めでたい

 折れた鎖骨の治癒の具合を診てもらいに仙台へ。結論。95%の治癒率。パチパチパチパチ…。めでたい。が、新幹線の中で澤木興道『禅談』を読んでいたら、正月「おめでとうございます」と言った弟子に「何がめでたい。何がめでたい」と澤木が詰め寄る場面があり、めでたいもいろいろで、一喜一憂するめでたいとは異なるめでたいを澤木という人は言っているのだなと思った。
 診察が終わり、一ヶ月後の予約を済ませて外へ出る。近くの肉料理のお店で昼食を取るのがならいになっているのだが、数度足を運んでいるためお姉さんたち私の顔を覚え、「ベルト、取れたんですね。おめでとうございます」と声をかけてくださる。「ありがとうございます。いま診察が終わり、そのまま来ましたが、外出するときはまだ着けていなければなりません」
 いつもなら店を出てそのまま仙台駅へ直行するところ、ふと思い出し、大学時代からの友人Wがいる会社に電話。二人ぐらい取り次いで出るのかと思ったら、いきなりWが出たから驚いた。いま仙台にいることをかいつまんで説明し、お母さんに挨拶にうかがいたいがどうだろうかと言うと、W、とても喜んでくれ、実家の電話番号を教えてくれた。さっそく電話し名前を告げるも、すぐには思い出せなかったようだ。大学を出て以来会ったことがないのだから仕方がない。住んでいたアパートがWの家の近くで、あの頃はよく行ったり来たりしていた。
 タクシーで家の近くまで行ったのだが、四半世紀も経っているから記憶の中の景色とすっかり変わってしまっている。角の酒屋に入り道を尋ね、外へ出て歩いていたら帽子を被った女性が片手を額にかざしてこちらを見ている。Wのお母さんだった。
 オレンジジュースとコーヒーをご馳走になる。学校を出てから今日までのことを簡単に説明し、Wとはたまに会うことがあると告げた。ニコニコした笑顔は記憶のまま。いろいろ忙しくしていて一人でも寂しくないとか。間もなくWの弟さん家族が遊びにくる予定で、そのあと、若い時からの友人5人で一泊二日の温泉旅行に出かけるらしい。「人生は短いわよ」ぽつりとおっしゃった。
 大学時代、正月Wが秋田の家に遊びに来たことがあった。豪雪のため電車が陸中川尻で足止めを食い、結局その日は今のJR(当時まだ国鉄)が紹介してくれた秋田市のホテルに泊まった。翌朝、ホテルでWに会い、連れ立って確か男鹿半島へ向かった。思い出したように車の通る人のいない雪道をひたすら歩いた気がする。あれから三十年近くになる。