生きる不思議

 斎藤卓志『刺青墨譜 ―なぜ刺青と生きるか』完成。写真をふんだんに入れてはいても、これまでのいわゆるビジュアル系「刺青本」と異なる本をと念じてきた。民俗学の谷川健一さんからいただいた推薦文中「殉教者の法悦境」という言葉があり、これだと思った。愛知県で見つかった人面文土器の模様を現代人に再現したメークをアレンジした装丁は、「殉教者の〜」と相俟って、刺青と生きる不思議を演出している。
 刺青に興味を持たない人間にとって、刺青をしている人の気持ちはなかなか分かり得ない。斎藤氏は、聞き書きという手法によって、その辺のところを丁寧に掘り下げ記述していく。著者の案内にしたがい読み進むうちに、刺青をする人の気持ちがだんだんと見えてくる。というよりも、いままで蚊帳の外だったはずの刺青が次第に親しいものに感じられ、「刺青」という形はたとえとらなくても、そこへ向かうこころの志向性は誰にとっても了解可能と思えてくる。自分で編集して言うのもなんだが、この本は、「刺青」という一見特殊なテーマを扱いながら、だれもそこから逃れられない「生きる不思議」について解き明かし普遍へ至ろうとする労作だと思う。
 撮影のために伊勢佐木町から来社された姉妹が、撮影終了後の打ち上げで、「刺青が偏見なく見てもらえるようになったらありがたい」と言ったのが耳に残っている。