Archives : 9月, 2005

新刊三点

 『刺青墨譜』『北上川』『赤十字の父 アンリー・デュナン』と三点つづいて、できてきた。
 統一は取れていない。不統一の統一。自嘲でなく、そこがウチらしいのかもしれない。いろんなものを手作りで作るから、楽しいし、それぞれに愛着がある。本も商品だから売れなければ意味がないけれど、六年やってきて思うのは、宣伝広告費(ウチは微少)を使って不特定多数に売るよりも、まず著者に喜んでもらえる本作りが一番だということ。著者が喜んでくれれば、それが核となって必ずじわりと反響が広がるものだ。そういう売れ方についてならカウントできる。そのことを大事にしたい。
 きのうの夜、『刺青墨譜』の著者である斎藤さんが奥さん同伴で来社された。筑波に用事で行かれた帰り、貴重な時間を割いてわざわざお礼にみえられた。ありがたかった。こちらこそ、いい本を作らせてもらってありがとうございましたとお礼を申し上げた。別れ際「これからもよろしくお願いします」と挨拶すると、斎藤さん「こちらこそ」と。頭を下げられたその姿勢が決まっていて身に染みた。
 今日はまた元気じるしの橋本照嵩が来る。写真集『北上川』の出版を記念し内輪のパーティーをやることになったのだ。橋本さん、故郷石巻の笹カマ屋に連絡し、笹カマを本日着で送ってくれた。笹カマは仙台がつとに有名だが、元々は石巻が産地だそうで、そこに仙台の資本が入っていったということらしい。
 橋本さん、入口のドアを明けると、「よっ。よっ」と手を上げみんなに挨拶しながら真っ直ぐわたしのところまで進んできて「どうもどうも」と言って右手を差し出す。わたしも右手を差し出して握手。それが毎度恒例になっている橋本さんとの挨拶。

模様替え

 社員が増えたことに伴い、より機能的に仕事をするべく室内を全面的に模様替えした。移って来た当初、人数が今の半分だったこともあり、「なんだ、ずいぶんだだっぴろいなぁ」の感想を持ち、椅子や机やパソコンをどんな風に配置しようがスペースは十分余っていると思われたのに、これをこっち、あれをそっち、パソコンはここと、みんなで知恵を出し、やりくりしなければ立ち行かなくなった。縁あって集う一人ひとりが誰も仕事から疎外されず、自発的に仕事のできる環境を維持したい。
 ところで、おいらの机は元のまま。に対して、壁際に並ぶ編集部の机がぐいと押されたことにより、武家屋敷の机が限りなく窓へ近づき、おいらを左後方から眺める(?)位置に来た。いままで、みんなに隠れて何かしていてもバレなかったのに、これでは動物園のゴリラ状態。ひたすら仕事に没頭するしかない。どうしてもというときには、机の下に潜ればいいか。
 それはともかく、模様替えした後の部屋をおいらの位置から眺めると、前に比べてさらに整然としたためだろう、遠近法が効いて、入口がはるか遠くに見える。喩えて言うなら、秋と冬。それぐらいの隔たりを感じる。なかなかだ。

 急に。きのう、おとといまで暑いなぁと思っていたら、ほんとに急に、涼しく、というか、寒く、なった。
 朝、会社まで歩くようになってまだ二週間しか経っていないが、坊主頭がいかにも野ざらし状態でいたところ、先日テレビで米倉斉加年さんが帽子を被っているのを見、そういえば、ウチのたがおも千葉修司も帽子を被っていたことに思いあたり、嬉し恥ずかし帽子を買って、ひょいと頭にのせて歩いている。いままで空あたまだったのがいきなり帽子では可笑しかろう。笑う人もいるけれど、概ね好評でまずは一安心。帽子を被るなど何十年ぶりか。中学のときの学生帽以来だから相当なもの。
 新しいことを始めるのは、いくつになっても少しワクワクで嬉しいものだ。

