風と水

 Dr. コパの風水かよ? そうではなくて。
 会社経営の要諦は、世の動き、風の流れを事前に察知し進むべき方向を違えることなく生産活動にいそしむことである、みたいなことをよく聞く。がしかし、風の流れを読むということは相当の匠(たくみ)か経験を積んだ知恵者でなければできぬ業。だから、「風を察知」といわれても、日経を読むぐらいが関の山で、自分の小さな会社にどんな風に応用するかとなると、途方に暮れてしまう。そんなことよりも水だ。
 風のイメージが天才を思わせるのに対して水は、もっとゆったりしており、でも確実にそこにあり、後から効いてくるイメージがわたしにはある。富士山に降る雨が土を湿らせ地下へもぐり、何十年も経た後に湧水となって三島の町を潤すような時間の恩恵を感じさせる。
 風でなく水のイメージはまた人と人のつながり、縁をも感じさせる。縁を大事にするということは、すぐに仕事に繋げようと考えることではないだろう。肩の力を抜き、まぁ、よく相手の話を聞くし自分の感じているところを素直に、しかし失礼のないように忌憚なく話すことではないかと思う。意匠はこのごろとても嫌でうっとうしい。頭で考えないわけではないけれど、ぴりぴりアンテナを張ることを極力廃したい。それよりも、流れ流れて足下の水を感じ、その水の流れに身をまかせて行くほうがなんだか楽しい。そんなことを考えていたら、本当に北上川や源平川、鴨川が仕事の射程に入ってきたから、こりゃつくづくおもしれぇなあと思うのだ。