たのしい『和漢三才図会』

 

思うに、野豬《いのしし》は怒れば背の毛が起《た》って針のようになる。
頸《くび》は短くて左右を顧みることはできない。
牙に触れるものはなんでも摧《くじ》き割ってしまう。
もし猟人のために傷つけられ去っていこうとしているときに、
人が野豬をののしって、
「汝、卑怯者よ、どうして逃げて行くのか、引き返せ」
というと、
大へん怒ってすぐに引き返してきて、進んで人と対し勝負を決する。
それでこれを勇猛な勇士にたとえる。
ただ鼻と腋とを傷つければたおれ死ぬ。
(寺島良安[著]島田勇雄・竹島淳夫・樋口元巳[訳注]『和漢三才図会 6』東洋文庫、
平凡社、1987年、pp.67-8)

 

『和漢三才図会』は、
中国、明の時代の王圻《おうき》撰による『三才図会』に示唆を得て書かれた
江戸時代の、
天地万物についての、いわば百科事典。
鍼灸の天才・澤田健が弟子に語ったことばを録した『鍼灸真髄』
のなかで、
澤田先生、『和漢三才図会』を評し、
あのような名著は、
一度読んで済むものではなく、何十回、何百回でも読んで、
学ばなければならない、
みたいなことを語り、
弟子は、
そのことばを緊張した面持ちで聴いたふうでしたから、
それなら、ということで読み始めました。
18巻ありますから、
まあゆっくり。
と、
いたって真面目な書きぶりのなかに、
真面目な書きぶりだからこそ、なんとも滑稽で、噴き出してしまう記述に出くわし、
いい気晴らしになります。
著者は寺島良安。
一説に、
生まれは、いまの秋田県能代市
とのことですが、
同県出身者のわたしとしては、
こんな面白いものを書くひとが先輩にいたということで
誇らしい気持ちになるけれど、
どうも、
はっきりしないところがあるようです。

 

・呆として百年老いぬ冬ぬくし  野衾