ラ・フランス

 お中元のシーズンで、このところ、冷たいものや甘いものや採れたてのものや百薬の長やをありがたくいただいている。
 昨日、山形の工藤先生からラ・フランスが届いた。ラ・フランスとは西洋梨の一種で山形が特産。このあいだ幻の酒「十四代」をいただいたばっかりなのに今度はラ・フランスか。申し訳ない。でも、ありがたい。ここで気づくべきだった…。
 アルバイトで来ている千葉修司に、ラ・フランスの一番美味しい食べ方を説明しながらダンボール箱を開けにかかった。ガムテープで頑丈に包装してあり、なかなか蓋が開かない。二人がかりでガムテープを剥がし、中からまだ熟していないラ・フランスが… と思いきや、さにあらず。紙袋。はん!? なぜに紙袋。おかしいではないか。そんな二重にも包装する必要があるだろうか。
 ここに至って豁然と閃いた。「こ、こ、これはラ・フランスじゃない!」。微塵も疑っていなかったから、自分の愚かさに呆れ、腹から笑うしかなかった。隣りの隣りの会社まで聞こえるような爆発的な笑いがようやく落ちついた頃、総務イトウが冷ややかな目でわたしに言った。「ラ・フランスの季節じゃないでしょう今は。それに、ラ・フランスなら、ガムテープではなくホッチキスで蓋が止まっているはずです」。冷静な分析。おっしゃるとおり。
 夏、お中元の季節、ラ・フランスと書いたラ・フランス発送用のダンボール、ラ・フランスは山形特産、工藤先生から前にいただいたことがある。というような情報がわたしの頭の中を経めぐり、一つところに収斂し、これは絶対ラ・フランスにちげぇねぇと思ってしまったのだ。げに、思い込みというのは恐ろしい。
 ちなみに、ラ・フランス発送用のダンボールに入っていたのは、ラ・フランスではなく、『新井奥邃著作集』第10巻に収録を予定している墨跡の写真資料だった。