僕が本気で学問をはじめたのは、日本の敗戦のあとですね。
これは、学問で彼ら中国人の尊敬を獲得する以外にないと思った。
以来約五十年になります。
漢字のことなら、
後漢の許慎が『説文解字』(最古の漢字字書)を書いてから僕まで千九百年、
その間、ずっと見渡してみると、誰もいませんね(笑)。
許慎が『説文解字』を書いた時には、
甲骨文や金文は地下に埋もれていた。
それであれだけの体系を立てたというのは、
やはり偉大であったと思うんです。
もし許慎が今生きておれば、
おそらく僕と同じ仕事をして、同じ結論に達したと思います。
(白川静『白川静 回思九十年』平凡社、2000年、p.146)
白川静は、福井県出身。
上の文章もそうですが、
おどろくのは、白川さんの時間に対する考え方、徹底した時間の使い方。
『字統』など画期的な漢字字書の刊行により、
毎日出版文化賞特別賞をはじめ、いくつかの賞を受賞し、
授賞式のために東京に出向いても、
宿泊することなく、
即日京都の自宅に帰ったのだとか。
呉智英(くれ ともふさ)がインタビューで
「大陸には行こうとは思われないのですか。」
と質問したところ、
白川さんは、
「行ってみたいとは思いますが、やはり日本が大陸でしたことを考えると、
行こうとは思いません。」
と答えている。
白川さんの本を読んでいると、
悠久の時を感じ、
のびのびした気に触れられるようです。
・保土ヶ谷を旅の名残の団扇かな 野衾