天才

 世に天才と呼ばれる人は数多くいるが、万人に知られていなくても天才はいるのだろう。最近読んだ本『万病を治せる妙療法 操体法』の著者である橋本敬三氏(1993年没)もその一人。橋本氏は明治30年福島県生まれ。西洋医学を修めるも、それに満足しない患者が民間医療を頼っていく姿を目の当たりにする。民間医療を施す人々を訪ね、名人と聞けば自ら頭を下げ、その技を教えてもらい集大成した。それが体操の二文字を逆にした操体法である。
 操体法の基本となる考え方は、どこかに痛みがある場合、そこを無理に動かすことをしないで、動かして気持ちのいい動きを探すことにある。「とにかく痛みから逃げる運動でよくなるのですから、全身に馬鹿力を入れずにフワーリと気持よく動いて全身運動すれば、その個所の痛みは消えるようになっているのです」。橋本氏はまた、「人間は動く建物である」ともいう。この考え方は西式体操で有名な、これも天才の誉れ高い西勝造氏も言っており、部分より全体のバランスを見ていくということで共通している。天才と呼ばれる人は、体とこころと精神を尽くし、一代で物事の本質に迫り本質をつかむようだ。そして、それはなかなか伝承されにくい。

営業スタイル

 出張している奥山さんからの電話で、大事な仕事を1本決めたとの報告あり。よかった。専務イシバシから毎日次から次と営業の要諦を聞かされている若手二人だが、なかなか期待通りにはいかない。奥が深く、マニュアル化できない難しさがある。教えられることはどうしても言葉によるしかなく、それを現場でどう応用できるか。最終的には生まれ育ちも含め、それぞれの地金の個性が現れ、相手の話をよく聞き、提案し、双方の了解へと至るしかない。地金の個性が現れるまでには、もやもやした一般的な知識が吟味され取り除かれる必要がある。難しい仕事のなかに喜びと楽しさを見つけてくれたらと願う。

膝ギャザー

 先日、カメラマンの橋本さんが来社した折のこと。いつものように、わたしの机のところでふたり椅子に座り、膝がくっつくぐらいの距離で、いろいろと仕事のことやそうでないことなどを話した。橋本さんの服装は、厚手のセーターにジーパン。その時、わたしの眼は何度も橋本さんの右膝に奪われた。椅子に座っているから、本来なら膝のところは引っ張られ丸く張られるはずなのに、そうなっていない。手のひらを膝頭にあて、そこに小さな山でも作るみたいに布が手繰り寄せられギャザーになっているのだ。
「どうしたの、それ」とわたし。
「え?」と橋本さん。
「膝」
「あ、これ。破れたから自分で縫ったんだよ」
「破れたまんまが流行だから縫うことないのに」
「それじゃダメなんだよ。破れたところから運が逃げていくから」
「そうかな」
「そうですよ」
「それにしてもさ、もっと上手く縫ったらどうなの。布が中央に寄っているし、糸もそれしかなかったの? かなり目立つよ」
「あはははは…。ここに座ってから三浦さんがちらちらちらちら見るからさ、よほど気になるんだろうなと思っていたけど、やっぱりか。そういえば、電車の中でもね、高校生たちが俺のほうをちらちら見ていたよ。俺を見ていたんじゃなく、膝を見ていたんだな」
「そうだと思うよ。ここを見てくれっていうほど目立つもの」
「そんなに」
「かなり。橋本さんらしくて、いいけどね。でも、すごいね、その縫い方。わざと布を寄せて縫ったみたいだし、普通は、……………… となるところが、- - - - - - - - だもの。高校生も見るはずだよ。あはははは…。しかし、それ、何度見てもすごいね。見てるだけで元気になるね」

標準装備

 このところ外出する時はマスクをつけている。ひいた風邪がまだ完治しておらず、菌を撒き散らすのは人迷惑な話だし、新たな菌をもらうのも避けたいからだ。
 きのう、かかりつけの歯医者に行ってその日の治療を終え、身支度をととのえ礼を言うと、いつもの歯科衛生士が、「マスクは標準装備なんですね」と言った。オプションでなく標準装備。そうか。そう言えば、前回もマスクをしていたかもしれない。頑固な歯石を岩場に張り付いたフジツボに喩えたセンスも見事だったが、今回の標準装備もなかなかと思えた。歯科衛生士の彼女、コピーライターの才能も持ち合わせているようだ。彼女のひとことで、自分が新車に変身したような気になった。

りんご

 秋田の父からりんごが送られてきた。毎年この季節になると会社に届く。知り合いが果樹園をやっていて、父はそこのりんごの木1本だけのオーナーだ。オーナーになるために最初いくらかの料金を払うと、その後収穫された果実は何年でもオーナーのものとなる。1本の木からでもずいぶん穫れるものだ。3時になると、総務イトウが皮をむき食べやすい大きさに切ったりんごを大皿に入れ部屋中央にある木のテーブルに出してくれる。控え目な甘さと適度な酸味が口中に広がる。大地の恵みをいただく。

同時通訳

 先週金曜日、イタリア文化会館で開かれた『対話が世界を変える:聖エジディオ共同体』出版記念パーティーでのこと。版元を代表して挨拶することになっていたのだが、事前に通訳の方から、同時通訳なので出来ればゆっくり話してもらえればありがたいとのコメントをいただいた。そりゃそうだろうなあと思ったから、本番ではなるべくゆっくり、ちょっと訳すのに難しいかなと思われる単語を使った時は少し間を置いてから次の話題に移った。てな調子でのんびりゆっくり話していたら、壇上右袖に立っていた司会者がツーと動いたのが目に入った。ん? と思ったら案の定、わたしのところまでやって来て、目の前のテーブルの上に紙を置き元の位置へ戻っていった。紙にはボールペンででかでかと「時間がまいりました」と書いてあった。

嗚咽

 出社し、総務イトウの机の前を通りかかると、いきなり、「藤原紀香がお笑いの陣内智則と結婚することになりましたね。吉岡美穂のできちゃった婚にも驚きましたが…」。「あ、そ」としか言えなかった。そうか。とうとう藤原紀香も結婚するか。相手の陣内智則、知的な笑いが売り物のピン芸人で、面白いところもあるが、声を出して笑うほどでもない。なんで、陣内なんかと…。いや、やめておこう。むなしくなるだけだ。出身も同じ兵庫県だっていうし、お笑いはともかく、性格は穏やかそうだから、ここは黙って祝福するしかないのだろう。くくく…。