京の水

 夢で京都に行ってきた。京都は川と水、川がなければ死んだも同然…。枯れ野を走るタクシーの運転手がそう言った。
 高校の修学旅行以来だからちょうど三十年ぶり。いろいろ回ったなかで、金閣寺よりも銀閣寺よりも、清水寺がその後たびたび夢に現れ、細部にわたってしっかりと映像が目に焼き付いている。
 参道に並ぶ店店の賑わいも三十年前とちっとも変わらずそこにある。靄に煙る京の山々が千年のパノラマを見せてくれる。若い娘たちはタンクトップ姿で左手階段を登り縁結びの神様へと急ぎ、杖と笠を手に持つお遍路さんたちは喉を伸ばし長いひしゃくで不老長寿の水をゴクゴク飲んでいる。寸分たがわぬ景色にわたしは見とれていた。
 立木のなかを樹液が絶えず流れるように、体にも流露するものが流れているということか。
 石の道 雨呑み込んで 秋を待つ
 かんざしの 目元すずしや 初舞妓