小社HPにてコラム「裸足のキャンベラ」を書いてくれている恵子さんから会社に電話。どこから? と訊いたら、キャンベラからだった。
四年間のオーストラリア暮しに終止符を打ち、ご家族で日本に帰ってくることになったそうだ。感慨もひとしおだろう。かつて、わたしの家に遊びに来た時、ラーメンの丼に顔を突っ込み、汁を最後まで飲むべく丼をきつく掴んで放さなかった子供らも大きくなったろう。小学校五年生と二年生とか。日本の学校に入り直してとなると、子供にとっても大変だ。
友人と呼べるひとのことを考えると、人生の時間は短いとこの頃よく思う。ある時期に知り合って、それから長く付き合うようになる者同士には、五年十年なんてあっという間だ。恵子さんも侍ミュージシャンの上田さんも秋田の我が家に遊びに来たことがある。あの頃はまだ祖父母も元気だった。ひょうきんな祖父は、朝、毛糸の帽子を被り飼っている鶏に餌をやりに行くのに、ゴム手袋をした手をサッと上げ、おどけて見せた。
年をとるに連れ、時間が早く感じられるというのは本当だ。
今いる者たちで相乗効果を図りつつ怒濤の年を乗り越えようとしているが、おかげさまで、次つぎ魅力的な原稿が寄せられ、さらに面白い仕事と会社をつくるべく編集者を募集する。
詳細はホームページのトップ左上から入ってもらうことにして、わたしの気持ちとしてはこうだ。
昨日たまたま書店営業を委託している業者の方が来社し、いろいろ話を聞かせてもらったが、どこの版元もますます苦しいらしい。在庫管理と取次への流通をお願いしている業者に尋ねても、それは同じ。インターネットが普及し、いよいよ空気みたいなものになり、機械音痴のわたしでもパソコンなしでは夜も日も明けぬようになっている現状を鑑みれば、推して知るべしで、本など売れるはずがない。
そこで、馬鹿の一つ覚えで言うわけだが、小社としては、これからもとことん文章にこだわっていきたい。文章を読み、書き、することで人と会社を磨いていこうと思う。文章はおもしれえぞー! だれかにすがるわけにはゆかぬ。不安と危なさを孕みつつ行くしかないが、そうであれば余計、読んで書くしかない。人の文章を自分の文章として読み、自分の文章を他人の文章として読む。校正、校閲がますます重要になってくる。誤植は減らす。曖昧さを廃す。自己嫌悪に満足しない。人の話をよく聞く。ジャンルにこだわらない。好奇心旺盛でありつづける。
どしどしご応募ください。
若頭ナイトウが傑作短篇小説集『ヨコハマ ヨコスカ 幕末 パリ』の打ち合わせで飯島耕一さんに会った時、飯島さんが、「三浦君は声がでかいねえ」とおっしゃったそうだ。「はい」とナイトウ。すぐに「でも、いまはちょっと風邪をひいているようです」と付け加えるのを忘れなかった。すると飯島さん、「三浦君でも、風邪をひいたりすると少しは意気消沈するのかね」とおっしゃったとか。アハハハハ… 飯島さんがカラカラと笑う顔が目に浮かんだ。ありがたいことです。風邪ばかりでなく色々なことに触れては意気消沈し、笹船のごとくに揺られ通しなわたしです。にんげんだもの。アハハハハ…
そうそう。おーい、中島さーん。ありましたありました。相田みつをのめくりと片岡鶴太郎の絵をダブルパンチで飾ってある店がありましたよ。ボクシングの元世界チャンピオンの人がやっているラーメン屋で、元チャンピオンだけあって、ワンツーアタックって感じでさ。アハハハハ… 驚きました。今度横浜に来たら一緒に行こうよ。
後段については、本欄1月30日のコメントをご参照ください。
風邪もだいたい治ったろうということで、昼、勢いつけて太宗庵へ行き、肉うどんとご飯と温泉卵を頼んだ。
ところが、半分も食わぬうちに体内から変な汗がどっと吹き出し、どうしても食べ切れず、大好物の肉うどんを初めて残した。お勘定の段になり女将さんにわけを話すと、女将さん「おやおや。そうですか。まだ本調子じゃないんですよ。気を付けてくださいよ」
三日間寝てばっかりで小食だったのが、いきなり肉うどんとご飯と温泉卵では胃もびっくりということなのだろう。体は正直だ。
