漢字のもつ象徴性

 

象形は絵画ではない。具象というよりも、むしろ抽象に近いものであり、
それゆえに象徴性をもつ。
たとえば一本の小枝を手にもつものは尹いんである。
笹を持って舞う狂女のように、
その小枝は神が憑りつくものであり、
従って尹とは聖職者をいう。
尹がさい
(「口」という字の二本の縦棒が上の横棒よりも少し上部に突き出ている形)
によって神託を求めるとき、それは君である。
君とは女巫にして王たるものである。
文字の構造的理解には、
それぞれの形体素の含むこの隠微な象徴的表現を、
的確にとらえることが必要である。
象徴画の図形構成のうちに、
その絵のなかのことばをよみとることが必要であるように、
象形文字は
その図形の意味をよみとらなくてはならない。
漢字は古代的な一種の象徴画にほかならないからである。
(『白川静著作集 1 漢字Ⅰ』平凡社、1999年、p.198)

 

この考え方が、白川静さんのもっともユニークで画期的なところだと思います。
具体的には、
引用した箇所にもでてくる「さい」の意味を読み解いたことが、
ひとつの大きな成果だったと考えられます。
「君」だけでなく、たとえば「告」
牛(似ているとはいえ、正確には「牛」ではないのに、これまでそのように説明されてきたし、
一般的な漢和辞典には、そのように記載されています)
に口と書くわけですが、
白川さんによれば、
牛と見なされてきたのは牛ではなく枝であり、
口と見なされてきたのは口ではなく「さい」(神への祝詞を容れる器)
である。
「告」は神への切実な祈りの象《かたち》であった
ということになります。
白川さんの『字統』『字訓』『字通』が入った電子辞書
をどこかで出してくれないものでしょうか。

 

・雨上がる獸を追ひ虹の中へ  野衾

 

アラブ人と詩

 

アラブ人は非常によく詩を嗜む。詩はとくに調べを持っているので、
彼らの言葉の〔表現法の〕うちでももっとも尊ばれた。
アラブ人は詩を歴史や賢明さや高貴を収める宝庫とし、
的確な表現やすぐれた流儀を用いて詩をその天賦の試金石とした。
これはずっと続けられた。
いくつもの詩行に分割したり、
母音にかかわりなく子音の数を等しくすることによって生まれる調べは、
音楽に関する書物をみればわかるように、
種々の調べからすればほんの大海の一滴にすぎない。
しかし、
当時のアラブ人は学問や技術に通じていなかったので、
詩しか知らなかった。
砂漠の生活様式が支配的であったのである。
(イブン=ハルドゥーン[著]森本公誠[訳]『歴史序説(三)』岩波文庫、2001年、p.121)

 

イブン=ハルドゥーンは、14世紀の人。
コーランの読誦性を論じながら、アラブ人の特性を語っています。
ところで、
『アラビアン・ナイト』を読んでいると、
物語の登場人物たちがしょっちゅう詩を朗詠する場面に出くわす。
『アラビアン・ナイト』に登場する人物は、
アラブ人とは限りませんから
一概に言えませんが、
アラブ人の著名な歴史家であるイブン=ハルドゥーンの発言は、
『アラビアン・ナイト』を読むときの参考になります。

 

・夕虹の東と西や切通  野衾

 

どうして、きょうの日に?

 

まいにち少しずつ読む本がいくつかあるなかに、
ヘンリ・ナウエンの『今日のパン、明日の糧』(原題:Bread for the Journey)
があります。
このブログで何度か紹介しました。
もともと、まいにちの黙想のために書かれた本で、一日に一ページあてられています。
この本をわたしは帰宅後、
洗面所で手を洗ったらすぐに読み始めます。
疲れていても、
一ページですからすぐに読むことができ、
ルーティーンになりました。
これまでも幾度か不思議な気がしたものですが、
きのうまた、
どうしてきょうの日に、
まるでナウエンからわたしに届いた手紙のように感じるのか、
驚きと感謝とともに、
静かに読みふけりました。

 