生きる不思議

 斎藤卓志『刺青墨譜 ―なぜ刺青と生きるか』完成。写真をふんだんに入れてはいても、これまでのいわゆるビジュアル系「刺青本」と異なる本をと念じてきた。民俗学の谷川健一さんからいただいた推薦文中「殉教者の法悦境」という言葉があり、これだと思った。愛知県で見つかった人面文土器の模様を現代人に再現したメークをアレンジした装丁は、「殉教者の〜」と相俟って、刺青と生きる不思議を演出している。
 刺青に興味を持たない人間にとって、刺青をしている人の気持ちはなかなか分かり得ない。斎藤氏は、聞き書きという手法によって、その辺のところを丁寧に掘り下げ記述していく。著者の案内にしたがい読み進むうちに、刺青をする人の気持ちがだんだんと見えてくる。というよりも、いままで蚊帳の外だったはずの刺青が次第に親しいものに感じられ、「刺青」という形はたとえとらなくても、そこへ向かうこころの志向性は誰にとっても了解可能と思えてくる。自分で編集して言うのもなんだが、この本は、「刺青」という一見特殊なテーマを扱いながら、だれもそこから逃れられない「生きる不思議」について解き明かし普遍へ至ろうとする労作だと思う。
 撮影のために伊勢佐木町から来社された姉妹が、撮影終了後の打ち上げで、「刺青が偏見なく見てもらえるようになったらありがたい」と言ったのが耳に残っている。

瞬間冷凍マジック

 このごろ流行りのマジックスパイスのカレーをインターネットで注文し食してみた。店で食べるのとほぼ同じという触れ込みどおり確かに美味い。が、当然のことながら「ほぼ同じ」であって「全く同じ」ではない。旨みについてどうこう言うつもりはない。さすが瞬間冷凍のなせる技と驚きもした。が、なんだろう。なにかが違う。どこがどうと指摘するのは難しい。全体的な問題で、要するに「キレ」。
 スープカレーのキモは、スプーンに薄く掬い上げたひとくち目のスープを口中に含んだときのスパークする辛さにあるとわたしは思っている。その瞬間が決め手なのだ。あとから美味さがぐいぐい押し寄せてくるとしても、立ち会いにおけるキレと美しさがなければスープカレーとしては一段劣る。スタートダッシュで出遅れた馬が後からいくら追い上げても、結局鼻差で負けるようなもの。
 噂によれば、マジックスパイス下北沢店では平日の夕方でもずらり人が並ぶそうだから、それを考えたらネット注文も偶にはありと思うが、瞬間のキレを楽しむためには、やはり直接足を運ぶしかないかと諦めた。

Archives

You are currently browsing the 港町横濱よもやま日記 blog archives for 9月, 2005.

三浦衛(みうら・まもる) 春風社代表にして自慢大王&悪ノリ大王。体調のいいときは自らを天才と称し、不調の折はちりあくたにも劣るヤツとしょんぼり。

2005年9月
« 8月   10月 »
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
過去の日記
最近のコメント
三浦衛の本


『カメレオン』
 三人ときどき声にならぬ声を洩らし/とろけ とろけ 唾までとばし/クヂるとナメるとネヂるとチョす…(「鳶」) 自在に色を変え、不意に突き刺さる、軽妙なことばの戯れ。秋田方言満載の詩集。本文は金属活字による活版印刷。


『マハーヴァギナまたは巫山の夢』
 三平佐世夫は、千一夜の夢うつつで女と戯れ、印度に旅し、睾丸を抜かれ、鰐を飼い、横浜を彷徨う。言語の崖っぷちを綱渡りする、めくるめく冒険。本文活版印刷に美麗造本を施した平成の大奇書。


『父のふるさと』
 父の目に映じた故郷の風土、ひと、くらし、農事を、愛惜をこめ描きだす。本文は金属活字による活版印刷。「身と蓋函」に納める。


『出版は風まかせ』
 横浜の出版社「春風社」社長が本づくりと会社経営にまつわるエピソードを豊富におりまぜ、創業から10年を振り返る。