川と馬

 『北上川』の編集で出社。この写真集には、北上市の有名な馬市のほかにも、荷を運ぶ馬、石切り場の馬、チャグチャグ馬っこ、絵馬など、よく馬が登場する。馬は農家にとってかつて重要な家畜で、農耕馬としてはもちろん、移動手段、運搬手段、祭の主役、遊び友達でもあった。
 わが秋田でも昔はどこへ行っても馬がいたものだ。わたしが小学六年の時に父は初めて自家用車を買った。もちろん中古。タクシーで使った車だった。父は嬉しかったろう。それ以上に嬉しくはしゃいだのはわたしと弟。これからは父の運転する車に乗ってどこへでも好きなところに行ける! めまいがするような興奮と期を同じくしてわたしの家から馬が消えた。どの農家も自家用車を持つようになり、農耕を馬でなく機械に頼るようになって村から馬が消えていった。その激しい変化からまだ半世紀も経っていない。
 日本の馬は、たとえばユーラシア大陸を駆け抜ける馬とは異なり、水田の中へ入って働く。川から田へ水が引かれるようになることは生産力を格段に飛躍させるが、そうなれば馬の必要性はますます高まる。また日本の場合、川は山と山の狭間を流れるから、河口近くに集荷された荷物を山間へ運び、反対に、山から運び出される材木などの荷物を運ぶのは馬に頼るしかなかったろう。海上交通が飛行機に取って替わられるように、陸上の交通は馬から自動車に取って替わられる。写真にのこされた物言わぬ馬の表情が東北地方の激しい変化を雄弁に物語っている。