傷ついたり腹が立つ時、あるいは誰かに無視されたり拒絶される時、
私たちは自分の内奥に抗議の気持ちがあるのを経験します。
それは激しい怒りであったり、落ち込みであったり、復讐心であったり、
自分自身を傷つけたい衝動であったりさえします。
私たちは傷つけた人を傷つけてやりたい衝動にかられたり、
自分を否定して自殺さえも考える程の引きこもりに陥ったりします。
これらの極端な反応は例外的なものに見えるかもしれませんが、
私たちの思いからそう遠いものではないと思われます。
夜中眠れずに苦しい時間を過ごす時、
私たちはしばしば人が自分に言ったり、したことに対して、
言いたかった言葉やしたかったことについて思いめぐらし続けていることに
気づくことがあります。
私たちが霊の源泉に向かって深く掘り下げ、
私たちの内にある中心に戻ってゆかなければならないのは、
まさにこの時です。
その中心は、
人々や自分自身を傷つけたい欲求を超えたところにあり、
そこでは私たちは何にもとらわれることなく許し、
愛することが出来ます。
(ヘンリ・J・M・ナウエン[著]嶋本操[監修]河田正雄[訳]
『改訂版 今日のパン、明日の糧』聖公会出版、2015年、p.255)

 

・かうもりや宿場の空を三百年  野衾

 

ある日のタクシー

 

「お願いします」
「どちらまで」
「JRの保土ヶ谷駅まで。一号線沿いですから、東口ですね」
「分かりました」
タクシーは静かに発進し、西平沼橋の交差点に向かう。
ドラッグストアでヨーグルトを買って帰ろう。
「運転手さん、凄いですねこの車。豪勢というかなんというか。とくにこのシート。
飛行機のファーストクラスみたいじゃないですか。乗ったことないですけど…」
「ありがとうございます。会社の車なんですが、まだ一台しかありません」
乗り心地抜群なのには、
ほかにも理由があった。
「運転手さん、これ、FMですか?」
「いえ。カセットテープです」
「そうですか。ジャンルだと、ボサノバ、ですかね?」
「あ、はい。お客さん、詳しいですね」
「この車の雰囲気で、思い出したことがあるものですから」
「??」
「もう三十年も前、いや、三十年は経っていないか。前に会社勤めをしていたころ、
夜中、赤羽からタクシーに乗ったことがありまして。
ビル・エヴァンスのピアノ曲が流れていました。
そのときのことを思い出しました」
「ビル・エヴァンスですか。いいですね」
「はい。いまもそうですが、当時も好きでしたから、運転手さんといろいろ話しました。
酒も入っていましたし」
「そうですか」
「きょうは酒は飲んでいませんけど、気分がよくなり、つい昔のことを」
「いや、どうぞどうぞ。興味があります」
「わたしは出身が秋田なんですが、
たまたま、
そのときの運転手も秋田出身の方で、
若いときに音楽の仕事をしたくて東京に出て来たけれど、なかなかうまくいかなくて、
ということでした」
「そうですか。わたしと同じです。出身地は違いますけど」
「あのときの運転手さんは、ピアノ曲が好きで、ジャズならビル・エヴァンス、
クラシックならディヌ・リパッティと」
「……………。母によく言われましたよ。芸は身を助く、って。
芸で食べることはとても叶いませんでしたけれど、音楽を知ってて、よかったと思います」
それからも、音楽の話で、ひとしきり盛り上がった。
タクシーは、浜松町の交差点を過ぎた。
「好きな音楽をかけていると、気分が変る気がします。
赤羽にある出版社に勤めていたころ、
保土ヶ谷から赤羽までだと、当時、一時間ちょっとかかりましたけど、
たとえば、トム・ウェイツを聴いていれば、退屈することはありませんでした。
移動の時間が色づくみたいで」
「分かります。分かります。
……………。
お客さん、横断歩道を過ぎて、タクシー乗り場に曲がったところでいいですか?」
「あ。はい。そこで降ろしてください」
メーターは1400円を表示していた。
「1400円になります」
「はい。スイカでお願いします」
と、
停めようとしたところに和服の女性が立っていて、少し先まで車が進んだ。
メーターの数字が1500に変った。
運転手が、申し訳なさそうに、
「100円お返しします」
と言った。
「いや、いいですよ。運転手さんのせいじゃありませんよ」
わたしがスイカで清算したあとで、
それでも運転手は、
わたしに100円を返してくれた。
「ありがとうございます。話ができて楽しかったです」
「わたしのほうこそ。楽しかったです。また、機会がありましたら、ご利用ください」
ドアが開き、わたしが降りると、
さっきの女性が、
「よろしいですか?」と言いながら、
すれ違いざまに乗り込む風情。
わたしは身をかわし、タクシーから離れて、横断歩道に向かった。
信号が青に変り、歩き始めて、ふと後ろを振り返ると、
さきほどのタクシーがいて、
運転手がわたしに手を振っていた。
体を斜めにしながら、お辞儀をし、それから急ぎ横断歩道を渡った。

