文庫本、
いかにも元のをそのまま縮小しました
的な感じの組みで、
ふつうに読むのはきわめて困難、
拡大鏡で読むしかありません。
トホホ…

 

・風花は止まずたつきのゲラを読む  野衾

 

蕪村先生おらが村に

 

いやぁ驚きました。
知らないことは多いです。
灯台もと暗しといいますが、まさしく。
じっさいはわたしの出身の井川村(いまは井川町)ではなく、
となりの村。
寛保元年(1741)に
九十九袋(やしゃぶくろ、現在の八郎潟町夜叉袋)
を訪れたことが蕪村の文章に残っています。
地元の諏訪神社には句碑まであるという。

 

涼しさに麦を月夜の卯兵衛哉

 

麦を搗(つ)くと月をかけているんでしょうね。
こんど帰ったら訪ねてみようと思います。

 

・音絶えて天の音きく冬野かな  野衾

 

歌番組は

 

むかしの歌をテーマ別に取り上げ紹介する番組をやっていました。
いまの若い人の歌は、
旅番組で流れていれば耳に入るぐらいで、
とりたてて見たり聴いたりしません。
が、
むかしの歌となると、
つい見入り聴き入ってしまいます。
ペギー葉山さんの「南国土佐を後にして」は
まえから知っていますが、
あらためて聴いてみて、
歌の上手いひとだなあとつくづく思いました。
それと、
かぐや姫の「神田川」
テレビで幾度となく取り上げられ、
その度に見ていますが、
その度に当時のことが思い出されます。
後悔もあります。

 

・おもひではふければ痛し冬の虹  野衾

 

乾いた関係!?

 

万葉集2943番

我が命し 長く欲しけく 偽(いつはり)を よくする人を 捕(とら)ふばかりを

 

私の命は何としても長くあってほしいと思います。
嘘っぱちばかりついている人、
そんなお方を、
あとでとっつかまえて懲らしめることだけが私の生き甲斐なのです。

 

これについて伊藤博さん、

男はとかくその場あたりのでたらめを吐いて女をだますことが多い。
体のいいことばかり言って実のない男の信じがたさを戯れに痛罵した歌である。
戯画風な明るさは、
折々だまされながらも、
女が男を憎みきれないでいることによろう。
こういう歌を受け取ると、
男は女がかえっていとしく思われるのではあるまいか。
関係が乾燥していて、よい。

 

現代語訳もあわせ、
ひきつづき伊藤博さん『萬葉集釋注 六』(集英社文庫、pp.501-502)からの引用ですが、
この本には、
伊藤さん以外の主だった万葉学者の説を紹介しつつも、
断固とした調子で自説を主張している箇所が多々見られます。
男とはそんなもの、女とはこんなもの、
それは、
文献史料に基づくというより、
伊藤さんの人生に基づいているようです。
きょう引用した箇所も、そんなことではないでしょうか。

 

・児を抱いて仰げば枯るる大欅  野衾

 

ひだまり

 

秋田魁新報の文化欄に「ひだまり」というコーナーがはじまり、
数回書くことになりまして、
その第一回が今月五日に掲載されました。
タイトルは、
「母のおなかで聴いたことば」
コチラです。
日に日に寒くなってきます。
マスクとホッカイロを手放せません。

 

・冬日没るエンドロールの果つるごと  野衾

 

男の心情

 

萬葉集の2867番は、

 

かくばかり 恋ひむものぞと 知らませば その夜はゆたに あらましものを

 

現代語訳すると、

これほどまでに恋しくなるものだと、
はじめからわかっていたなら、
あの晩はもっとゆったりしていればよかったのに。

 

この歌について伊藤博さんは、
二八六七は、女と忍んで逢ったためにゆったりできなかったことを嘆く
男の歌と見える。
たまたま逢いえた夜、
周囲などに気を使ってゆったりと共寝することもできず
慌ただしく帰ってきたその夜のことが悔やまれてならないというのであろう。
「調子には女らしさが感じられる」(『私注』)
という見解もあるけれども、
「その夜はゆたにあらましものを」は、かならず男の心情である。

 

以上は現代語訳をふくめ、
伊藤博さんの『萬葉集釋注 六』(集英社文庫、2005年)448~9ページの記述。
引用文中の『私注』は土屋文明の『万葉集私注』のこと。
土屋の見解に異をとなえています。
断固たる風情で「かならず男の心情である」
という言い方に、
男である伊藤博さんの恋愛観がしのばれておもしろい。
(土屋文明も男だけれど)
万葉集をむかしの歌でなく、
変らぬ人間のこころのありようを描いた歌として、
つまり、
いまの歌としても読む視点があって
学術書ではありますが、
この本、
ふんふんと納得しながら読みつづけられます。

 

・秋深しけふをうらなふ暁烏  野衾