かなしさの味

 

個人的な友だちの場合、ことばの意味だけでなく、心情までが伝わる気がして、
だから友だちなのかな、と思うことが多い気がします。
それが仕事となると、なかなかそうはいかず、
というか、
むしろそんなことは意識しなくても、
かつて「報告」「連絡」「相談」のアタマの文字から
「ほうれんそう」が仕事をするうえで大事だ、
などと言われたりした
(わたしも若いころ、勤めていた会社の社長と懇意にしていた人が、
その言葉を口にするのを直に聞きました)
ように、
情報、
すなわち意味が正確に伝わることが何より大切であるようです。
ところが実際に仕事をしてみると、
これがなかなか難しく、
会社の外でも中でも、
伝えたいことが過不足なくちゃんと伝わる、という風にはいきません。
それが心情となれば猶更。
しかし、
こちらの話していることがちゃんと伝わった
ようだ、
と感じられるだけでなく、
相手の受け答え、
表情から、
こちらの伝えたいことばの意味が、それを下で支える心情とともに伝わった
と感じられる瞬間が訪れ、
うれしく、またすぐに、
悲しいような、
妙な具合の感情が不意にもたげてくることが、
ごく稀にありまして。
「おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉」
という芭蕉の俳句に準えていえば、
「うれしうてやがて悲しき対話哉」
であります。
涙は追いつけません。

 

・焼薯を買うて頬まで弛みたり  野衾