 

・さびしさは世界の図なり秋の風  野衾

 

楽はいやす

 

楽のもとの字は樂ですが、この字の由来について、白川静さんの説は、
つぎのようであります。

 

歌舞には、楽器がつきものであった。楽の本字は樂。
神楽かぐら舞いのときもつ鈴の形である。
小鈴をつけ、手に持って、舞踊や所作に合わせて振るのである。
楽は神を楽しませるものであった。
楽の音は神の霊をよび出し、邪霊を祓うためのものであった。
神に供える犠牲についても、清めのために歌舞を加えた。
(『白川静著作集 1 漢字Ⅰ』平凡社、1999年、p.128)

楽には邪霊を祓う力があり、病気もこれでなおすことができるとされていた。
治療の療は、古くは疒《やまいだれ》に樂をかいた形であった。
[詩経]の陳風ちんぷう[衡門こうもん]に「樂飢らくき」という語がある。
隠者が世に隠れていることを歌う詩で、
飢渇きかつにも憂えぬ意とされているが、
飢は欲望の不充足、楽は療の意でいやすこと、詩は水辺のデートを歌うものである。
(同上)

 

『白川静著作集』第一巻の冒頭に収録されているのは、
かつて、白川さんが還暦の年に岩波新書から刊行された『漢字』。
当時その衝撃度はいかばかりであったかと、
想像するに余りあります。
先日、
『秋田魁新報』で作家の内館牧子さんが、老齢の母堂を病院に訪ねた折の記事がありました。
そこに、
軽快な秋田民謡を内館さんが歌うと、
お母さまがとても喜ばれたエピソードが記されていました。
歌の本質が端的に表れていると思ったものですが、
音楽の楽のもとが樂であることを知ると、
なおいっそう、
秋田弁でいうところの「うだッコ」の力を考えずにはいられません。

 

・夏深き草のかをりの青きかな  野衾

 

一日のことば

 

傷ついた鹿は一番高く躍り上がると
狩人のいうのを聞いたことがある
それはただ死の法悦にすぎなく
やがて叢くさむらは静かになる

 

砕かれた岩はいずみをほとばしる
踏まれた鋼はがねは跳ねかえす
頬は病に冒されると
かえって紅くなる

 

陽気は苦悩のよろい
なかでそれは注意ぶかく守っている
だれかが血を見付けて
“傷ついている”と叫ばないように

 

わたしが一日一章ずつ読む本に、
大塚野百合・加藤常昭編『愛と自由のことば 一日一章』があります。
日本基督教団出版局から
1972年12月15日に発行されたもので、
ネットで検索すると、
装丁が新しくなったものが今もでています。
需要があるのでしょう。
もう五年ぐらい
毎日読んでいますが、
同じことばが、
年によりちがった印象を受け、おもしろく感じます。
引用したのは、
エミリー・ディキンソンの「傷ついた鹿」という詩で、
新倉俊一訳『世界詩人全集12 ディキンソン・フロスト・サンドバーグ詩集』
(新潮社、1968)から採られています。
7月19日のページ。

 

・森閑と人も集まる夜店の灯  野衾

 

タヌキ御殿山!?

 

先週の土曜日、休日出勤の帰宅時でしたが、家の近くの階段を上りながら、
立ち止まり、ふと横を見ると、
タヌキが二匹。
一匹ならこれまで何度も見ているので、
さほど驚かないのですが、二匹でしたから目を剥いた。
と。
板敷居の下の破れたところからまた一匹。
さらにつづいてまた一匹。
あわせて四匹。
わたしのテンションはもはや爆上がり!!
あとから家の人が現れたので、
「タヌキが四匹もいるじゃないですか」
「そうなの」
「すごいですね」
「そう」
「猫の餌を食べに来るんですかね?」
「そうなのよ」
「は~。野生のタヌキを四匹も、こんな間近で見るなんて初めてですよ。
秋田の田舎でもありませんでしたから」
「そうですか。ほんと困っちゃうわ」
というようなことがありまして、
一日の疲れが一気に吹っ飛んだ。
会話しているときのわたしの声がよほど大きかったのか、
途中、
階段を下りてきた男女のカップルが、
くすくす笑いながら、
私の横をすり抜けていきました。

 

・時報打つ祖父の肋《あばら》の端居かな  野衾