紅葉坂を上り、教育会館に戻ったら、玄関のところで会館の事務長に会った。会うなり「風邪ですか」と訊いてきた。わたしの顔がよほど青白かったのだろう。「気を付けてくださいよ。事務所のS、知ってるでしょ。昼飯食ったら戻しましてね。そいつはいけねえってんで、そのまま医者に行かせましたよ。今年の風邪は長引くそうですから、用心に越したことはないです」
夜、ちょいと一杯ひっかけたら、これが美味かった。理由ははっきりしている。三日間、酒を一滴も飲まなかったからだ。体は正直だ。
熱も引き、風邪は概ね治ったようだ。が、立ち上がると、どうも心もとない。足元が少しふらつく。人間以外の動物は生まれるとすぐに立ち上がるが、気分としてはあんな感じで。それに、体と心の統一感というものがまるでない。エネルギーがみなぎってこない。へなちょこだ。風邪をひく前と後では皮が一枚剥がれたような気がする。皮膚が妙に生々しく、不精髭が藪のように生えてきた。髭。髭。髭。髭が生え、か。冗談言ってる場合じゃねえし…。やることは山ほどあれど、今日は慣らし運転のつもりで過ごそう。
風邪には休息が一番ということで、起きては休み起きては休みしていると、昨日のような変な夢は見るし、喉は乾くし、頭はボーとするしで、いつもと違う休日を過ごしているわけだが、ひとつ気になることが発生した。それは、ホコリ。寝ているあいだに増えている。絶対に!
そんな馬鹿なと思われるだろうが、わたしもそうは思うのだが、たしかに気のせいだとは思うが、そうに違いないのだが、でも、普段に比べて布団を敷いている時間が長く、寝返りを打つ回数も多いはずだから、あながち気のせいとばかりも言えない気がして、とにかく絶対ホコリが増えている。
そうすると、このホコリ、布団から発生したのかもしれないのに、じっと見ているうちに、わたしの体の中から発生したのではないかと思えてくるのだ。体の中の過剰がホコリとなって吐き出されたのではないかしらん…。
それと、目が覚めて気になるのは、マットレスと敷布団が微妙にズレていること。そうすると、風邪で体を余り動かしたくないのに、どうも気になってピチリと合わせたくなる。ところが、この単純作業、結構手間がかかるのだ。ウワッ! 寒ッ寒ッ! と言いながら、それでもマットレスと敷布団だけ手早く合わせるというわけにもゆかず、まず、上の毛布や掛布団を外し、それからでないとなかなかピチリと合わせにくい。ま、そういうことを考えると、休んでいるのに結構忙しいし、それぐらい体が動くのだから、元気になっているのだろう。
風邪をひき熱にうなされ眠ったせいか、変な夢ばかり見た。
あれは故郷秋田の駅か昨年社員旅行で訪れた函館の駅、あるいはそれが合成されたような雰囲気の駅で。喉が乾いていたわたしは「美味しいソフトクリームあります」の看板に目を奪われ、さっそく一つ買うことにする。
間もなくビニールの筒状のものを渡され、訝っていると、「480円になります」と売店の娘は言った。ソフトクリーム1個480円は高過ぎやしないか。でも、わたしにだけ高く言うはずはないから、仕方がない。何か特別の材料と製法で作り高価なものになっているのだろう。財布から500円玉を出して娘に渡し、お釣りを貰う。
さて、ソフトクリームだ。普通ならコーンに入っているところ、480円もするそのソフトクリームは、まるでジュンサイでも入っているようなビニールの筒に入っており、端を破ってチューチュー吸わなければならない。チューチュー、チューチュー、チューチュー。顔をひょっとこのようにし、いくら吸っても、泥水のような味がするばかりでちっとも美味くない。が、なんだこの味は! と怒鳴る気力もない。もう何もかも無意味なような気がしてきた。
グジュグジュになったビニールの筒をゴミ箱に捨て、それから電車に乗った。
ふと思った。あれは、そのまま食べるものではなかったのでは。あれを材料にし、自宅の台所でソフトクリームが作れるという代物ではなかったか…。とは言っても、戻って確かめる気力もなく、粗忽な自分がほとほと嫌になり、今にも雪が降ってきそうな鉛色の空を窓からぼんやり眺めていた。体の芯がますます熱くなってくるようだった。