ハマっている、というほどではありませんが、
このごろゆっくり頁を繰りながらおもしろく読んでいるのは、
アリストテレスと白川静。
両方とも、はやくは読めませんからね。
きのうは、
『カテゴリー論』の初めの方を読んでいたのですが、
「ウーシアー」の訳語について、
4頁にわたって補注が付されていました。
従来「実体」と訳されてきた「ウーシアー」を、
こんかい新しい日本語訳のアリストテレス全集を上梓するに際して、
「本質存在」と訳すことにつき、
すでに「実体」の訳語が流布し定着していることの安定性に
異を唱える形になっても、
新しい訳語を使うことにする意図を、
ていねいに記述しており、
なるほどと、
語学不得意のわたしにも理解でき、
学術書のおもしろさって、
こんなところにもあるなあと思います。
それと、
アリちゃんや静ちゃんを読んでいると、
紙の本は自然に近いなあとつくづく感じます。
風や空や雲、土や雨や空、森や川や海。
本を読まなかった子どもが、
本を読むようになり、
本を作るようになり、
コロナ禍のなかでホームステイが叫ばれるなか、
本は、
家のなかの自然なんだと。
頁をひらけば、
そこに海も山も生き物たちも変らずにあり、
にぎわいを見せつつ声を発しています。
・ふるさとは午後練後の氷菓かな 野衾