勇気りんりん

 『イーリアス日記』の著者森山康介さん来社。『イーリアス』はホメロスが書いたとされる叙事詩で、森山さんはこれを一年かけてギリシャ語原典で読まれた。『イーリアス日記』はその読書記録である。
 日々の暮しと神々が織り成す壮大な世界が丹念に記述され、現代に生きるわれわれの日常、時代が変わっても生死の境を越えられない人間の様が『イーリアス』を鏡として浮かび上がる稀有の日記だ。文章がまた簡潔でユーモアに満ちており、『イーリアス』の翻訳書と合わせて読むことで、これまで遠ざけてきた古典中の古典が味わいぶかく読めるようになる。そういう勇気を与えてくれる日記でもある。
 森山さんは無人島に一冊持って行くなら『イーリアス』とおっしゃる。会社づとめをしながら、『イーリアス』を原語で読んでこられた。それがまず凄い。いろんな事務処理をして電話対応をして会議にも出席して書類に目を通し書類を作成し手紙を書いて今どきだからメールをチェックしインターネットで検索し、昼食をとり、また会議に出て事務処理をして電話対応をして書類に目を通し書類を作成し手紙を書いてメールをチェックしインターネットで検索して、ほんと身もこころも疲れているだろうに家に帰ってギリシャ語! 考えられない。凄い! ほんとうに凄い!
 ぼくは語学がからっきしダメだった(今もダメ)から、外国語に精通した人をみるとそれだけで尊敬してしまう。しかも英語やフランス語やドイツ語や中国語ならともかく、ギリシャ語だというから恐れ入る。ところが、どんなこわそな人かと思いきや、森山さん、いたって気さく。きのうは『イーリアス日記』の出版を記念し、最近春風社御用達みたいな感のある小料理千成で、本にまつわる話をいろいろうかがい、わたしもしゃべった。楽しかったぁ。森山さんはもちろん無類の本好きだが、我も本好き、と改めて感じた。紙に文字が印刷されていなければ本ではない。あたりまえ。でもそれって大事。紙なんだよ紙。電子ブックじゃなく。見えてきたぞぉ〜。
 『イーリアス』か。学生時代、岩波文庫で読んで途中で挫折したから、『イーリアス日記』を道しるべにもう一度挑戦してみようと思う。もちろん翻訳でだ。